斬撃と筋肉鎧
ヒースは、アザレアの周囲の床下から、次々と屍鬼達が湧き出るように現れて、彼女を包囲しつつあるのを見て、苦い顔で舌打ちした。
「おいおい、姐ちゃん、大丈夫か……？」
チラリと横目で、パームのハラエを受けているジャスミンを見る。――ダメだ。まだ、回復には時間がかかりそうだ。
「……さっさとコイツを仕留めちまわねえとヤバいな……！」
そう呟くや、ヒースはワイマーレの大剣に押し込み続けていた大棍棒をかちあげつつ引くと同時に、後方に大きく跳躍した。が、ワイマーレも、彼を逃がさんと、体勢を整えるや廊下の床を蹴って、ヒースを追いかける。
「――そりゃ、そう来るよなぁ！」
彼はニイッと口角を上げ、鋭い犬歯を剥き出して叫んだ。
「かかったな！」
ヒースは轟音を立てて着地するや両脚を踏ん張り、大棍棒を前方に突き出す。暴力的な風切り音をあげながら、大棍棒の先端が、迫り来るワイマーレの顔面を突き潰す――！
「……」
が、ワイマーレは、寸前で身体を捻って、顔面を狙って突き出された大棍棒を躱した。素早くヒースの右側に寄り、大棍棒の突きを繰り出した為に、がら空きになった彼の脇腹を両断せんと、大剣を横薙ぎに払う。
ヒースは身を捩って躱そうとするが、すぐに悟った――。
（こりゃあ、間に合わねえな――！）
――ならば、
「……ふんんっ！」
ヒースは、敢えて避ける事を止め、腹筋に思い切り力を籠めた。彼の鍛え上げられた筋肉がモリモリと盛り上がる。
そこに、ワイマーレの鋭い斬撃が食い込む。
「――ぐむぅっ！」
「お――オッサンッ！」
「ヒースさんっ！」
ジャスミンとパームが悲鳴をあげ、それに応える間もなく、ワイマーレの一撃を受けたヒースの身体は吹き飛び、漆喰の壁にめり込んだ。
「おい、オッサン！ 大丈夫かよ！ 偉そうな事言っておいて、あっさり死んじまってないよなぁっ！」
青ざめた顔で、崩れた壁に向かって絶叫するジャスミン。すぐに駈け寄ろうとするが、まだ癒えていない傷の痛みが彼を襲い、ジャスミンは唸り声を上げてへたり込んだ。
――が、
「おう、死ぬかよ、この俺が、この程度で……よ！」
瓦礫の中から、聞き慣れた胴間声が聞こえたかと思うと、堆く積もり重なった漆喰の瓦礫が、爆発したかのようにはじけ飛んだ。
自身に向かって降りかかってくる瓦礫の嵐に、さすがに体勢を崩したワイマーレ。と、一際大きいモノが、彼に向けて跳んできて、ぶち当たる。
「――ッ！」
無言のまま、今度は自分が吹き飛ばされるワイマーレは、逆側の漆喰の壁にぶつかり、大穴を開けて、外へと転がり出ていった。
「ひ、ヒースさん！ 大丈夫なんですか？ さっき、確かに胴体を斬られた筈……！」
パームが、口をあんぐりと開けて、ワイマーレに突っ込んだ黒く巨大な影に声をかけた。
黒い影――ヒースは、埃まみれの魁偉な顔を歪めてニヤリと笑うと、ワイマーレの斬撃でパックリと割られた胴丸の脇腹を擦った。
「あ～、ああ。そんなモン、斬られる瞬間に筋肉に力を入れたから大丈夫だぜ。――まあ、皮三枚くらいは斬られたみてえだから、チョイとだけ痒いけどな」
と、涼しい顔で言ってのけたヒースは、脇腹を擦ったらベッタリと掌に付いた鮮血を、ペロリと舐め取る。
「いや、筋肉に力を入れたからってどうにかなる感じじゃなかったと思うんだけど……」
「……いや、そう言いますけど、結構な出血してませんか、ソレ……」
ドン引きしながら、呆れ声をあげるジャスミンとパームに「ダイジョーブダイジョーブ」と軽く手を振りながら、部屋の奥へ顎をしゃくるヒース。
「お前らは、早く傷を癒やして、姐ちゃんの助太刀に回ってやれ。あの鎧騎士は、片付けるのにちぃっと時間がかかりそうだからよ」
「あ――、ヒースさん！」
ふたりにそう言い捨てると、壁に開いた穴を潜ろうとするヒースを、慌てて引き止めるパーム。
ヒースは、首だけで振り返ると、ダルそうな声を出す。
「ああ？ 何だよ、坊ちゃん」
「……今の人は、多分、生きている人間ではありません。――恐らく、アレと同じ、呪術で操られた屍人形の類かと……」
パームは、薄暗い部屋の中で、アザレアを囲む屍鬼達を指さしながら言う。
「それなら、僕も一緒に――」
「いや、要らねえよ、坊ちゃん」
ヒースは、パームの言葉を遮って、軽く手を振った。
「今、手合わせして大体分かったが、アイツは死神と違って、物理的にぶっ壊せば斃せる類のモンだ。……正直、さっきの戦いは消化不良でよ。アレくらいは俺にやらせてくれや」
と、彼はニヤリと笑って、親指を立てて言った。
「――ま、要するに、憂さ晴らしってヤツだ」
