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好色一代勇者 〜ナンパ師勇者は、ハッタリと機転で窮地を切り抜ける!〜  作者: 朽縄咲良
第十三章 屍鬼(したい)置き場でロマンスを
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膨張と暴走

 「ジャス! 退()いてッ!」


 長鞭を構えたアザレアは、無ジンノヤイバで顕現させた巨大な手で、巨大化し続けるフジェイルを押し止めているジャスミンに向かって叫んだ。


「――あいよぉっ!」


 ジャスミンは、彼らしいとぼけた声で返事をしながら、無ジンノヤイバを解除して、素早く飛びすさる。急に自由の身となったフジェイルは、黒く濁った目をギョロギョロと廻らせながら、緩慢に身体を動かし、アザレアの姿を見止める。


「ソコニ居タノカイ、アザレア? サア、君モコッチニオイデ。私トヒトツニナロウ――」

「……趣味の悪い口説き文句ね!」


 アザレアは、憤怒に燃える紅い瞳を煌めかせると、


『地を奔る フェイムの息吹 命の火! 我が手を離れ 壁を成せッ!』


 炎壁隆立火術の聖句を唱えた。瞬間、フジェイルの足元から立ち上った轟炎の壁が、彼の全身を包み込む。

 が、炎の壁のただ中で、フジェイルは涼しい顔をして立っていた。


「クク……ククク……!」


 その身体を炎で炙られながらも、フジェイルは顔を歪めて哄笑する。


「クハハハハハハ! 無駄ダヨ! モウ私ニハ、炎ナド効カナイ! 人類ヲ……生物ヲ超越シタ、コノ私ニハ、モハヤ火ナド、何ノ脅威ニモナランノダヨ!」

「ハイハイ、強い強いッ!」


 炎に包まれたまま、誇らしげに叫ぶフジェイルの神経を逆撫でする様な、嘲笑混じりの声と共に、マゼンタの光の刃が、炎の壁諸共、彼の身体を袈裟懸けに切り裂いた。再度接近したジャスミンの振るった無ジンノヤイバに斬られたフジェイルの胸板は、その剣身を形成する濃密な生氣に中てられ、黒い塵を撒き散らしながらボロボロと崩壊を始める。

 ――が、パックリと開いたフジェイルの傷から、黒い瘴氣がみるみる噴き出し、損傷した傷をあっという間に修復していく。


「ハハハッハッハハハハ! 炎ダケデナク、今ノ私ニハ、君ノ(無ジンノヤイバ)モ効カナイヨ! ドンナニ深ク傷ツケヨウトモ、私ノ体内ノ瘴氣ガ、スグサマ損傷ヲ修復シテシマウカラネ!」


 歯を剥き出し、口の端からダラダラと涎を垂らしながら、呵々大笑するフジェイル。


「ホラ、次ハコッチノ番ダヨ!」


 そう叫ぶや、彼の塞がりかけた胸の傷口がモリモリと盛り上がり、鳩尾のあたりから巨大な拳が生え出てた。


「ぐぅっ!」


 不意の一撃に、ジャスミンは反応が遅れ、腹にフジェイルの拳の強烈な一撃を食らってしまう。

 身体をくの字に折り、蹲るジャスミンの頭を狙って、歪に肥大化した右足を振り下ろすフジェイル。

 が、後方から風切り音を鳴らしながら飛来した黒い鞭が、ジャスミンの身体を絡め取る。


「――ふんっ!」


 アザレアが手にした長鞭を引っ張り、ジャスミンの身体を引き上げる。その一瞬後、ジャスミンの頭があった位置に振り下ろされた巨大な脚が、雷が落ちたような音を立てて踏み下ろされ、その勢いと威力で床を踏み割る。


「グ――!」


 床を踏み割ってしまったせいで、フジェイルは身体のバランスを崩し、ドウッと音を立てて倒れ込んだ。

 すかさず、パームが左手で頭を押さえながら、右手を翳して、聖句を唱える。


 『ブシャムの聖眼() 宿る右の掌 紅き月 分かれし雄氣(ゆうき) 邪気を散らさん!』


 彼の右掌に刻まれた聖眼が紅く光り、拳大の光球を生じさせる。彼の掌から放たれた紅い光球は、真っ直ぐフジェイルに向かって飛び、弾けた。

 細かく砕けた雄氣の散弾を全身に浴びて、フジェイルの顔が僅かに歪む。


「ナ……生意気ナ――神官風情ガァアアアア!」


 彼が獣の咆哮のような叫びを上げると、その身体は更に膨れ上がる。全身のあらゆる所から飛び出た腕からも、まるで接ぎ木のように腕や脚が次々と生え始め、無秩序なその姿を、ますます歪に変えていく――。


「な……何だありゃあ……?」


 猛り狂うフジェイルから慌てて距離を取ってから、呆然と彼の変貌を眺めるジャスミン。パームは、顔を青ざめさせながら、呟くように言う。


「……多分、暴走してます……」

「暴走……?」

「はい――」


 震える声で問い返すアザレアに小さく頷き、パームは言葉を続ける。


「あまりに急激に、数多の瘴氣を取り込み続けたばかりに、体内で行き場の無くした瘴氣が、彼の身体の無秩序な変化を誘発しているんです。ああなったら、もう……」


 パームは、ゴクリと唾を呑み込む。


「……要するに、調子に乗りすぎたって事か。で……あのままだったら、アイツはどうなる?」


 ジャスミンは、そうパームに尋ねる。

 パームは、青ざめた顔をジャスミンに向けて、震える声で答える。


「……今のあの人の意識は、紅茶に垂らしたミルクのような状態です。まだ、自己認識を保っていますが、紅茶とミルクが混ざり合って一杯のミルクティーとなるように、彼の意識は恐らく、膨大な瘴氣の海に融け込んでしまい……じきに己という個を無くします」


 そこまで言うと、パームは、カラカラになった喉を潤すかのように、唾を呑み込み、更に続ける。


「――そうなったら、アレは、ただの屍体と瘴氣の集合体です。膨張する身体を維持する為に、本能の赴くままに屍体を喰らって瘴氣を賄い、屍体が無くなったら……」

「……自分で()()()()()()、その屍体を喰らう……って事か?」


 ジャスミンの言葉に、黙って頷くパーム。

 それを見たジャスミンは、大きな溜息を吐いた。


「やれやれ……偉そうに、人類を超えたとか言っておきながら、結局はタダの瘴氣喰らいのバケモノ……いや、バケモノ以下に成り下がるとはねぇ……」


 彼はそう呟くと、果てしなく肥大化し続けるフジェイルの変わり果てた姿を見た。盛り上がった肉の間に半ば埋もれたフジェイルの表情には、もう理性の片鱗も殆ど感じられない。


「……不様だな」


 ジャスミンは小さく舌打ちをすると、手にした無ジンノヤイバを握り直した。彼に倣って、アザレアとパームも無言で身構える。

 そして、呆れと嘲りと憎悪と……ほんの少しの憐憫を込めた表情を浮かべたジャスミンは、静かに、そして決然と言った。


「――じゃあ、サッサと決めちまおう。アイツが……フジェイルが、人間で――そして、ロゼリア姉ちゃんの仇でいられる間に、な!」

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