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悲惨と無惨、そして推参

 ――コレクション。


 その単語を聞いたアザレアの顔色が変わった。彼女は当然、フジェイルが使う際の、その単語が持つ意味を知っている。


「……!」


 彼女は思わず、フジェイルの後方に佇む、黒い鎧を纏った屍人形(ワイマーレ)を見た。――彼の、焦点の定まらない濁った瞳と、弛緩して涎を垂れ流すばかりの口元が目に入り、アザレアは嫌悪感で気を失いそうになった。


(――このままでは、私もアレと同じように……!)


 アザレアは、背筋が凍りつく思いに身震いし、何とかフジェイルの手から逃れようと、必死で身を捩り藻掻く。……が、地面から生えた腐りかけの腕達は、彼女の脚をガッチリと掴んで離さない。


「ああ……! いいよ、実に良い! アザレア……君の、その恐怖に引き攣る表情……! まったく……ゾクゾクさせてくれるじゃないか!」


 フジェイルは、火傷で真っ赤に引き攣れた左半面を愉悦で歪ませながら狂笑(わら)う。

 そして、アザレアの炎色の髪の毛を、右手で無造作に掴み、彼女の顔を無理矢理持ち上げる。


「痛――!」


 ブチブチと髪の毛が千切れる音がして、アザレアの顔が苦痛で歪む。


「……や、止め……」

「クハハハッ! 憎き姉の仇に対して、懇願か! 先程までの威勢はどうしたんだい、アザレア?」


 狂気に満ちた目を更に大きく見開いて、フジェイルは嘲笑する。

 歯を食いしばるアザレアの瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。


「おやおや、今度は泣くのかい? まったく、不様だねぇ、君は」


 フジェイルは、呆れるように肩を竦めると、おもむろに彼女に顔を近づけ、真っ赤な舌を伸ばして、頬を伝う涙を舐め取った。


「――ッ!」


 突然の事に、目を見開き、身体を硬直させるアザレア。フジェイルはぺろりと舌なめずりをして、目を細める。


「……や、止めろ……この、変態野郎が!」


 その偏執的な表情に、計り知れない嫌悪感を覚えたアザレアは、憤怒の形相で、腕を振り回す。黒い長鞭が、空気を切りながら、フジェイルの顔を襲う。


 ――バチィッ!


 辺りに乾いた打撃音が響き渡る。――が、


「ウフフ……残念でした!」


 彼女が狙ったはずの、フジェイルの顔面は無事のまま。長鞭の先端は、いつの間に彼の横に現れたワイマーレの手に、ガッチリと掴まれていた。


「クッ!」


 アザレアの顔が、悔しさと絶望で歪む。


「やれやれ……。往生際の悪い娘だ。本当に、あの忌々しい姉とそっくりだな、君は!」


 フジェイルは、そう吐き捨てると、パチンと指を鳴らす。

 直後、ワイマーレが素早くアザレアの背後に回り込むと、片手で彼女の両腕を捻り挙げた。激しい痛みに苛まれ、アザレアの呼吸が荒くなる。


「――これで、ようやく大人しくなってくれるかな?」


 フジェイルはそう呟くと、彼女の顔面を己の手でガッチリと鷲掴みする。


「さて……実に愉しい時間だったが、もう終わりにしようか。――安心するがいいよ。君の意識は消えるが、君の身体は美しいまま。時を止めて、永遠に私の傍らにあるのだよ。光栄に思い給え!」

「…………え……さま……」

「――ん?」


 フジェイルの耳が、アザレアの微かな声を拾った。彼は、それに興味を覚え、薄笑みを浮かべながら彼女の口元に耳を近づける。


()()()君が発する最後の言葉か……聞いてやろう。――何だって?」

「……だい……えさま……」


 と、アザレアの真紅の瞳に、力強い光が戻った。


「――姉様ッ! 勇気を、ちょうだいッ! 『火を統べし フェイムの息吹 命の炎! 我が手に宿り 全てを燃やせッ!』」

「――ッ!」


 屍人形の筈のワイマーレが、微かに動揺の色を見せた。アザレアの腕を掴む彼の手が、激しい炎に包まれたのだ。一瞬、ワイマーレの手の締め付けが緩む。

 アザレアは、その隙を逃さなかった。すかさず、ワイマーレのクラッチを外すと、左手を上げて、左耳の上に差していた黒焦げの髪留めをむしり取る。


(……姉様。ごめんなさい……。あの術、使うね!)


 彼女の脳裏に、哀しそうな顔をした姉の姿が浮かび、――そして、


(……ジャス! さよなら――)


 目尻に溜まった涙と一緒に、黒曜石の瞳を持つ幼馴染の幻影を振り払い、彼女は叫ぶ。


『火の女神 フェイムの魂 猛る炎! 我が身を代に 全てを燃やせッ!』


 そして、自分の左胸目がけて、髪留めの尖った先端を突き立てんとする――

 が、


「――ああ、その動きは()()()()()()


 フジェイルの、冷静で陰気な声が、彼女の耳朶を打った。


「え――?」


 呆けたような声をアザレアが上げた時には、彼女の手にあったはずの髪留めは弾き飛ばされ、澄んだ音を立てて床を転がっていた。


「――何度も言うが、本当に、ビックリするほどそっくりだね、君たち姉妹は。最後の奥の手まで同じとはな。……だが私は、同じ手を二度も食らうほど迂闊では無いのでね!」

「…………」


 フジェイルの言葉に、アザレアは言葉も無かった。――ただ、彼女の頬を幾筋もの涙が流れ落ち、その身体から、フッと力が抜けた。

 フジェイルは、そんな彼女を鼻で嗤うと、彼女の頭を掴む手に力を込める。


「やれやれ、やっと()()()()()()()。――じゃあ、始めよう。大丈夫、すぐ終わるさ」


 そして彼は、目を細め、薄い唇の間から、呪句を紡ぎ出す。


『――我 命ズ ソノ魂 骸ニ留メ 我ガ 僕トナレ……クロキヤミ スベテヲスベル ダレ――』

「やらせないぜ、団長さんっ!」


 呪句を唱え始めたフジェイルの顔面を目がけて、黒光りする何かが、風を切って飛来した。


「――なっ?」


 完全に不意を打たれたフジェイルは、咄嗟にアザレアの頭から手を離して、自分を目がけて飛んでくる何かをはたき落とす。

 甲高い金属音を鳴らしながら、それは床に突き立つ。――それは、黒く塗られたクナイ。

 フジェイルの左掌が傷つき、皮膚がパックリと裂けた。


「お! 見様見真似の割りには、上手く飛んだんじゃね? ひょっとして、俺って才能ある?」

「……貴様は――!」


 ――この場に全くそぐわない軽薄な声がした方へ、苛立ちと怒りを込めて、フジェイルは睨みつける。

 フジェイルの視線に気付いた()は、にへらあと、皮肉たっぷりの笑みを浮かべ、殊更に挑発するように、手を上げてヒラヒラさせてみせた。


「愛しい女の、涙あるところには必ず……いや、()()()()駆けつける――『天下無敵の色事師』ジャスミン、ここに推参! ……そんな感じ?」

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