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幻聴と薄笑み

 本部の前で、傭兵達が三々五々に集結しつつある。

 牢舎で発生した時ならぬ轟音に、ある者は安寧の眠りを破られ、ある者は楽しい酒盛りを中断され、ある者は艶めかしい閨事(ねやごと)を妨げられ――、その顔々には不満と焦慮と、そして恐怖の感情が、ありありと浮かんでいた。

 彼らは頭を突き合わせ、持ち寄った情報を示し合う。錯綜し、(もつ)れた情報の結び目を、何とか(ほぐ)そうと必死だった。


「脱獄者は何処だ!」

「――中庭らしい! バッカロンさんの隊が応戦しているらしい」

「助太刀に行った方が――」

「いや! 止めとけ! さっき、様子を見に行った奴らが泡食って戻ってきた! ()()が出たらしい……巻き込まれたら――喰われる!」

「……お、おい! アレって……ひょっとして――アレか!」

「ああ……」


 長髪の傭兵が、隻眼の傭兵の言葉に小さく頷き、言葉を発するのも憚られるかのように、小声で囁いた。


「――“(しろがね)の死神”……」

「…………」

「…………中庭には、近付かないようにしようか」

「……そうしよう……」


 彼らは、顔を見合わせて、深く頷き合った。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 「……お邪魔シマ~ス……」


 大広間の巨大な鉄扉が、微かに軋みながらほんの少しだけ開き、だだっ広く仄暗い、陰鬱な室内には場違いな、緊張感の抜けた声が響く。


 ……………………。


 ――中からは、何の返答も無い。

 次の瞬間、鉄扉の隙間から、何かが、まるで泥棒猫の様な身のこなしで大広間の中に滑り込んだ。

 暗闇の中で、ゴロンゴロンと音を立て、絨毯の上を転がる何か。と、カチンという金属音がし、唐突に部屋の中央でピンク色の目映い光が溢れた。

 ピンク色の光は、一本の光へと収束し、ドンドンと伸びていく。その先端は、一直線に大広間の階の上――玉座へと向かって伸びてゆく。

 階の上で、激しい衝突音と破壊音が発生し、――縦に二つに裂けた玉座が階の上から転げ落ち、再び派手で耳障りな音を立てた。


「……ちっ。やっぱり、もういないか……」


 ジャスミンは、膝立ちで、真っ直ぐ前にピンク色の長刃を突き出した姿勢のまま、小さく舌打ちをした。

 ふうと溜息を吐くと、目を瞑り、無ジンノヤイバの光刃を消し去った。

 そして、膝を伸ばして立ち上がる。


「さて……ここじゃないとすると――あとは」


 彼は、キョロキョロと辺りを見回す。夜光虫の光しか灯りがない室内。部屋の四隅は、澱のような重苦しい暗闇が垂れ込めてい――


「――隙だらけだな、貴様!」

「――!」


 突然、あらぬ所から声がかけられ、驚愕の表情で、声の方向に振り向くジャスミン。

 一瞬後、彼の胸に、銀色に鈍く輝く三角形の刃物が三本、突き立った――。


 ◆ ◆ ◆ ◆


「私の部屋へようこそ。――さあさあ、アザレア。どうぞ、遠慮なく掛けてくれ」


 自室に、アザレアを招き入れた白面の白装束男(シュダ)は上機嫌で、彼女に椅子を勧める。だが、アザレアは険しい面持ちで、扉の前で佇んだままだった。

 そんな彼女の態度に苦笑いを浮かべながら、シュダは壁際のワインセラーから、埃の積もったワインボトルを抜き取り、ナイフを使って栓を開ける。


「ふふ、私の部屋だからといって、緊張する事はないよ。自分の部屋のように寛いでくれ給え」


 サイドテーブルにゴブレットを()()置き、ボトルを傾けて血のような色のワインを注ぎ込みながら、鼻歌交じりに彼女に声をかける。


「――おっと。つい、いつものクセで赤ワインを開けてしまった。……アザレア。君は、赤はいける口か――」

「シュダ様! ……お話しがあります」


 彼の言葉を遮ったアザレアの声が、居室内に響く。

 シュダは、ゆっくりと振り向き、微笑みを浮かべた顔で、アザレアの紅い瞳をじっと見つめた。

 ――表情は柔らかな笑みを浮かべてはいるが……その瞳は、()()()()()()

 シュダの冬の湖の色と冷たさをした瞳に見据えられ、彼女の身体は、まるで金縛りにでも遭ったかのように硬直した。

 肺も痺れ、息すらままならない。心臓が、危険を知らせるように、その鼓動をドンドン早めていくのが分かる。


(――今なら、引き返せるぞ)


 アザレアの頭の中に、誰かの声が響き渡る。何重にも反響し、耳に触る不明瞭な声だったが、それが何を言おうとしているのか、彼女にはハッキリと(わか)った。


(……――口を噤め。――目を瞑れ。――耳を塞げ。――全て忘れろ。その矛盾も――その疑念も――その過去も――)


 アザレアは、頭を絶えず反響し、彼女の心を蝕もうとする悪意に満ちたその声に、思わず両手で耳を押さえた。――が、脳内から聴こえるその恐ろしい呪声には、効果がない。

 ――彼女の喉の奥から、くぐもった悲鳴が漏れ出た。


「話……ああ、そう言えばそうだったね」


 だが、シュダはそんな彼女の様子に気付いていないかのように、いつもと変わらぬ静かな口調で呟くように言うと、小さく頷き、一人掛けのソファに身体を埋めた。

 そして、肘掛けに体重を預け、薄目を開けて、ニヤリと酷薄な笑みを浮かべて言った。


「――いいよ。君の話なら幾らでも聞こうじゃあないか。()()()()()()()()()

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