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窮地と丸太

 「うわああああ〜ッ!」

 三人は、一目散に長い廊下を走り抜ける。その後ろからは、口から水流を吐きまくる水龍三匹が迫り来る。彼らの走り抜けた後の廊下は、後ろから迫り来る水龍たちが吐きまくる水撃流によって、文字通り粉砕されていく。

 必死で逃げ惑いながら、ジャスミンは後ろを振り返り、水龍の頭に立つウィローモに手を上げて制しようとする。


「ウィ……ウィローモさん、ちょ……ちょっと落ち着いて話し合おう! 拗らせドーテーだ何だって、ちょっと言い過ぎた! ゴメンね〜!」

「……ゴメンで済んだら、断頭台は要らないんですよ?」

「何勝手に謝ってるのよ、ジャス! こんな女の敵に、謝る事なんて爪の先ほども無いわよ!」

「ア、アザレアさん! そんな事を言って、また煽らなくても……!」

「女の敵……? ハッ! オカマ如きに言われたくないですがねぇ!」

「だ〜か〜ら〜ッ! 私はオカマじゃないって、何度言わせるのよ! このいい歳こいたとっちゃんボーヤがっ!」

「――! ボクは、まだ三十八だああアッ!」


 アザレアの言葉に怒髪天を衝いたウィローモの一喝と共に、三匹の水龍達が一斉に、これまでの最大水力の水流弾を放った。


「ほら、言わんこっちゃない! ――う、うわああああッ〜!」


 ◆ ◆ ◆ ◆


 「……み……みんな、生きてる?」


 アザレアが、血の滲む頭を抑え、自分の身体の上に乗った瓦礫を払い落としながら、周りに声をかける。

 さっきまでアジトの廊下だった場所は、水龍達の水撃流によって完全に破砕され、瓦礫の山と化している。


「……ぼ、僕は大丈夫です……」


 右腕を押さえながら、ヨロヨロと立ち上がったのはパームだった。


「……取り敢えず、足は付いてるみたいだぜ……クソ痛いけど」


 ジャスミンの返事も聞こえた。だが、彼の太腿には、裂けてささくれ立った太い丸太が刺さり、赤い血がロングスカートにじんわりと滲み、滴る程に流れ出ている。


「ジャスミンさん……ちょっと待ってて下さい」


 パームが、ふらつきながらジャスミンに近づき、彼の太ももに刺さった丸太を左手で掴む。


「……刺さった木を抜きます。少し我慢して下さいね――」

「い! イデデデデ!」


 激痛に顔を歪めて悲鳴を上げるジャスミン。丸太が抜けると同時に、鮮血が噴き出す彼の太腿に左手を翳し、パームは聖句を唱える。


『蒼き月 レムの(きよ)き眼 宿りし左掌() 雌氣(しき)を放ちて 尸氣(しき)を払はむ』


 彼の左掌から、蒼く優しい光が溢れ出て、ジャスミンの太腿の傷口を照らす。

 徐々に、ドクドクと溢れ続けていた血が止まり、パックリと裂けていた傷口が塞がり始める。


「凄い……これが、ラバッテリア教の“ハラエ”……」


 傍らで、その様子を見ていたアザレアが、“ハラエ”のめざましい効力に感嘆しながら呟く。


「すみません、アザレアさん。ジャスミンさんが終わったら、次は貴女のケガを――」

「……残念だけど、そんなヒマは、もう無さそうよ……!」


 パームの言葉に、静かに首を横に振るアザレア。ハッとして、パームが顔を上げると――、


「――やあ、まったくしぶといねぇ、キミたち。そのしぶとさ、まるでゴキブリだ。性根の腐りっぷりと同じだねえ」


 彼らを見下しながら見下ろす三匹の水龍と、ウィローモの侮蔑に満ちた嘲笑が目に入った。


「ファジョーロ村の連中の差し金なのか、それとも領主が裏切ったのか、それとも王国の手の者か……まあどうでもいいか。せいぜい、ボクを(たばか)ろうとした身の程知らずの所行を悔いながら、水龍たちの贄になるがいいさ。――生まれ変わったら、今度こそ女に生まれる事が出来るように祈りながらね」

「だから! 元から、私は女だって言ってるでしょ! もう、ひょっとしてわざとなの?」


 アザレアが、業を煮やして叫んだ。

 ウィローモの眉がピクリと上がる。彼は、身を乗り出し、アザレアの顔をしげしげと見つめる。


「女……? ……うーん、た、確かに、キミだけはちゃんとした女性のようだね……。こ……これは、たいへ……大変失礼しま――しました」

「やっっっと分かった?」

「つ、つまり、キミは、自分が女だ……だから、自分だけはたす……助けてほしい。ボクのお嫁さんにし、してほしい……そ、そう言いたいん……だね?」

「は、は――――?」


 ウィローモの言葉に、紅い目をまん丸くして唖然とするアザレア。パームのハラエによって、すっかり傷の癒えたジャスミンが、ニヤニヤしながらパームに耳打ちする。


「ちょっとぉ! 聞いた、パームくぅん? あの人、自分だけが助かろうと、拗らせ中年ドーテーさんに媚び売ってるわよぉん!」

「ジャス! 何言ってんのよ、アンタ――!」

「でも……残念だけど、それは出来ないなぁ」

「は――?」


 ジャスミンに怒ろうとしたアザレアは、ウィローモの言葉に、再び目を飛び出さんばかりに剥き出す。

 ウィローモは、彼女の様子にも気付かず、腕を組んで、うんうんと勝手に納得して頷いている。


「た、確かに、キミの素顔は、とてもみ――みりょ、魅力的で、そのあか、紅い瞳も、チャーミ……ミングなんだけど……。ぼ、ボクが好きなのは、男の言う事には大人しく従ってくれる、せい――清楚で優しい女性なんです!」


 ウィローモは、興奮で顔を真っ赤に紅潮させて、アザレアを指弾した。


「ぼ……ボクのお嫁さんになるべき女性は、あ――貴女みたいな、粗雑で乱暴で性格がキツい女じゃない! 却下だ! 貴女の提案は断固きゃ――!」

「だーれーがっ! 誰が、アンタなんかにそんな提案したって言うのよっ!」


 ウィローモに倍する怒りで、炎の様な紅い髪を逆立たせて、アザレアは右手の鞭を炎で覆い、大水龍の頭の上に立つウィローモに叩きつけんとする。


『シャアアアアアアアッ!』


 が、大水龍の水龍弾が、彼女の炎鞭(フレイムウィップ)を迎撃し、叩き落とした。

 もうもうと巻き上がる水蒸気の中で、残る二体の水龍が、その顎を開く。


「ヤバい! また来るぞ!」


 ジャスミンの焦った声が飛ぶが、もう遅い。彼らの立つ場所は、瓦礫だらけで足場が悪く、満足に跳躍できない。しかも、全員手負いだ。

 ――避ける事は……不可能。


(もう……ダメかな――)


 パームは、観念して目を瞑った。

 ――と、


 ――ビュオオオッ!


 彼の耳の横を、何かが高速で風を切りながら、一直線に水龍の方に向かって飛んでいく音が聞こえた。


「……な、何――?」

「ギャアアアアアアアアアッ!」


 パームが瞑っていた目を開くと同時に、目の前で今まさに水流弾を放とうとしていた水龍が、断末魔の悲鳴を上げながら仰け反った。大きく開いた水龍の口からは、太い丸太が()()()()()


「え……? 何が起こった……の?」


 状況が理解できず、目をパチクリさせるパーム達の前で、丸太が脳髄を貫通して絶命した水龍が、瓦礫と木屑を撒き散らしながら、ドウッと斃れる。


「よお! 随分楽しそうじゃねえか。俺も混ぜてくれよ」


 水蒸気と瓦礫の巻き起こす粉塵で遮られた視界の向こうで、聞き覚えのある野太い声が聞こえた。


「そ――その声は!」

「ガハハハ! 何だ、その格好は? 色男と坊ちゃん……オカマバーにでも転職したのかい?」


 野卑に満ちた豪快な笑いと共に、悠々と歩いてきた巨大な影の正体はもちろん、


 大棍棒を担いだ、全裸(フルチン)のヒースだった――。

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