金貨と伝言
見事? チャー傭兵団の一員となったジャスミンは、入団後、順調にその地位を固めていった。
チャー傭兵団には、少ないながらも女性の傭兵も居る。まずジャスミンは、『天下無敵の色事師』の手練手管を存分に活用し、彼女たちにいとも容易く取り入った。
当然、男の傭兵達は面白くないところだが、ジャスミンは彼らに対しても、女のオトし方や、賭札の必勝法、酒やブランドの蘊蓄などを伝授するなどして、徐々に、そして着実に人気を高めていった。
更に、後ろ盾には、あの巨人がついている(実際は、単なる飲み友達程度の付き合いだが)という事で、入団一ヶ月足らずで、彼はチャー盗賊団のヒラ団員に過ぎないにも関わらず、団内の重要人物のひとりと目されるようになったのだ――。
「おっす! 久しぶりだな、パ……フェーンちゃんよっ!」
一ヶ月ぶりに『飛竜の泪亭』に顔を出したジャスミンは、接客に勤しむフェーンに、気さくに声をかけた。
彼の周りには、うら若い女傭兵達が取り巻き、顔を赤らめながら彼にべったりとくっついている。
「あ――じゃ、ジャスミンさん!」
突然声をかけられたフェーンは、目を丸くした。
「あ――あなた、一体何を考えてるんですか? よりによって、チャー傭兵団に入り込むなんて……」
「……しかも、すっかり団内でも有数の顔利きになっちゃって……」
シレネが、カウンターの中から、ジト目で睨む。
「何だよ~、二人とも。随分キツい物言いだなぁ」
ジャスミンは、苦笑いしながら、カウンター席に座る。
「じゃ、取りあえず生で」
「……はいよ」
仏頂面で、ジョッキを乱暴にカウンターに叩き付けるシレネ。泡が飛び散る。
「あらあら、もったいない……」
「――おいっ! 女将! 貴様、何だその態度は! あたしのジャスミンに!」
「何すんのよ、このブスっ! ジャスミン様に謝りなさいよ!」
「おい、女! 嫉妬に狂うとは、見苦しいぞ!」
シレネの態度に、ジャスミンの周りに侍る女傭兵達が、ギャアギャア喚き立てる。
シレネは、その声に苛立って怒鳴る。
「――うるさいわね! 騒ぐんだったら、出てってもらうわよ!」
「何だと! 居酒屋の女将如きが、チャー傭兵団の私達相手に――」
「まあまあ。ここは抑えてくれないか、みんな」
殺気立つ彼女たちを、ジャスミンが静かな声で窘める。
途端に、彼女たちは目尻を下げて、従順に彼に従う。
「――さすが、『天下無敵の色事師』。傭兵のおねえさん達を、すっかり手なずけてしまったようね」
シレネは、皮肉げに嗤う。
ジャスミンは、ジョッキのバルを一気に呷り、ニヤリと笑って言った。
「ま、俺の魅力の前には、全てのレディは抗えないって事だね」
「あら、そう? 少なくとも、ここに一人居るわよ。あなたの魅力とやらの虜になっていない女が」
シレネは、自分を指さして微笑む。
ジャスミンは、やれやれと肩を竦めて苦笑する。
「あれ? もしかして、籠絡してほしかったクチ? 一応、命の恩人ではあったから、遠慮してはいたんだけどね……。じゃあ、早速今夜にでも口説かせてもらおうかな?」
「結構よ。私は、そこの傭兵さん達みたいに暇じゃないし、あなたみたいな軽薄な男は好きじゃないの」
ピシャリと言い放って、ジャスミンを睨む。
「おい、女! いくら何でも、言葉が過ぎるぞ!」
「ジャスミン様に、何て口の利き方!」
「ジャスミン! 切り捨てていいか?」
取り巻きの女傭兵達は、顔を朱に染めて、腰に提げた剣の柄に手をかける。
一方、
「おいおい! この猪女ども! お前らこそ、シレネ姐さんに何て口の利き方しやがるんでい!」
「シレネちゃんを愚弄するヤツは女だろうと容赦しねえ!」
「シレネ! 加勢するぜい!」
「つーか、ジャスミン! テメエ前々から気に入らなかったんだ! そのキレイなお顔をボッコボコに変形させてやらあ!」
酒で顔を赤らめた男の傭兵達も、怒りでその顔色をどす黒く変えて、拳をゴキゴキと鳴らす。
男傭兵と女傭兵の間で、凄惨な血の雨が降らんとした直前――。
「ハイハイ、ストップストップ!」
パンパンと手を叩いて、ジャスミンは大声で言った。
「みんな、騒がない! 君たちにこんな所で大喧嘩されたら、このボロい店はひとたまりも無いよ。俺の恩人の店を潰す訳にもいかないし――俺たちはお呼びじゃなさそうだから、とっとと退散する事にするよ!」
ジャスミンの言葉を聞いた店内の男傭兵どもは、一斉にブーイングと帰れコールを彼に浴びせる。
「そんなに言わなくとも、もうお暇するってば……」
彼は、辟易しながら懐を探り、金貨を2枚取り出し、カウンターの上に置いた。
「悪いな、シレネ、それにフェーン。騒がせるつもりは無かったんだ。コレ、酒代な」
「……そんなに要らないわよ。バル1杯だけなんだから」
「まあまあ、騒がせた分の迷惑料も込みってコトで」
ジャスミンはそう言うと、意味ありげにウインクした。
「偽金だと思うなら、じっくり調べてくれ。表だけじゃなくて、裏までしっかりチェックしろよ」
「――え?」
何かを言いかけたフェーンの唇を、人差し指でそっと塞いで、ジャスミンはほんの少しだけ頷いた。
そして、取り巻きの女傭兵達に向き直り、ニッコリ笑った。
「さあ、みんな、違うところで飲み直そうか! ……それとも、どこかのベッドで休憩でもしようか?」
「――キャッ! そんな事を大声で……!」
「んもう! それじゃ、全然休憩にならな~い!」
「もう! ジャスミン様の破廉恥……でも、そこが好き!」
キャッキャッと艶めかしい嬌声を上げながら、ジャスミンと取り巻きの女傭兵達は、店を出て行った。
シレネは、苦虫を噛みつぶしたような顔で、それを見送っていたが、
「――シレネさん!」
フェーンの囁き声で我に返った。
「……どうしたの、フェーンちゃ――」
「シーッ!」
聞き返したシレネに、静かにするようジェスチャーするフェーン。
そして、黙ったまま、カウンターの上に置かれた金貨の上の1枚をずらした。
「――あ」
シレネは、思わず声を出しそうになり、慌てて口を塞いだ。
そして、フェーンと顔を見合わせる。
――カウンターに置かれた金貨の2枚目の表面には、紫色のインクで、
『午前2時 石屋』
と、殴り書きがされていた――。