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感謝と告別

 「アザリー……!」


 ジャスミンは目を見開くと、牢の鉄扉の前に張り付いた。パームも、膝立ちで鉄扉の方に躙り寄る。


「――よお、姐ちゃん。どの面下げてここに来たんだい、ええ?」

「ヒースさんッ!」


 犬歯を剥き出して、皮肉を言うヒースを、戸惑い顔で嗜めるパーム。


「……ごめんなさい。でも……」

「でももヘチマも無えよな。味方面して俺達についてきて、肝心な所で華麗に裏切るなんてな。――まったく、女は怖いねえ。そうだろ、色男?」

「……それくらいにしとけ、オッサン」


 ジャスミンは、静かな口調で言った。……が、その声の響きには、微かな苛立ちと怒りが含まれているのが分かった。

 ヒースは、その太い眉を吊り上げて、尚も言い募ろうとしたが、首を振って口を噤んだ。


「――アザリー。あの団長に、何か言われなかったか? ……大丈夫か?」

「……大丈夫。――というか、()()、シュダ様にはお会いしていないわ」


 鉄扉の向こうで話すアザレアの声は、微かに震えていた。


「……でも、これから行こうと思うわ。――()()()()()()()()()

「! ――アザリー……まさか、お前……!」


 アザレアの言葉にハッとするジャスミン。


「――記憶が……?」

「……いいえ」


 アザレアは小さな声で否定した。


「――ハッキリとは思い出せないわ。……でも、サンクトルでジャスが言ってた事や、色々な事実を組み合わせて考え直してみたら、それしか無いかなって思える答えが、解ってきた……」

「……そうか」


 それから、少しの間、二人に沈黙した。

 その沈黙を破ったのは、アザレアの方だった。


「――だから、私、これから確かめに行こうと思って。……姉様の仇が、()()()()()()、をね」

「! ダメだ! 一人で行くな! ここを開けろ、アザリー! どうしても行くって言うのなら俺達も一緒に――!」

「ゴメンね……」

「アザリーッ!」


 鉄扉の向こうから聞こえるアザレアの声は、か細く、僅かに掠れていた。


「……気持ちだけ受け取っておくね。――ありがとう」

「アザレアさん! ジャスミンさんの言う通りです! ファジョーロの時もそうだったじゃないですか? 僕たちがみんなで力を合わせれば――」

「……無理よ」


 パームの言葉を、この上なく悲愴な響きを持った一言で遮ったアザレアは、鉄扉の格子の窓から、顔を覗かせた。

 彼女は、潤んだ瞳で三人を見て、表情を緩ませた。


「……じゃあね、みんな。サンクトルからファジョーロ、そしてここまで……ハチャメチャで騒がしくて、大変だったけど――楽しかったわ」

「……アザレアさん……」

「少しの間だったけど、久しぶりに昔の自分を思い出したわ。――アケマヤフィトの雪の中、転げ回ったり、雪を投げ合ったりして笑ってた……あの頃の私を――」

「……」

「ねえ、ジャス……」

「……」


 アザレアに話しかけられたジャスミンは、鉄扉に寄りかかったまま、顔を伏せている。前髪に隠されて、パームからは、彼の表情を窺い知る事は出来なかった。


「色々、ありがとう。――元気でね。……あんまり女の子を泣かせちゃダメよ。パーム君を困らせるのも止めなさいね。……分かった?」

「…………何だよ、その言い方……ロゼリア姉ちゃんとソックリだな……」

「……そう、かしら?」


 アザレアは、泣きそうな、そして苦笑しそうな顔で表情を歪ませると、小窓から顔を離した。


「…… 『小さなる フェイムの分身(わかれみ) 隠れし火 一時後(ひとときのち)に 燃え上がるべし』……」


 彼女は、静かな声で聖句を唱え、牢の中に声をかける。


「――この閂は、1時間後に()()()()()わ。そうしたら、ここを脱出して。貴方達の荷物は、牢舎の詰め所に置いておくから……」

「――アザレアさん!」

「……」


 パームの呼びかけに、アザレアは答えない。――その代わり、


 キィン……カラン……


 鉄扉の小窓から何かを投げ入れた。布に覆われていた()()は、牢の石床にぶつかると金属音を立てて転がり、布がはだけて中身が露わになる。

 ジャスミンは顔を上げ、()()を目に留めるや、目を大きく見開いた。


「――アザリー、これは!」

「……返すね。とっても嬉しかったけど……、今の私には受け取れないものだから……」

「おい! アザリー! ()めろ! ……()めてくれ」

「……」


 ジャスミンの懇願に、アザレアは言葉を返さず、静かな靴音を立てて、その場を立ち去る。

 そして、ジャスミンに届かない程の小さな声で、彼に別れを告げた。


「……ごめんね……ありがとう……元気でね……大好きだよ……」


 ――彼女の頬に、透明な真珠の粒が流れ落ちた。

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