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勧誘と交渉

 「入団届……? おいおい、アンタ、本気で俺たちをスカウトする気なのかよ?」


 ヒースは、シュダの言葉を鼻で笑った。


「ええ。至って本気です」


 シュダは、大きく頷く。


「もちろん、君達のお望みの待遇をお約束しますよ。――ヒースくん、君の最低賃金と、労働要求は確か――日給20万エィン。9時-18時勤務。残業手当は20%増し。あとは……3食保証――だったね。宜しい。全部飲みましょう」

「へえ……。俺の事を随分よく知ってるみてえじゃねえか、白い団長さんよ」


 ヒースは、感心したように口笛を吹いた。


「ええ。サンクトルから出戻ってきた部下達から、君の事は聴取済みですからね」


 シュダは、そう言うとニコリと微笑む。ヒースも、口の端を上げて獰猛な笑みを見せる――が、頭を振った。


「――でも、それじゃあ足りねえなぁ。本気で俺を雇うつもりなら、もう一つ条件を付けさせてもらうぜ」

「――ほう、もう一つ、ですか」


 シュダは、ヒースの言葉を聞くと、足を組み直し、玉座から身を乗り出した。


「お伺いしましょう。ヒースくん。君の望む条件とやらを」

「……俺の望みはな」


 ヒースはそう切り出すと、太い指を突き出して、シュダの座る玉座の奥を指さした。


「――そこで息を潜めてる、“(しろがね)の死神”とサシで()りあわせてくれや」

「え――! 居るの?」

「――!」


 彼の言葉に仰天したのは、ジャスミンとパームだった。二人は、思わず後ずさる。

 そして――、


「…………」


 闇に包まれた玉座の奥から溶け出すように現れたその姿に、思わず息を呑んだ。


「……この女が……“(しろがね)の死神”――!」


 あの神話伝承の通りの、銀糸の如く細やかで艶やかな銀の髪に、人並み外れた美しい(かんばせ)、ゆったりとしたローブ越しでも分かる、肉感的なプロポーション……。

 ジャスミンは、思わずヒュウッと口笛を吹いた。


「……これは、伝説にもなるわ……」


 思わず、そんな言葉が口をついて出た。

 一方のパームは、彼女の姿を見た途端、ただでさえ青かった顔を真っ白にして、恐怖のあまり、思わずその場にへたり込んでしまう。彼女の纏う禍々しい雰囲気に、すっかり当てられて――いや、それだけではないようだ……。

 そして、ヒースは、彼女の顔を見るや、嬉しそうに舌なめずりをして言った。


「――よう、あの日に果無の樹海で(まみ)えて以来だな、死神」

「……」


 ヒースの呼びかけに、死神は言葉ではなく冷徹な一瞥を以て返す。彼は苦笑いした後、シュダの方に向き直って言った。


「――で、どうだい。白い団長さんよ。俺の望みを叶えちゃくれないかい?」

「――私も、君とゼラの勝負には、心躍るものを感じなくはないがね。残念ながら、それは認められませんねぇ」

「へえ……それは何故だい? そんなに、俺に大事な部下を殺されるのが嫌なのかい?」

「殺される……? ゼラが、君に? ……ふ、ふふふふふ」


 シュダは、ヒースの言葉を聞くと、大袈裟に目を丸くして、皮肉たっぷりに嘲笑(わら)ってみせた。


「――むしろ逆だよ。私は、君が彼女に()()()()()()()のを憂慮しているのですよ」

「……何だと?」


 シュダの言葉に、ヒースのこめかみに太い青筋が浮いた。


「――じゃあ、今すぐ試してみようじゃねえかよ! 来いよ、死神ぃッ!」


 ヒースは、巨竜の咆哮の様に叫び、太い縄で縛られたままにも関わらず、大股で一歩踏み出す。

 その動きに合わせて、死神も無言のまま、シュダの前に立ち塞がる。黒い霧で形成された左腕が、即座に巨大な大剣へと姿を変える。

 ――一触即発!


「「止めろッ!」」


 鋭い制止の声が()()()()()死神(ゼラ)巨人(ヒース)の動きを止めた。

 ヒースは、背後を振り返り、怒りを湛えた目でジャスミンを睨みつける。


「……何だよ。何で止めるんだよ、色男」

「止めるに決まってるだろ、この脳筋! ――お前が暴れ回ったら、数珠繋ぎになってる俺達も巻き込まれちまうだろうがっ! トサカに来たにしても少しは考えろ!」

「あ、まあ大丈夫だよ。気にするなや」

「気にするわっ!」


 一方のゼラも振り返り、シュダを無感動な瞳で睨み据える。


「…………」

「……彼らは大事な客人だよ、ゼラ。――()()()()()()()


 シュダは苦笑しながら、ゼラに諭すように言う。


「まあ、ここは私に免じて退いてくれ」

「……」


 彼の言葉を受けて、ゼラは無言を貫いたまま踵を返し、玉座の奥の闇に溶けるように立ち去っていった。


「――さて」


 シュダは、ゼラが消えたのを見届けると、玉座に深く掛け直し、階の下に立つ三人の客人の顔を見回した。


「話を戻しましょうか、ジャスミンくん。――君は、我々の傭兵団に入る気は……無いかな?」

「……そうだなぁ」


 ジャスミンは、首をコキリと鳴らしながら、目を瞑って数瞬考える。

 そして、目を開くと、首を横に傾げた。


「……う~ん、正直迷うねえ」

「ジャ、ジャスミンさんっ!」


 そんなジャスミンの煮え切らない態度に驚いたパームが、後ろで素っ頓狂な声を上げるが、彼は意に介さず、言葉を続ける。


「迷いすぎて、すぐには決められないや。一旦保留して、じっくり考えたいんだけど、いいっすかね?」

「ふふ……まあ、いいでしょう。では、今日一日、時間を差し上げましょう。せいぜい熟考してくれ給え」


 シュダはそう言うと、穏やかな薄笑みを浮かべ、玉座から立ち上がった。後ろに向き直ろうとして、思い出したような顔になって口を開いた。


「ああ……そうそう」


 ジャスミンを見据えて、静かな声で言う。


「……()()()()()で、ウチのアザレアと随分と親密になったようですね」

「! …………まあ、ね」


 ジャスミンは、ハッとした顔をした後、ニヤリと笑って頷いてみせる。

 シュダは、彼の微笑みを見ると、一瞬だけ眉を顰めたが、直ぐに表情を消してその口を開いた。


「アザレアも、君と一緒に戦える事を知れば、とても喜ぶと思いますよ。……彼女の為にも、良い判断をして頂けるよう、祈っておりますよ……ジャスミンくん」

「……ご親切にどうも。前向きに検討してみるよ、団長さん」

「では、また明日――」

「ああ~、そうそう! ひとつだけいいっすか?」


 踵を返して、立ち去ろうとしたシュダを、ジャスミンが引き止めた。「何か……?」と、胡乱な表情で振り返るシュダに、ジャスミンは訊いた。


「つかぬ事をお伺いしたいんですがね。――団長さんは、()()()()()()()って街を知ってますか?」

「――――」


 ほんの一瞬、シュダの顔に動揺が走ったのを、ジャスミンは見逃さなかった。


「いや、変な事を訊いてスミマセン。――俺も詳しくは知らないんですけどね。以前にアザリーから聞いた地名で、どこかで聞いた事があるような無いような……って感じでモヤモヤしちゃってて」

「……私も、良くは知らないですね。――確か、アザレアの生まれ故郷だったというのと、『赤き雪の降る日』という事件があって滅びた、という……その程度だね……」

「あ~、そうだったんすか」


 ジャスミンは、大袈裟に頷くと、満面の笑みをシュダに向けて言った。


「教えてくれてありがとう、団長さん。――()()()()()()()

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