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元自由貿易都市と廃神殿

 「おお……」

「おお……」


 ジャスミンとパームは、声も出せず、ただただ唸るだけしか出来なかった。

 シレネの腰に結わえたロープを辿り、遂に深い深い樹海を抜けた二人の目に、だだっ広い平原の景色が飛び込んできたからだ。

 一ヶ月以上もの間、ずっと木々が生い茂っている景色しか見てこなかった二人には、凄まじい開放感と達成感のあまり、暫しの間思考停止に陥る程の風景だった。


「……パーム……」

「……ジャスミンさん……」


 二人は、潤む目で互いに見つめ合い――、


「「やぁったあああああああああっ!」」


 抱き合って狂喜した。


「抜けられましたよぉ、あの樹海を! コレ……夢じゃない、ですよね?」

「あ――当たり前だ! ほら!」

「い、痛たたたたたたたっ! ほ、本当だ~! ほら、ジャスミンさんも!」

「いでででででででっ! クソ痛えっ! アハハハハハハハハッ!」


 そんな二人のやりとりを横目で見ながら、シレネはやれやれとため息を吐く。


「チュプリから樹海に迷い込んだ……って、本当みたいね……。なら、あれだけはしゃぐのも無理ない……か」


 なら、暫くはふたりで存分に喜ばせておいてあげよう……。シレネは、そう考えながら、身につけていた樹海用の装備を外し始める。そして、傍らに繋いである、彼女の荷馬車の荷台に放り込む。

 と、彼女に、パームがおずおずと声をかけてきた。


「あ……あの、シレネさん」

「え? 何?」

「あの……ありがとうございました。――貴女に出会えなければ、僕たちはまだ樹海の中を彷徨っていたでしょうし、もしかしたら、あの黒い大猿に捕まって、命が無かったかもしれません……」


 パームは、そう言うと、深々と頭を下げた。


「貴女がいてくれて、本当に助かりました! ありがとうございました!」

「――別に、私に感謝する必要は無いわ」


 シレネは、ふっと微笑んで言った。


「貴方たちが、私とあの場所で出会った事は、貴方たちの持っていた運が強かったから。――パームくんの生業(なりわい)風に言えば、『神のご加護に与った』とでも言うのかしら?」


 そう言うと、シレネは、荷馬車の御者台に乗り込み、馬の手綱を握った。


「じゃ、私はもう行くわ。貴方たちも、早めにアタカードに向かった方がいいわよ。樹海沿いに南に進めば、そのうちコドンテ街道にぶつかるから」

「え――? アタカード……ですか?」

「……何で、わざわざアタカードまで戻らなきゃいけないんだ? 目と鼻の先にサンクトルの町があるだろ?」


 シレネの言葉に首を傾げるふたり。


「あ……そうか。貴方たちは、ずっと樹海を彷徨ってたから知らないのね……」


 シレネは、ポンと手を叩いて、言った。


「サンクトルには行けないわよ」

「へ――?」

「……ど、どういう事だ?」


 狼狽えるふたりに、シレネは言った。


「――だって、今のサンクトルはダリア傭兵団に攻略されてて、今は……ダリア傭兵団に“反乱”したチャー傭兵団が占領しているからよ」


 ◆ ◆ ◆ ◆


 「ほら、ご覧なさい」


 馬車を操って、目的の場所に着いたシレネが、前方を指差す。


「……本当だ」


 パームが、茫然として呟く。


「……酷いな、コリャ」


 ジャスミンが、唸った。

 彼らの眼前には、散々に破壊され尽くしたラバッテリア布教所の成れの果てが、瓦礫と化して転がっていた。

 ――二百年ほど前に、サンクトル壁外地区に建てられたラバッテリア布教所は、サンクトル市民の篤い信仰と、歴代ギルド長の篤い寄付によって、チュプリ東部地方最大の規模を誇り、大いに栄えていた。

 が、今や、その繁栄を窺い知れるのは、瓦礫が散乱する広大な更地のみだった……。


「……に、しても、こりゃまた派手にぶっ壊したもんだ……」


 寧ろ、感服するくらいの丁寧な仕事ぶりで、破壊の限りを尽くされている。


「何これ? 傭兵の中に、龍使い(ドラゴンテイマー)か、マジもんの一つ目鬼人(サイクロプス)でも混じってるのか?」


 ジャスミンが軽口を叩くが、その顔は蒼白だ。


「……目は二つあるけど、確かに人間離れした体躯の男は居る。――殆どソイツ一人の仕業らしいわ」


 シレネは、あっさりと答えた。


「こ……これを一人で?」

「……まぁ、あくまで噂ではあるけど。あの図体なら、あながち法螺話って訳じゃないのかもしれないわね……」

「ば……バケモノかよ」


 戦慄するジャスミン。


「じゃ……、あのワイマーレ騎士団を壊滅させたっていうのは……その……」

「違うわ」


 パームの呟きに、首を横に振るシレネ。


「あの男は、ダリア山での戦いの時には、まだ傭兵団に参加していなかった――元々は、サンクトルギルド側に飼われてたらしいけど、チャーがサンクトルに攻め込んだ時に裏切ったか何かで、今は団長のチャーの護衛をやってるわ」

「じゃ……じゃあ……ワイマーレ騎士団を全滅させた化物がもう一人いるって事――?」


 ジャスミンの声に、シレネは頷いて、言った。


「……『(しろがね)の死神』って、知ってるわよね?」

「!」

「!」


 二人の顔色が変わった。


「知ってるも何も……」

「銀の死神の伝説……あの()()()()を知らないヤツは、この大陸じゃ居ないだろう……」


 銀の死神――

 それは、人が今より神に近かった頃に、悪しき魔術師によって生み出された禁断の存在だったと伝えられている。

 美しい銀の髪と、神に匹敵する美しい(かんばせ)を持つ彼女は突然狂った。

 そして、その人外の圧倒的な力を以て、当時の文明と人類の殆どを全て灰に変えた――伝説では、そう語られている。


「じょ――冗談だろ? おとぎ話の主人公が、今の時代に復活したって言うのかよ!」


 ジャスミンは、笑い飛ばそうとしたが、声が震えてしまっていた。


「ま、信じないのも当然ね……。――でも、あの光景を目の当たりにすれば、嫌でも信じるわ……銀の死神の伝説が、タダのおとぎ話じゃなかったって事を……」

「――え? し、シレネさんも、見たんですか……? 銀の死神がワイマーレ騎士団を滅ぼすのを――?」

「――あ、いや! ……そう、居酒屋で飲んでた傭兵達が言ってたのよ――」

「んだよ、又聞きかよ……」


 慌てて言い直すシレネを、ジト目で見るジャスミン。


「……ま、銀の死神が本当に存在しているのかはともかく……」


 ジャスミンは、頭を掻きながら、眼前の光景を見回した。


「――あのワイマーレ騎士団を全滅させるヤツが、ダリア傭兵団に存在しているのと、サンクトルに屯してる傭兵達の中に、石造りの神殿をここまで破壊できる奴がいるのは確かだって事だろ……。パーム、コレはもうサッサとチュプリに帰った方が良さそうだぜ。コトは、俺たちにどうこうできるレベルじゃ無さそうだ……」

「でも……、大教主様から仰せつかった使命が――」

「ここに奉納してあった宝具を回収してこいって、アレか? ……もう無理だろ」

「ここに納められていた神器や宝物は、全てチャーが回収していったって話よ。――多分、ギルド組合の地下にある金庫室にでも置いてあるんでしょうけど……」


 シレネの言葉に頷いて、ジャスミンは、パームの肩を叩く。


「ほらな! 人間、諦めが肝心だぞ! 大教主のじいさんには、ありのまま報告すればいいさ。別にそれで咎められることは――」

「――マズい!」


 ジャスミンの言葉を遮ったのは、シレネだった。

 彼女は、緊張した表情で、馬車の後方から、道の先を窺う。


「――どうした?」

「傭兵が……こっちに来るわ! 馬車の影に隠れて! 早く!」

「え――?」


 狼狽えるパーム。ジャスミンは素早く馬車の影に潜む。


「お――――い! そこの女! そんなところで、何をしている!」


 傭兵の一人が、怒鳴り声で誰何してきた。

 シレネは、傭兵達に向かって手を振り返しながら、小声で囁く。


「……私は、サンクトルに住んでるし、居酒屋をやってるから、傭兵達にある程度顔が利くけど……貴方たちは、見つかったらマズいわ……。確実に王国のスパイ扱いされて、良ければ拘束……悪ければ、斬首刑」

「……おいおいおいおい! せっかく樹海から生きて出られたのに、斬首とか、マジで勘弁だぜ! 早く逃げないと――」

「……無理よ。隠れながら逃げる場所が無い……」

「じゃ、じゃあ、僕たちはどうすれば――!」

「――今、考えてる!」


 パームの悲鳴に近い声にイライラしながら、シレネは頭をフル回転させて、打開策を探る――。

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