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【回想】我が儘と懇願

 「――アザリーッ!」


 ジャスミンは、自宅の扉を開け放つと、部屋の奥の粗末なベッドに向けて叫ぶ。

 ベッドの毛布はこんもりと盛り上がっているが、ピクリとも動かない。


「おいっ、アザリー! 寝てる場合じゃないんだよ! 急げ! 少しでも早く、この街から出ないと……!」

「……」


 ジャスミンの必死の呼びかけにも、返事は無い。

 業を煮やしたジャスミンは、大股でベッドの横に行くと、盛り上がった毛布を思い切り引き剥がした。


「……」


 毛布の下で、赤毛の少女が体を丸めていた。両手で黒焦げの髪留めを固く握りしめている。


「おい、アザリー! 早く起きろ!」

「……嫌」


 アザレアは、虚ろな真紅の瞳でジャスミンを一瞥した後、彼の手から毛布を奪い返すと、また頭から引っ被った。


「……放っておいて……!」

「で、出来る訳ねえだろ、んな事! これから公国の軍隊が攻めてくるんだぞ、こんな所で呑気に

寝てたら、公国軍か総督府の奴らかにぶっ殺されちゃうぞ!」


 ジャスミンが、いつになく強い調子で捲し立てるのに驚いた顔で、紅い目を丸くしている。


「せ……攻めてくるって……何で?」

「よく分からないけど、あの蟇蛙(ヒキガエル)公が色々やらかした事がバレたかららしい。――分かったら、さっさと行こう!」

「……いいよ、アザレアは。ジャスひとりで逃げて」

「は――はあ?」


 今度は、ジャスミンが黒曜石の瞳を丸くする番だった。


「いいよ、って何だよ! 死にたいのかよ、お前!」

「うん」

「……うん、って――」


 あっさりと『死ぬ』という言葉に頷くアザレアに、ジャスミンは絶句する。

 アザレアは、掌の髪留めを一際強く握りしめ、虚ろな目でここではない遠くを見つめながら、呟くように言う。


「――もう、死んでもいいの。姉様が居ないのなら、こんな世界でひとりで生きててもしょうが――」

「ふざけんな!」

「!」


 ジャスミンに怒鳴りつけられ、アザリーはビクリと身体を震わせ、たちまちその目には大粒の透明な真珠が浮かび上がる。

 ジャスミンは、眦を決して叫んだ。


「お前は生きろ。生きなきゃならないんだ!」

「……な、なんで、アンタなんかに指図されなきゃならないのよ! 生きようが死のうが、アザレアの勝手でしょ――」

「ああ! そりゃそうだ! お前の生き死には、お前に決める権利がある。それは認めるし、……『ロゼリア姉ちゃんが生きてほしいと思ってるはずだ』とか、不確かでクサい事を言う気も無い。……屍術師でも神官でもない俺なんかには、死んだ人の気持ちなんか分からないし」

「だ……だったら――」

「……それでも、お前には死んでほしくないんだよ、()()()()!」

「――!」


 ジャスミンの言葉に、ハッとして目を見開くアザレア。目尻から、一粒の涙が零れ、頬を伝った。


「父ちゃん母ちゃんに、ロゼリア姉ちゃん……それに加えて、お前まで居なくなったら……もう耐えられないんだよ、俺が……」


 そう言うと、ジャスミンはアザレアの肩を掴んで、ぎこちなく抱き寄せた。そして、彼女の耳に口を近づけて、震える声で囁く。


「頼む……。今、アザリーがとっっても辛いのは分かる。それでも――今は()の為に生きてくれ! ……頼む…………頼むよ」

「……ジャス……」


 自分の肩が濡れていくのを感じたアザレアの虚ろな瞳に、光が戻った。

 アザレアは、涙を流しながら、くすりと小さく微笑(わら)う。――それは、()()()()()以来の笑顔だった。

 彼女は、顔の横で小刻みに震えるジャスミンの頭を、優しく撫でながら言った。


「――分かった……。じゃあ、今は()()()()()()生きてあげる。……でないと、ジャスがいつまでも泣き止まないからね……」

「バ……バカ! だ、誰が泣いてるっ……あ、これは、その……ヨダレだよ!」

「へえ……ジャスのヨダレって、目から出るんだぁ」

「……う、うっさい!」


 目を腫らしながら怒るジャスミンに、大粒の涙を流しながらクスクス笑うアザレア。

 と、ふたりはじっと、お互いの瞳を見つめ合い、そして同時に口を開いた。


「「ありがとう」」


 ――と。

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