天下無敵の色事師と愉快な仲間たち
「痛てててて……」
アザレアによって、部屋の中へと引きずり込まれたジャスミンは、食い込んだ鞭の痕がくっきりと残った首をしきりに押さえながら、どっかりと椅子に腰を下ろした。誰に促された訳でも無いのに。
「……で、何をしに来たんですか、ジャスミンさん? まさか、貴方に限って、『会いたくなったから来た』って事は絶対に無いでしょうから……」
パームは、警戒をアリアリと浮かべた顔で、ジャスミンに尋ねた。その言葉に、ジャスミンはあっさりと頷く。
「――あったり前じゃん。俺は、野郎如きに『会いたくなっただけさ』なんて、死んでも言わねぇよ。可愛い女の子なら話は別だけ――痛っ!」
「馬鹿な事言ってないで、さっさと理由を話しなさい、ジャス」
「――ら、ラジャっす」
長鞭の柄で小突かれた頭をさすりながら、引き攣った笑いを浮かべたジャスミンは、軽く咳払いをしてから、口を開いた。
「えー、今日わざわざ来てやった理由はですね……。平和で平凡で退屈極まる日常に、そろそろ飽き飽きしている頃合いのパームさんに、冒険のお誘いをして差し上げてやろうと思いましてね……」
「……はいぃ?」
トンチンカンな敬語混じりのジャスミンの言葉に、パームは間の抜けた相槌を打って、首を傾げた。――内心でドキリとしながら。
そんなパームの内心には気付かぬ様子で、ジャスミンは先を続ける。
「まあ、この度、ある筋から、某所まであるものの回収をしに行くミッションを押し付けら……請け負いましてね。で……もし宜しければ、パームさんもいかがですか~、って――」
「ちょっと待って! 私、そんなの聞いてないんですけど?」
ジャスミンの言葉に血相を変えたのは、アザレアだった。彼女は、眦を上げて、ジャスミンに詰め寄る。
「ていうか、某所って何処よ!」
「え……えーと……、ちょっとそこまで……」
「だから、何処だって言ってるのっ!」
「…………バルガルディア……」
「「ば――バルガルディアぁっ?」」
ジャスミンの言葉に、パームとアザレアは驚愕の声を上げて、顔を見合わせる。それも無理はない。
「……バルガルディアって……あの――クレオーメ公国の“奴隷生産都市”……?」
「……うん」
「――“うん”じゃないわよ!」
アザレアは、頭を抱えて、呆れ声で言った。
「バルガルディアって、訪問者はもちろん、街道沿いを通る旅行者や商人たちも問答無用で拘束して、奴隷化するような街でしょ? そんな危ない街に、何を回収しに行けって言われたのよ……?」
「……あ、もしかして……」
ピンときた顔をしたパームに、ジャスミンは小さく頷いた。
「……そ。回収目標は、サンクトル一の任侠組織、テリノーラ一家のボスの娘。バスツールへの旅の途中で、お付きの者たち共々拘束されたらしい。彼女を無事に回収してくれたら、今回、俺と先方のトラブルの件と、ついでに、俺がボスのお妾さんに手を出した事も併せてチャラにしてくれる、……ていう条件で引き受けたんだけど……あ」
「もう、アンタは! 『ついでに』で、しれっと浮気報告してるんじゃないわよ! ――何回、変な女を引っかけてトラブル起こしたら気が済むのよ! ――いつになったら、女関係で懲りてくれるのよ……はあ~」
アザレアは、ジャスミンの胸倉を掴んで、ブンブンと振り回し、大きな溜息を吐いた。
パームも、呆れ顔を禁じ得ない。
「……ホントに相変わらずですね……。チュプリから逃げ出したあの時と、全く変わってない……」
「そ、そりゃ、変わってなくて当然よ! 何せ、俺は『天下無敵の色事師』だからな!」
「「胸張んな!」」
「あだっ!」
パームとアザレアから、物理的にツッコまれ、ジャスミンは椅子から転げ落ちる。
アザレアは、もう一度大きな溜息を吐くと、転がったジャスミンの手を引っ張りながら言った。
「……もう。ていうかさ、どうして、そんな事になってるのに、私に相談しないの、貴方……!」
「いや……ゴメン。でも……」
「……どうせ、ホントは、私を巻き込まない様に、わざと黙ってたんでしょ? 私がそんな話を聞いたら、絶対に一緒に行くって譲らないと思って……」
「……」
アザレアの言葉に、バツが悪そうにソッポを向くジャスミン。
そんな彼を見て、アザレアはフッと微笑んだ。
「――その通りよ。私も一緒に行くから。貴方ひとりじゃ、何をしでかすか分かったもんじゃないからね。――大丈夫。私だって、自分と貴方の身くらいは守れるわよ」
「……止めても無駄かぁ……」
「そういう事。決まりね♪」
ジャスミンが観念して頷くと、アザレアはニッコリと微笑んだ。
そして、ふたりはパームの方へ向き直る。
「で……パーム君はどうする?」
「――え?」
パームは、突然問い掛けられて、目をぱちくりさせた。
ジャスミンは目を逸らして、鼻の頭を掻きながら、おずおずと言う。
「ま、無理にとは言わないけどさ。……やっぱり、回復役は欲しい所なんだよね。何があるか分からないし……」
「……というか、パーム君がいてくれた方が、私も助かるなあ。このバカの抑止力にもなるし……」
「うん……いざという時の捨て駒は必要だよな」
「……て、オイいいっ! 誰が捨て駒ですかぁっ!」
思わずツッコんだパームだったが――、彼らの言葉に、自分の心が妙にザワザワと騒ぎ出すのを敏感に感じ取り、複雑な表情を隠せなかった。
◆ ◆ ◆ ◆
翌日――。
朝露が降りたエルード東大門で、ふたりの男女が立っていた。
「――さて、そろそろ時間だけど……来るかしらね、パーム君?」
「……さあな」
ウキウキ顔のアザレアとは打って変わって、仏頂面のジャスミンは、素っ気なく言った。
アザレアは、そんな彼の顔を覗き込んで、笑いを噛み殺しながら尋ねる。
「……なに? 昨日、パーム君が即答してくれなかったから、拗ねてるの?」
「ち、違わい! ――寝不足なんだよ。昨日呑み過ぎちゃってさ……」
顔を赤らめながら、頭を振るジャスミン。アザレアは、ニヤニヤしながら、「あっ、そう」とだけ言うと、大通りの方へ目を移した。
一方のジャスミンは、イライラした様子で、何やらブツブツ言い始めた。
「そもそもさあ……何が『考えさせてください』だよ。てっきり、二つ返事で付いてくると思ったのによ……」
昨日、てっきりジャスミンの誘いに乗るものだと思ってたパームは、彼の予想に反して、即答を避けたのだった。
それでも、迷いに迷っている様子だったパームに、今朝八時までエルード東大門で待っている旨を伝えて、昨日のところは大人しく引き上げたのだが……。
「そもそも、お前に選択の余地なんかないじゃんって話よ。――だったら、気持ちよく、その場で快諾しろっての。男同士の友情って、そんな感じじゃん! 顔同様、ナヨナヨした性根でさ……そういうトコなんだよ、アイツがダメダメなのはさあ~……」
「――あ、そうですか。じゃ、やっぱり帰りますね」
「へ――?」
意想外の声に、ジャスミンは目を丸くして振り返った。
――彼の目の前に、大きな荷物を背負った金髪の少年が、ふくれっ面で立っていた。
「あ……」
「ナヨナヨしてて、どうもすみませんでした。せいぜい頑張って下さいね。アザレアさんに迷惑をかけないように、女漁りは控えて下さいね!」
「あ……いや……その……」
顔を青くしたり赤くしたりするジャスミンを尻目に、パームはくるりと振り返り、スタスタとその場を立ち去ろうと――、
「……あ! ゴメン! いや、どうもすみません、パームさん! イライラして言っただけなんですぅ! ナヨナヨしてるとか、ホントは顔が良くて調子に乗ってるとか、お偉くなりやがってまた罠のエサにするぞとか、そんな事は、全然考えてませんって!」
「……本気で帰っていいですか?」
神官服の裾に縋り付くジャスミンを見下しながら、こめかみに青筋を立てつつ、ニッコリと凄惨な笑みを浮かべるパーム。
――すると彼は、大きな溜息を吐いて言った。
「……冗談ですよ。そんなに僕が必要なら、しょうがないですねぇ。ご一緒しましょう」
「……何だよ、その上から目線……」
「何か言いました?」
「いえっ! 何でもありません、パームさんっ!」
ジャスミンは、直立不動で恭しく頭を下げたが、その頬は、フグのように膨れていた。
「パーム君! ありがとうね、このバカの我が儘に付き合ってくれて!」
一方のアザレアは、喜色を露わに、パームを迎える。
パームも、彼女に対しては、心からの笑顔を見せる。
「いえ……僕なんかで良ければ、いくらでもアザレアさんの力になりますよ」
「本当にありがとうね! 改めて、これからも宜しくね」
「……『アザレアの』って……そこ、強調するんかい……」
にこやかな二人とは対照的に、ふて腐れまくりのジャスミン。
――と、パームが、ボソリと言った。
「……こうなると、ヒースさんにも加わってほしいですけどね……」
「……オッサンか? そりゃあ、無理だわ」
ジャスミンは、巨大な体躯の、傷だらけの男を思い出しながら呟いた。
「あの後別れて、すぐさまどっかの戦場に流れていったからな……。まあ、探すのは簡単だろうけどさ。デカいドンパチが勃発してる所にいるだろ、アイツは」
「そうね……。でも、縁があれば、嫌でも会うんじゃない? そんな気がするわ」
「ええ……僕も、そう思います」
アザレアの言葉に、苦笑いで応えるパーム。
ジャスミンは、「そんなもんかねぇ……」と、独りごちながら頭を掻いた。
と――、
「うん……?」
ふと、背後に不穏な気配を感じたジャスミンは後ろを振り返り――、
「――うおっとぉっ!」
慌てて身を屈めた。
一瞬後、彼の頸動脈を狙ったナイフの刃が、銀色に閃きながら空を切る。
「――な、何だぁ……?」
咄嗟にバク転しながら、襲撃者から距離を取るジャスミン。
襲撃者は、大きく舌打ちをすると、手にしたナイフを翻し、腰だめに構えて吠えた。
「おらぁっ! 遂に見付けたぞ、クソ野郎! 半年前の事……忘れたとは言わさねえぞ、ゴラァ!」
小太りの中年男が、顔を真っ赤にし、眦を吊り上げながら、充血した目に憎しみの炎を宿して、ジャスミンを睨みつける。
そんな彼を前に、ジャスミンはキョトンとした顔で、首を傾げた。
それを見た中年男のこめかみに、太い青筋が2本浮かび上がる。
「てめえっ! テメエが俺の女房を寝取ったせいで、あの大教主のクソジジイにボコられるわ、レイタスのオジキに縁を切られるわ、挙げ句女房に逃げられるわで、俺の人生はメチャクチャなんだよ! 少しでも悪いと思うんだったら、大人しくオレに膾にされやがれぇ!」
「あ――ッ!」
目を丸くして、大きな声を上げたのは――ジャスミンでは無く、パームだった。
彼は、ジャスミンの背中を叩くと、耳元で囁いた。
「……ジャスミンさん! あの人、アレですよ! 僕らがここからサンクトルに向かう時に、部下を引き連れて襲ってきた……」
「……あ。ああぁ~!」
ジャスミンも、ようやく気が付いたのか、ポンと手を叩いた。
「あー、あの時はお世話になりました。……えーと……ボブさん?」
「モブだッ! まぁだ覚えてねえのか、このトリ頭がぁ!」
怒り心頭に発し、手にしたナイフをブンブンと振り回しながら、中年男――モブは叫んだ。
「改めて、この前の続きをやってやるッ! 選べぇっ、膾か簀巻きか丸焼きかぁっ!」
「――ちょっと、ジャス? 誰、この人? ……いや、まあ、大体見当は付くんだけど……」
興奮するモブを胡乱げに見ながら、呆れ顔でアザレアが訊く。
「え――っと……、ちょっと説明は難しいなぁ……この状況下では……」
「どーせ、また、女関係のゴタゴタでしょ? まったく、アナタはいつもいつも……」
「い……イデデデデ!」
「……や、止めて下さいっ、ふたりともっ!」
口ごもるジャスミンと、彼の頬をねじり上げるアザレアを押さえながら、パームは怒鳴った。
「こ、ここは――取り敢えず――!」
「……そ、そうね……」
「――あ、ああ……ここは――」
三人は無言で頷いた。――そして、狂ったようにナイフを振り回すモブの姿をチラリと見やると――、
「……せ――、のっ!」
息を合わせて、一斉に地面を蹴った!
そのまま、脇目も振らずに、エルード東大門の外を目指して全力疾走する。
「……あ、てめえらぁっ! 待ちやがれ、ゴラあぁっ!」
すぐさま、モブも、ナイフを振りかざしながら彼らの後を追いかける。
「――っつか、アイツ、あんな図体のクセして速えっ!」
「や……やっぱり、素直に謝って……赦して頂いた方が……!」
「だ、ダメよ、パーム君! 謝って済むレベルじゃ無いわよ、あの剣幕だと! ……ここはとにかく――」
アザレアの言葉に、三人は頷き、
「「「逃げの一手っ!」」」
息を合わせてハモり、一心不乱に脚を動かし続ける。
そして、また始まるのだ――。
ギリギリで、碌でもなくて、ハチャメチャで、常識破りな――
“天下無敵の色事師”と、そんな彼に振り回される仲間たちの冒険が。
――好色一代勇者 〜ナンパ師勇者は、ハッタリと機転で窮地を切り抜ける!〜 完――
これにて、「好色一代勇者」は、晴れて完結です!
ここまでの長期連載になるとは思ってもみませんでした。
何度も、展開に詰まったり、自分の発想の貧困さに嫌気がさしたりして、何度もエタりそうになりながらも、沢山の読者様の応援を頂いて、力にさせて頂きました。本当に感謝してもしきれません!
「好色一代勇者」の原案を考えついたのは、自分が高校生の頃――今からそれこそ20年以上前の事です。
何度も、何度も、パソコンに文章を打ち込みながらも、データが飛んでしまったり、書く意欲が失せたりしてしまい、なかなか先に進めなかった物語を、この「小説家になろう」で完結させる事が出来た事は、とてつもなく嬉しい事です。
改めて、そして何度でも申し上げさせて頂きます。
応援し、こんな長い物語を読み切って頂いた読者の皆様、本当に、本当にありがとうございました‼
……とはいえ、自分の頭の中には、ジャスミンたちのこれからの活躍のビジョンが入っています。
作中で、一度だけ会話に出た、とある名前のキャラも、キチンとしたキャラ付けがあって、ぶっちゃけメインの一人になるんです。
もし、皆様から、「続編が読みたい」という声を多く頂いたら、もちろん書く気はありますので、出来ましたら、引き続き応援を宜しくお願いいたします!
最後になりますが、もう一度だけ。
「好色一代勇者」をお読み頂きまして、本当に、本当に、本当にありがとうございましたっ‼
2019年7月31日
朽縄 咲良
追記
本編中では触れられなかった、ヒースやイチカ、ついでにジザスのその後を書いた『好色一代勇者補遺 「傭兵と忍、そして鍵師」』を短編で公開しておりますので、宜しければ、コチラもどうぞ!
https://ncode.syosetu.com/n6319fr/




