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団長と使者

 「そ、そういう事をチャー様はお考えでして……な、何とぞ――団長のお……お許しを賜りたいと――」


 ダリア山の中腹に聳える、ダリア傭兵団の本拠。

 その主殿の大広間、真っ赤なビロードの絨毯の上で、猫の様に背中を丸めて平伏している、チャー副団長よりの使者であるゲソスの身体は、ブルブルと瘧にかかったかのように震えている。

 彼の顔面から滴る冷や汗で、赤い絨毯はぐっしょりと濡れて、色を変えていた。


「ほぉ……」


 階の上の豪奢な椅子に腰掛ける白ずくめの男が、厚く白塗りされた顔に皮肉気な薄笑みを浮かべ、彼を冷ややかに見下ろししている。

 白ずくめの男――ダリア傭兵団団長シュダの発した、たった一言に、ゲソスはビクリと身体を震わせた。カチカチと、彼の歯が震えて鳴る音が、墓場の様な静寂に満ちた大広間に響く。


「君――ゲソス君と言ったかな? 君がチャー君から言い遣ってきた事を要約すると――」


 シュダは、赤銅色の前髪を指で弄りながら、口を開いた。


「チャー君は、サンクトルの地で、新たに『チャー傭兵団』を新設し、私と袂を分かとう、という事なんだね?」

「た……袂を分かつという事では……あ、ありません!」


 シュダの声色に不穏なものを感じたゲソスは、必死で抗弁する。


「チャ、チャー様の意図するところは、ダリア傭兵団からの独立などではあ、ありませぬ! あくまで、肥大化しつつある組織を二つに分け、それぞれが連携し補完し合う事で、組織の柔軟な運用を目指そう――というものでございます! 決して、“独立”するという事では無く、あくまで団全体の未来を憂いた上での“分派”だと、ご……ご理解頂きますよう……平に――!」


 ゲソスは、必死でそう叫ぶと、絨毯張りの床に頭を打ちつける。

 もっとも、今回の申し出に関するチャーの一連の主張が、全くの法螺話だという事は、使者である彼自身が一番良く知っている。

 チャーの本音は「せっかく手に入れた都会のサンクトルから、ド辺境のダリア山になぞ戻りたくないし、奪取した金銀財宝をできる限り自分のモノにしたい」だ。

 その事は、決して目の前の男に悟られてはならない。シュダに少しでも悟られてしまったら最後、自分の生首が、チャーの身の程知らずで不遜な提案の()()として、塩漬けにされた上でサンクトルまで送られかねない……!


「チャー様の、ダリア傭兵団への忠心には、一点の曇りもございません! ただ一心に、傭兵団の未来を憂い、発展を望まれてこその、今回のお申し出である事を……、何とぞご理解賜りたく――」

「ふうん…………」


 シュダは、その言葉を聞くと、ニヤリと微笑い、顎に指を添えて、しばし考え込む。

 ゲソスは、絨毯の上に這い蹲ったまま、団長の次の言葉を待つ。

 一瞬が数時間にも感じられる重い沈黙は、


「ふん……まあ、いいんじゃないか?」


 という、シュダの言葉で破られた。


「ま……真でございますか!」


 目を驚きで見開きながら、ゲソスは階上に鎮座する白面の団長を見上げた。


「ああ」


 シュダは、薄笑みを浮かべて頷く。


「確かに、チャー君……いや、()の言う通りかもしれない。肥大化しすぎた生き物は、巨体ゆえに動きが鈍くなり、終いには己の巨体を維持できずに、生きながら腐り始める……。それは、組織にも当てはまる事だよ」


 シュダは、頷き、言葉を継ぐ。


「我々ダリア傭兵団も、右肩上がりで発展し続けてきたが、そういう事を考えなければならない時期に来ているのかもしれないね。団を二つに分け、柔軟に動き回れるようにする事は、正直言って良案だよ」

「――で、では……!」

「うん」


 ゲソスの縋り付くような顔に、力強く頷きかける団長。


「――赦す! チャー君及びチャー指揮下の部隊は、本日よりダリア傭兵団より分派し、兄弟組織として、我らが傭兵団のより一層の発展繁栄に尽くせ! ――以上を、チャー君に伝え給え」

「は――――ははあぁッ! 有り難き……有り難きお言葉――!」


 ゲソスは、少しの感動と多くの安堵で、大粒の涙を流しながら、頭を床にめり込むくらい、深く深く頭を下げた。

 と――、


「……では、ゲソス君。君のために、ささやかな料理ともてなしを用意してある。サンクトルからの道中で、君も疲れているだろう。一週間ほど、ゆるりと身体を休めて、それから吉報を伝えに戻ってくれ給え」


 シュダは穏やかに、階の下で畏まるゲソスに声をかける。

 ゲソスは、その言葉に感動しながらも、戸惑う。


「も――勿体ないお言葉でございます……が、私めは……この報せを一刻も早く、サンクトルの同志達へ伝えたいと存じます……。なので、これからすぐ出立して――」

()()()()、急ぐ必要は無いと言っているのだよ。……それとも、何か?」


 シュダは、静かに言う。同時に、フッと、彼の表情が消えた。

 ゾッとする静けさを湛えた、歌劇の仮面の如き無表情。

 その眼には、冬の湖の底知れぬ水面を彷彿とさせる、蒼く冷たい光が宿っていた。

 彼は、温度の感じられない、静かな声で言葉を継ぐ。


「君は、私などの心遣いには応じない、という事か?」

「ひ――――」


 ゲソスは、その眼光と声色が放つ凄まじい殺気に怯えた。


「い――いへっ! とんでも……とんでもございませぬっ! よろ――喜んで、お言葉に甘えさせていた――いただきまふっ!」

「……それでいい」


 亀のように丸まって平伏するゲソスを見下ろし、シュダは、ニヤリと口元を歪ませて嗤う。


「手駒は、主の言う事に、ただ素直に従っていればいいんだよ……」


 と、彼の顔に浮かんだ笑みは消え、その瞳には、静かな憤怒の炎が宿る。

 シュダは、誰にも聞こえない程の、小さく、静かで、憎悪に満ちた声で呟いた。


「主の意に背いて、勝手に動き回る駒など……手で(はた)き落として、盤上から排除するだけだ」

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