表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
好色一代勇者 〜ナンパ師勇者は、ハッタリと機転で窮地を切り抜ける!〜  作者: 朽縄咲良
第十三章 屍鬼(したい)置き場でロマンスを
162/175

食事と小袋

 茫然として視線を向けるジャスミン達の前で、フジェイルの身体からは、まるで炎に炙られているかのように、どす黒い瘴氣が煙のように噴き出し続ける。


「あああああ……ぐううううううう……」


 フジェイルの口からは、末期に喘ぐ猛獣の唸り声のような声が漏れ聞こえてくる。


「……すみません。僕の判断ミスです……“ノリト”で安らかに逝ってもらうのではなく、“キヨメ”で強制的に祓うべきでした……」


 パームは、そう言って唇を噛む。


「フジェイルさんの、妄執と未練と憤怒と嫌悪……あそこまで根が深いとは思いませんでした……。ノリトの浄化すら撥ね付けられるほどに……」

「じゃ、じゃあ、もう一度……!」


 気を取り直すように、彼に問いかけるジャスミンだったが、パームは蒼白になった顔で頭を振り、己の手をじっと見つめた。


「……ダメです。今のノリトで、完全に僕の生氣は……」

「……へえ、奇遇だな。――俺もだよ」


 ジャスミンも、その端正な顔に引き攣った薄笑いを浮かべ、アザレアも、暗い顔で首を横に振る。


「……ワたしが……私ガ――私が……屍人形……だと……?」


 一方、夥しい瘴氣の渦の中心で悶えていたフジェイルは、徐々に落ち着きを取り戻しつつあるようだった。絶叫を止め、ブツブツと呟きながら、オズオズと己の掌をじっと見る。


「私が……屍人形に……既に肉体は、死を迎えている――そういう事か?」


 そう言うと、彼は背中を丸め、プルプルと全身を震わせ始める。


「……どうしたの、アイツ……?」


 アザレアが、黒い瘴氣を吹き出し続けながら身を屈めるフジェイルの背中を、その瞳を見開き、呆然とした顔で見つめていた。

 彼女の呟きに、ジャスミンはヨロヨロと立ち上がりながら、小さく頭を振る。


「……解らない。――解らないが……」


 彼は、固唾を呑みながら、言葉を継いだ。


「……なんか、途轍もなくヤバい気がする。――“天下無敵の色事師”としての勘が、そう告げているぜ」

「――ああああああああはははははははははははははぁあああっ!」

「――っ!」


 フジェイルの唸り声は、中途から哄笑へと変わった。三人は、その笑いの不気味さに、思わずお互いの身を寄せる。

 目の前で仁王立ちする白装束の屍人形は、顔を愉悦と恍惚に歪めて、両腕を広げて天を仰いだ。


「――素晴らしい! 素晴らしいではないか! 私は……遂に手にした……いや、とっくの昔に手にしていたのだな。朽ちぬ身体と、ダレムの呪われし祝福を!」


 そう叫んで、天に向かって嘲笑を浴びせ、ぐるりと首を廻らせて、ジャスミン達の方を向いた。


「ありがとう! 君たちに、心からの礼を言わせてもらおう。君たちが、私をここまで追い込んでくれなければ、ずっと気付かないままだっただろう。――自分自身が、とっくに人間を超越した存在になっていた事にね!」

「は――? な、何を言ってるんだ、お前は!」


 フジェイルの言葉に気圧されながらも、反論の言葉を吐くジャスミン。


「お前は、タダの屍人形だって、パームが言っていたじゃないかよ! お前の周りで動いている屍鬼(ゾンビ)と似たり寄ったりの動く死体の分際で、人間を超越しただって? 笑わせるなよ、団長さん!」

「動く死体? それはちょっと違うな、色事師」


 ジャスミンの鋭い言葉にも、フジェイルは軽蔑の籠もった嘲笑を浴びせただけだった。


「私は、この身体を己自身の屍人形と成す事で、死を超越したのだ。しかも、明確な意識を残したままでな。この屍鬼どもとは次元が違う」


 そう言うと、彼は傍らで突っ立っていたひとりのゾンビの髪を鷲掴みにして、己の元へ引き寄せた。


「今の私は、屍鬼でも屍人形でもない。寧ろ――そう、あのゼラに近い性質を持つに到ったのさ!」


 そう叫ぶや、フジェイルは口を大きく開けて、鷲掴みにした屍鬼の首元に噛みついた。


「な――っ!」

「ひ……」

「な……何を――!」


 ジャスミン達の目が、驚愕で見開かれた。

 彼らの前で、首元に食いつかれた屍鬼の身体が、黒い瘴氣を吹きながら、みるみる萎んでいく。


「ま……まさか!」


 パームが、身体を震わせながら、信じられないモノを見たという顔で呟いた。


「……屍鬼の瘴氣を吸い尽くして、自分の瘴氣にしようと……?」

「――当たりだよ、神官くん」


 絞りかすのように萎みきった屍鬼の身体を打ち捨てて、フジェイルはニヤリと笑った。開いた両手を、感触を確かめるかのように握り締める。


「ああ――、実に良い気分だ。食事を摂って、栄養が全身に行き渡っていく感覚……。清々しい!」


 そして、彼はパチンと指を鳴らした。すると、それまでユラユラと棒立ちになっているだけだった屍鬼たちが、一斉に動き出した。――フジェイルの元に向かって。


「――折角だから、少々失礼して、()()をさせてもらうよ。君たちの処分は、それからだ」


 フジェイルはそう言って、三人に向けて皮肉たっぷりの嘲笑を浴びせると、次々と屍鬼の首に齧り付き始めた。


「――いけない! 屍鬼たちの瘴氣を吸って、自分の瘴氣を増やす気です! このままでは……!」


 パームの絶叫に、アザレアが長鞭を振るう。が、鞭の先端がフジェイルに届く前に、屍鬼たちによって妨げられる。


「いけないなぁ、アザレア! 他人(ひと)の食事を邪魔しちゃいけないと、ロゼリアに教わらなかったのかい?」


 フジェイルは、皮肉をたっぷり効かせた侮蔑の笑いを浴びせ、パチンと指を鳴らした。

 すると、フジェイルの元へ向かっていた屍鬼の一部がくるりと振り返り、三人の方へと近付いてくる。


「私の食事が終わるまでヒマだろうから、その屍鬼どもと遊んでいてくれ給え。――ああ、うっかり死んでしまっても構わないよ。後で、デザートとしていただくとするからね。……ククク」


 フジェイルは愉快そうに嘲笑うと、己の食事を再開する。


「クッ……!」


 三人は、背中を合わせながら身を固くする。屍鬼たちは、そんな彼らに向かって、緩慢な動きでじりじりと近付いてくる。

 迎撃するにも、彼らの雄氣は既に枯渇していた。パームのミソギも、アザレアの炎鞭(フレイムウィップ)も発現できない。ジャスミンの無ジンノヤイバは、屍鬼たちの後方に転がっている。――もっとも、手元にあったとしても、その鍔元からマゼンタ色の刃を伸ばす事は出来ないだろうが……。


「こりゃあ……手詰まりかな……」

「……ジャス……!」


 ジャスミンの言葉に、諦念の響きを聞き取ったアザレアは、思わず振り返る。

 一方のパームは、必死で打開策を考える。

 ……が、何も浮かばなかった。


(……ここまでなのですか――アッザムよ……)


 彼は、縋る思いで、主神(アッザム)の名を呼ぶが、その内心では、自分が諦めつつある事にも気付いていた。


(……ならば、せめて最期は、ラバッテリア教の神官らしく、神に祈りを捧げながら……)


 そう考えたパームは、三神を象った聖板を取り出そうと、神官服の隠しをまさぐった。――と、


 ――カチン


「……え?」


 聖板とは異なった、固い感触と音を指先に感じ、怪訝な表情を浮かべた。隠しに手を入れ、触ったものを取り出す。


「……これは――!」


 ――瞬間、パームの脳裏に、忘れていた記憶が蘇る。


『これを持っていけ。……きっと役に立つ……らしい』

『オレにも良く分からん。……大教主の爺様がそう言ってたから、そうなんだろうぜ……多分』


 そう、これは……サンクトルを発つ日――、ジザスから渡された、大教主の餞別の小袋だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ