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傭兵達とギルド長

 ――同刻、サンクトル。


 いつもなら、日が落ちたこの自由貿易都市は、街中の酒場に仕事が終わった労働者たちが集まり、男たちの乾杯の音頭と女の嬌声がごっちゃになった喧騒に包まれているのだったが……今日は違った。

 酔客でごった返している筈の街一番の大通りには、そこかしこに血に塗れた男が蹲り、うめき声を上げている。その横を尊大な足取りで闊歩するのは、みすぼらしい胴丸を身に付け、抜き身の剣を肩に担いだ髭面の男たち。

 道端の店々は、固く扉を閉ざし、その奥で人々は息を潜め、身を寄せ合い震えていた。

 髭面の男たちは、ひときわ大きな店に目をつけると、その巨大な扉をこじ開けようと、蹴りつけ、また、剣の柄を力任せに叩きつけ始める。

 扉の閂が悲鳴を上げる。その軋む音は周囲に身を潜める人間の神経を逆撫でた。



 ――サンクトルは、陥ちた。


 バルサ国王に向けたギルド長の親書を携えた使者を送り出して間もなく、サンクトルはダリア傭兵団の襲撃を受けた。

 無論、街は盗賊たちの跳梁を易々と許したわけではない。

 サンクトルは、自由貿易都市として、どの国にも属さない半独立の立場を取っていた。その為、サンクトルを護る為の「国軍」というものは、元々駐留していない。

 その代わりとして、サンクトルギルドは、市民の有志と傭兵で私設守備隊を組織し、都市の防衛を担わせていた。

 もちろん、今回の傭兵団の侵入に際しても、守備隊が都市防衛の任に当たったのだが――。

 「鎧袖一触」という言葉そのまま、瞬く間に、守備隊は敗散した。

 戦闘の経験値の差もあったが、何より大きかったのは、襲撃前に傭兵団より送られてきた、ワイマーレ騎士団の軍旗の存在だった。

 バルサ王国最強のワイマーレ騎士団が壊滅した――その事を如実に示す、血と泥に塗れ変わり果てた軍旗が、守備隊の士気に係わらない訳が無い。

 最初から怖気づき、逃げ腰だった守備隊は数度の激突により、淡雪よりも脆く崩れ去った。あろう事か、ギルド支給の鎧を脱ぎ捨て、傭兵団の尖兵に成りすます守備兵すらいた。

 盗賊たちは、サンクトルの正門を突破、街中に侵入し――、陥落した都市の行く末に相応しい、略奪の宴がそこかしこで繰り広げられることになったのだった。


 そして、ここはサンクトル商人ギルド組合本部。サンクトルの商業中心地にして、事実上の行政府だが、この建物も今や、濁った眼を獰猛にぎらつかせた男たちで溢れかえっていた。

 彼らは、豪奢な絨毯の上を戦塵で塗れたブーツで走り回り、分厚い扉を手にした戦斧で叩き割り、金目の品を掻き集め、胴丸の隠しに詰め込む作業に没頭していた。

 やがて、広大な建物のそこかしこに散らばっていた傭兵たちが、仲間に呼ばれ、或いは敏感な嗅覚を発揮して、徐々にある地下室の前に集まってくる。

 その地下室の扉は一際巨大だった。

 黒光りする金属製の円形の扉で、錠前には、うっすらと複雑な文様の光を表面に浮かべた器具が堅く嵌め込まれている。

 その器具を慎重な手つきで調べていた男が、手にした錠前外しを投げ出して、固唾を呑んで見守る傭兵たちに向き直る。


「…………どうだ、ジザス」


 傭兵の一人が声をかける。

 ジザスと呼ばれた狐目の男は、肩を竦めて首を横に振った。


「どうもこうもねえや。特級のフェルー式錠が4つ相互連結で嵌ってやがる。おまけに暗証番号が32桁! こんなバケモン、まともに破ろうとしたら半年はかかるぜ。――更に、ご丁寧に第3種施錠呪文までかけられてやがって……こりゃあ、盗賊神ムームでも破れねえよ」


 そう言うと、ジザスは取り出したシケモクに火をつけ、白い煙をため息と一緒に吐き出した。


「ジザスでも無理か……」


 周囲の傭兵たちの間に失望感が広がる。


「いっそ、扉ごとぶち破るか……」

「アホ。そんなんさっき嫌というほどやってみただろうが。結果がコレだ。傷一つ、凹み一つ出来やしねえ……」

 そう言うと、隻眼の傭兵は忌々しそうに冷たい輝きを放つ巨大な扉を見上げた。


「――クソ! 全く大した金庫室だぜ!」


 彼は、己の巨大な右拳を渾身の力で漆黒の扉に叩き付けた。

 が、砕けたのは扉ではなく、彼の拳。

 呻き声をあげて、右拳を抱えて悶絶する隻眼の男。


「ク、クハハハハハハハハハハ! 全くいいザマじゃの、盗賊が!」


 そんな男の様を心から嘲笑してみせたのは、屈強な傭兵に拘束されていた老人だった。

 彼の衣服は乱れ、顔面は度重なる殴打によって醜く腫れ上がっている。


「貴様ら如き野卑な盗賊如きに、このサンクトルの誇る『完全絶対無敵安全金庫室 あんしんくん』は破られるものガッ、ゴファッ!」

「このクソが! たかがギルド長如きがナメた口きいてんじゃねえ!」

「調子こいてんじゃねえぞ、あぁ?」

「…………つーか、そのネーミングセンスは……なんだ?」


 と、調子づいたギルド長を怒りに任せてフクロにする傭兵達(一部例外あり)。


「オラオラ! てめえ、死にたくなければ、さっさとこのクソ忌々しい鍵を解除しやがれ!」

「ガッ! グッ! む、無理じゃ! ここの鍵は、ワシでも開ける事は――できんのじゃ!」

「あぁ! ふざけんな! じゃあ、どうやって開けるんだよ!」

「そ、それは、それは言えぬ……この口が裂けても、言う事はでき――ん!」

「……ほう。――なら、口を裂けば言えるって事だな?」


 ギラリ

 据わった目で腰の剣を抜き放つ傭兵たち。その眼に宿る『本気』を目の当たりにして、ギルド長の顔面は蒼白になる。


「……鍵は、その、て、テリバム様しか……」


 さっきまでの威勢はどこへやら。あっさりと口を割るギルド長。

 だが、その言葉は傭兵達に衝撃を与えた。


「テリバムって……、国務大臣のテリバムの事か?」

「そ、そうじゃ……この『あんしんくん』の鍵はテリバム様しか持っておらぬ。無論、暗証番号も、テリバム様しかご存知でない。施錠呪文に至っては、テリバム様の生氣に依ってしか解呪ができぬのじゃ……」

「じゃ、じゃあ……」

「左様……」


 ギルド長は厳かに、傭兵達には残酷すぎる現実を告げた。込み上げる笑いを抑えきれずに。


「『あんしんくん』はテリバム様にしか開ける事は絶対に出来ぬ! 貴様ら如きでは絶対に、開ける事は叶わぬという事だ! フハハハハハ、悔しかろう! 重要だからもう一度言うてやろうか? この金ごふぁっ!」

「ふっざけるんじゃないわよぉ!」


 哄笑するギルド長の後頭部を思いっきりひっぱたいたのは、喋る肉の塊……と見まごうばかりの、肥満しきった人間だった。


「あ……これは、人豚……あわわ、チャー様! お、おいでだったのですか」


 狼狽の余り、思わず本音を口にしてしまう。傭兵達は、慌てて(ひざまず)いた。


「おいでよぉん! アンタ達がいつまで経ってもモタモタモタモタ、チンケな扉一つ開けるのに手間取ってるから、待ってられなくって来ちゃったわよん。こんな黴臭い地下室くんだりまで!」


 頬の肉をタプタプタプタプ言わせながらプリプリプリプリ怒っているのは、超肥満体の中年の男……。

 巨大な酒樽を思わせるような胴体の上に、巨大な夏蜜柑を思わせる球体の頭部が乗っかっている。首などというスマートな物は、もはや存在していない。

 酒樽体からは辛うじて手足が生えているが、恐らく、腕を組むことは不可能だろう。足に至っては、巨大な体に比べてひ弱な上に実に短く、二本の足で立っているのが寧ろ奇跡にしか思えない。

 彼――ダリア傭兵団副団長チャーは、手にした巨大な骨付き肉に齧り付きながら(さっきギルド長をひっぱたいたのもこれ)、不機嫌な口調で言った。


「……で、いつになったらアタシは愛しい愛しいお宝ちゃんたちと熱い抱擁ができるのかしらん?」

「……そ……それが……」

「そ・れ・が?」

「え、えーと……それが、先程このギルド長が言っていた通り」

「んな事聞いてたわよ!」

「ぐふえあ!」


 釈明しようとしていた傭兵の顔面に骨付き肉を叩き付けるチャー。


「んもう、ホントにグズグズ! あんた達男でしょ! レディを待たせるなんて、ホント最低! このダメ傭兵共!」

「……レディ……て? だ、だれぐぅあ!」


 今度は死角からのアッパーカットがキレイに直撃した。


「もう! とにかく早く開けなさいよ。何よ、鍵を開ける? そんな柄にもないチマチマチマチマした事をやってるんじゃないわよ! 男なら男らしく扉をブチ破って閉じ込められたハニーを救出なさい!」

「で、ですから、それは真っ先に試しましたが、幾ら押しても引いても叩いても削っても傷一つ付きません。鎚はへし折れ、刃物は折れ曲がり、という状況でして……」

「当然じゃろう! 古今東西の技術の粋を結集し、完成させた史上最強の金庫、それがこの『完全絶対無敵安全金庫室 あんしんくん』じゃ! 傭兵風情に破れる筈がなかろうて!」


 そう言って、呵呵大笑をするのは、失神から復活したギルド長。


「ふーん……」


 だが、その言葉に、チャーは意味深に、圧縮された猪の干物の様な表情を浮かべる。……恐らく、コレは彼なりの『微笑』なのだろう……。

 チャーは振り返ると、部屋の入り口に向かって声をかけた。


「ねえ、こんなコトを言ってくれちゃってるわよん?」

「そうかい、じゃ、一丁やってみるかねぇ?」


 ――その時、雷が鳴り響いたかのような声が、広い部屋に反響した。

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