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女店主と厄介者

 「う、うぃ〜……飲み過ぎたぁ……」

「ほら、しっかり立って! 大丈夫?」

「おいおい……しっかりしろよ……! すまねえな、シレネ。カンバンまで居座っちまって……」

「大丈夫よー。また来てね!」


 最後の客を見送り、シレネはヤレヤレと肩を揉みながら、入り口に閂を掛ける。

 『飛竜の泪亭』は閉店したが、シレネの残務(しごと)は、まだ残っている。

 早く片付けて、早く休まなければ、すぐに朝日が登ってきてしまう……。

 シレネは、欠伸を噛み殺して、グラスや皿や食べ残しが散乱するテーブルの上を片付け始めた。




 「……ふう、これで終わり……と」


 最後の仕事である、伝票の帳簿付けを終わらせて、シレネはコキコキと音を立てて首を回した。

 傍らのグラスに残った赤ワインを一気に呷ってから、帳簿をカウンターの金庫に仕舞う。

 ――さあ、後は家に帰って、沸かしたお湯で身体を拭いて寝るだけ……。

 店の裏口の鍵を閉めて、離れにある家に帰ろうとし……思い出した。


(そういえば……アイツら、大人しくしてるのかしら……?)


 彼女の脳裏に、昼間に拾った奇妙な二人組の姿が浮かんだ。

 果無の樹海の奥から飛び出してきた、神官姿の二人……。


(パームくんと……ジャス……)


 シレネは、ふぅと息を吐くと、一度店に戻ってから、ワイン蔵の方へと向かう。

 その手には、今日の食べ残しの料理が、皿に載せられていた。


(さすがに、黒パンとミルクだけじゃ足りないよね……)


 そう独りごちながら、ワイン蔵の扉の鍵を回し、周りの様子を窺ってから、慎重に扉を開ける。

 中に入って扉を閉めると、夜光虫の放つ仄かな光が、蔵の中を仄かに照らし出す。


「――!」


 と、彼女は違和感を覚えて、思わず鼻を押さえた。


「……な、何このニオイ……酒臭ッ!」


 彼女の鼻腔を襲ったのは、圧倒的アルコール臭だった。

 噎せ返るほどの強烈な酒の匂いで、呼吸するだけで酔い潰れそうだ。


「ちょ、ちょっと! アナタ達……! 何があったの、コレ?」


 中に呼びかけながら、蔵の奥へ歩を進める――。


 ビシャッ バシャッ


「――!」


 シレネは驚いた。蔵の床は水浸し……いや、()()()だった。


「もう――! 何なの、コレェっ?」


 シレネは堪らず叫んだ。――すると、


「――シレネさん、本当に申し訳御座いません……」


 彼女の前の床から、蚊の鳴くような声が聞こえた。


「!」


 シレネは、驚きながら前方に目を凝らした。

 ――何かの塊……いや、誰かが蹲っている……?


「……ジャス?」

「はい……本当にスミマセン……」


 ジャスミンは、膝を折り、頭を地面に付くかつかないか位まで深々と下げていた。ジャスミンが蹲る床にも、赤いワインが水溜まりのように溜まっていて、彼の服はぐっしょりと濡れていた。


「…………何の真似? その格好は……?」


 シレネは、恐る恐る尋ねた。

 ジャスミンは、頭を下げたまま答える。


「……遥か東の、伝説の島国から伝えられた、『ドゲザ』という、最高級の謝罪表現です」

「……それは、ワイン蔵をこんなにしたのは貴方達だっていう、()()だという認識で良いのね……?」

「……は、はい……い、いや、いいえ……」

「……どっちよ?」


 シレネは混乱して、思わず声を荒げる。ジャスミンは顔を上げ、視線を逸しながら言った。


「確かに、俺達が原因ではあるんですケド……主にやらかしたのは、パームの方だって言うかぁ……」


 ジャスミンは、蔵の奥を指さす。――そこには、真っ赤な顔色で寝息を立てているパームが転がっていた。


「……俺が、ちょっと――ほんのちょっとだけ、棚のワインを味見しようとしたら、コイツ(パーム)が大袈裟に騒いできたんで、ちょっとだけ呑ませたら……物凄え暴れ上戸だったみたいで……」

「……なるほど。パームくんも共犯にしようとして無理やり呑ませたら、酔い方が悪くて暴れ回った――と。……その結果が、この惨状だと言うのね」


 シレネの言葉に、ジャスミンは驚いた。


「え――! 何でそこまで……? 実は現場を見てたとか?」

「見てないわよ。でも、大体察しがつくわよ……貴方のウソは」


 シレネはそう言うと、表情を厳しくした。


「……で、どうしましょうかね……あなた達を」

「! ど、どうかお慈悲をッ! ココを放り出されては、俺達には行く所が有りません!」


 必死で、頭を下げるジャスミン。シレネは、そんな彼の耳元に口を寄せて囁いた。


「……ねぇ、知ってる? 東の島国には、そのドケザ以上の謝罪表現があるのよ……『ハラキリ』って言うんだけどね……」

「し、シレネ様ッ! そ、ソレだけは! 本当に申し訳御座いませんでした! 心から反省しております! だから、だから何卒――!」


 震え上がるジャスミンの様子を、無表情で見ていたシレネは――、


「……冗談よ! プッ!」


 突然吹き出した。


「……じょ……冗談?」


 呆気に取られた顔のジャスミン。それを見て、更にシレネは腹を抱えて笑う。


「も――もういいわよ。やっちゃったモノは……フフ……しょうがないわ。その変顔に免じて、赦してあげる!」

「え……い、いいのか?」

「――その代わり、二度目は無いからね。今度やったら、その時は容赦なく、スマキにして、ギルド庁前に放り出すから!」


 そう、あっけらかんと言うシレネを、信じられないという顔で見るジャスミン。


「本当にそれだけ……? いや、結構価値のあるワインも、結構犠牲に……」

「もういい、って言ってるでしょ。私、眠いから、もう行くわね。……後片付けだけお願いね」


 そう言って、シレネは、傍らの棚の空いたスペースに、抱えてきた皿を置いた。


「あと、お店の料理の残りを持ってきたから、パームくんが起きたら、一緒に食べて」

「おお……何から何まで……すまないな……」


 ジャスミンは、瞳を潤ませんばかりに感動し、拝む真似をしてみせる。


「おお……あなたが神か……」


 その瞬間、シレネは掌を向けて強い口調で叫んだ。


「止めて!」

「お……おう……」


 彼女の剣幕に、今までと違う厳しいものを感じたジャスミンは、思わず真顔で頷いた。

 シレネは、先程とは全く違う、嫌悪と憎悪が濃く入り交じった表情で、呟いた。


「私を、“神”なんて忌々しいモノと一緒にしないでよ……!」

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