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叱咤と命令

 中庭に、何度も繰り返して、鈍い音が響き渡る。


「うおうらあああっ!」


 巨漢のヒースが、獣の咆哮のようなかけ声を上げながら、振りかぶった大棍棒に全体重を掛けて、力の限りに振り下ろす。

 大地を揺るがし、中庭の地面に、またひとつ、大きなクレーターが増える。

 が、飛び散る土砂の中に、標的の姿は無い。


「……無駄だ」


 抑揚のない声が聞こえたかと思うや否や、鋭く風を切る音がヒースの鼓膜を揺らす。


「うおっ!」


 ヒースは、咄嗟に首を竦める。その一瞬後に、彼の頭上を巨大な鎌の黒い刃が通過し、彼の頭髪が数房切れて宙を舞った。

 首を狙った死神の鎌を、すんでの所で躱したヒースは、そのまま頭を下げて、低い姿勢で“銀の死神”ゼラの懐へ飛び込もうと、地面を蹴る。

 そのまま、ショルダータックルを彼女の腹に叩き込もうと狙うが、


「……!」


 ゼラは、右手でヒースの肩に触れると、そこを起点に、クルリと身体を回転させて跳び上がる。そして、ヒースの背中の上で回転しながら、左腕の黒い鎌を振るう。


「ぐっ!」


 ヒースの背中から真っ赤な鮮血が横一文字に噴き出し、彼の口から呻き声が漏れた。そのまま、足を縺れさせて、ドウッと地響きを立てながら、地べたに這い蹲る。

 それを見たゼラは、無言のまま、左腕の鎌を素早く黒い大蛇へと形態変化させる。蛇は鎌首を持ち上げ、蹲るヒースの背中目がけて、素早い動きで襲いかかる。

 ――黒い蛇に食いつかれたら最後、ヒースは生氣を吸い尽くされ、ゼラに()()()()()()()

 大蛇の(あぎと)が、ヒースの広い背中に牙を突き立てようとした瞬間、


『我が額 宿りし太陽 アッザムの聖眼() 光を放ちて 邪を払わんっ!』


 パームの聖句詠唱と共に、その額の“アッザムの聖眼()”から目映い黄金色の光が溢れ、その光に晒された黒い大蛇の首を、瞬時に黒霧に変えた。


「ヒースさん! 大丈夫ですか? ――『蒼き月 レムの(きよ)き眼 宿りし左掌() 雌氣(しき)を放ちて 尸氣(しき)を払はむ』……」


 すかさずヒースの元に駈け寄ったパームが、左手を彼の背中に翳し、ハラエの聖句を唱える。柔らかな蒼い光が傷口を照らし、パックリと口を開けた傷口がみるみる塞がっていく。


「……おう、坊ちゃん。……すまねえな、助かったぜ」


 顔を顰めながら、パームの方へ首を廻らせるヒース。パームは、15エイム程離れた位置で、無言のまま佇むゼラへ油断無く視線を向けながら、「それはいいです」とだけ言った。

 やがて、周りを淡く照らしていた蒼い光が治まり、パームは、ヒースの背中に翳していた左手を引く。


「――これで、大丈夫。……痛みは大丈夫ですか、ヒースさん?」

「……ああ、問題無え!」


 すっかり頭に血が上ったヒースは、パームの問いかけに力強く答えると、勢いよく立ち上がり大棍棒を握り直して、再び銀の死神に向かって突進しようとし――、


「ちょっと! 止めて下さい、ヒースさん!」


 慌てたパームに、渾身の力で右脚に抱きつかれた。

 出鼻を挫かれた格好のヒースは舌打ちすると、パームの神官衣の襟首を(つま)み、彼を己の右脚からいとも容易く引き剥がした。

 そのままパームを持ち上げて、自分の顔の前に吊し上げる。

 そして、犬歯を剥き出して、今にも食い殺しそうな凶悪な顔でパームに凄む。


「おうおう、坊ちゃんよぉ! 一体どういう了見だ! 折角の殺り合いに水を差してるんじゃねえよ!」


 襟首で摘まみ上げられ、至近距離で凄まれたパームは、思わず首を竦めたが――、その碧眼に強い光を滾らせ、ヒースの目を正面から睨み返す。

 パームの目力の迫力に、強面のヒースが思わずたじろぐ。


「『一体どういう了見だ?』は、僕のセリフです! ヒースさん、あなた、このまま闇雲に突撃していって、銀の死神に勝てると本当にお思いなんですかっ?」

「……!」

「さっき僕が言った通り、銀の死神は生物とは真逆で、瘴氣(ショウキ)を活動エネルギーとしています。同様に、あの黒い左腕は瘴氣(ショウキ)が具現化したものです。ヒースさんも、さんざん試してお解りでしょうが、物理的衝撃や斬撃も効きません。彼女には、キヨメで生氣(しょうき)を浴びせるしか対処法が無いんです!」


 そう強い口調で言い切ると、パームは自分を指さして言った。


「――つまり、彼女に対抗できるのは、アッザムの聖眼()でキヨメを放つ事ができる僕だけなんです。――変な意地や拘りは捨てて下さい!」

「い、意地ぃ? 拘りだあ? 坊ちゃんよぉ、そんなにカンタンに――」

「――ヒースさんは、僕たちに雇われた身ですよね?」

「! ぐ――」


 パームの言葉に、思わず言葉を詰まらせるヒース。

 蒼い瞳でヒースの目をじっと見据えながら、パームは一言一言に力を籠める。


「……『契約したヤツの言葉は確実に遂行する』……ヒースさんは、そうおっしゃってましたよね?」

「……」

「ならば、雇い主()の言う事を聞いて下さい! さっき僕がお伝えした作戦の通りに動いて下さ……いえ――動けッ! ヒース!」


 自分の半分ほどしかない女顔の若い神官に、怒鳴りつけるように言葉をぶつけられたヒースは、その厳つい顔を真っ赤に染めたが――ふと表情を緩めると、破顔して豪快に笑い出した。


「ブ、ハハハハハハッ! 初めてだぜ、この俺に面と向かって、ここまでハッキリと物申しやがった命知らずはよぉ!」


 そして、大きな犬歯を剥き出しにしてパームの面前にグイッと顔を突き出し、その薄い肩をごつくて(おお)きな手で掴み揺さぶりながら、ニイッと微笑(わら)ってみせた。


「――上出来だ、坊ちゃん――いや、雇用主(ボス)! 俺はお前の剣だ。その啖呵通り、存分に遣いこなしてみせろ――いいな!」

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