醜男と色男
ジャスミンの前に現れたのは……化物と呼ぶに相応しい姿の男だった。
ワイン樽に手足が付いたかの様な身体に、潰れたヒキガエルすらチャーミングに見える程の、醜怪極まる顔面が乗っかっていた。
その冗談の様に歪なその全身は、ゴテゴテとした巨大な宝石で飾り立てられ、動く度にジャラジャラと喧しい音を立てていた。が、そんな華美な宝石たちの懸命な自己主張も、身に着けている男の醜悪さを相殺できていなかった。
――ジャスミンは、ヒースが「チビるなよ」と言っていた意味を、痛い程理解した……。
「おう、団長殿よ。今日も相変わらず気色悪いな」
ヒースは、ズケズケと遠慮なく言った。
「な……何よ! アタシの美しさが理解できない野蛮人め!」
醜男が、地団駄を踏んで怒り狂う。その光景も滑稽だった。
「何しに来たのよ、アンタ! こんな朝っぱらから、美しいアタシに嫉妬に狂った妄言を吐きに来た訳?」
「嫉妬に狂った妄言ねぇ……どうしたら、そこまで自己肯定できるのか……逆に羨ましいね、全く」
ヒースは、肩を竦めてから、後方に立っていたジャスミンを指さした。
「今日は、傭兵団への入団希望者を連れてきたんだよ」
「入団……ウチに?」
「……あ、ああ。どうも――入団希望の、ジャスミンです」
「! ……あらあらまあまあ♪」
ジャスミンの顔を見た瞬間、醜男の目つきが変わる。目尻が下がって、口角が上がる。本人は、微笑みのつもりなんだろうが、もう完全に、妖怪魔獣の域に達している。多分、オークすら、この男の横に立たせればイケメンに見えるだろう。
ジャスミンは、心中密かに激しい吐き気を覚えていたが、それを表情や態度に出す愚は犯さない。『天下無敵の色事師』の彼は、そういった修羅場を、チュプリ歓楽街で何度も遭遇し、切り抜けてきているのだ。
「あらあら。ジャスミンちゃんっていうのねん♪ アタシはチャー。この『チャー傭兵団』の団長……ゆくゆくは、この国の新しい王になるのよん!」
「あ……始めまして、チャー……様」
「……それにしても、アナタ、かわいいお顔ね~」
醜男は、その図体に似合わない俊敏な動きでジャスミンに走り寄り、そのじっとりと汗ばんだ手でジャスミンの手を握る。
(げ――――っ!)
ジャスミンは、心中で思いっきり吐瀉物をぶちまけたが、何とか嫌悪の表情を出すのは堪えた。ただ、顔面が真っ青になるのは止められない。――幸い、チャーには気付かれなかったようだ。
「……ブッ」
――ヒースには、バッチリ見られていたらしい。
「――で、どうだい、団長さん? この入団希望者は、合格かい?」
吹き出すのを必死に堪えながら、ヒースはチャーに尋ねた。
チャーは、しげしげとジャスミンの顔を覗きこむ。
この傭兵団に正式に入団するには、この妖怪――もとい、団長のお眼鏡に適わなければならない――。ジャスミンは、顔を背けたい衝動に駆られながらも、何とか踏ん張って、ニッコリと魅力的な微笑を彼に送る。
チャーは、うんうんと頷いてから言った。
「う~ん……不合格」
「――は?」
ジャスミンは、意想外の言葉に、呆気に取られた。
彼は、顔を引き攣らせながら、僅かに震える声でチャーに問う。
「……え? 何で?」
「あー、いやいや」
チャーは、ブルブルと首を横に振る。……首が動く度に、頬の肉がたぷたぷと震えるのが、これ以上無く気持ち悪い……。
「傭兵団に入団するのは、別に構わないわよん。――不合格って言ったのは、私のタイプじゃない……ってコ・ト♪」
「――――――――は?」
ジャスミンは、しばらくの間、チャーの言葉の意味が理解できなかった。
『私のタイプじゃない』――それは、『天下無敵の色事師』にとって、これまで一度も言われた事の無かった言葉だったからだ。
「――お……お前が……お前が、その言葉を――!」
「はいはーい、良かったな、色男! 傭兵団入りを許してもらって!」
ふるふると身体を震わせるジャスミンの様子を見たヒースは、不穏を察知して、慌てて彼の肩を叩いた。
「――女ならまだしも……おと――男に……!」
「さあさあ、行くぞ~! 早速仕事を教えてやるからな~! 急げ~」
うわごとのように繰り返すジャスミンを強引に担ぎ上げて、ヒースは足早に謁見の間の扉を開ける。
「じゃ、じゃあな、団長殿! また後で!」
ヒースは、そう言って、後ろ手で扉を閉めていった。
「……もう。何なのかしらん……」
嵐のような勢いで二人が去り、一人となったチャーは、首を傾げながら独り言つ。
「アタシのタイプは、ああいうナヨナヨした優男系じゃなくって、ガチムチ系なのよねぇん……。そう――ヒースちゃんみたいな……ね。キャッ!」
「……うぷっ!」
ジャスミンを抱えて、謁見の間を辞したヒースは、突然凄まじい寒気に襲われる。
彼は、鳥肌が浮いた太い腕を擦りながら、背後を振り返りながら呟いた。
「……何でぇ、今のは……? ワスデロでフレイムレイスの群れに襲われた時以来だぜ……こんなに怖気を感じたのは……」