序章 第9話
研究所で俺たち二人を待っていたのは、山本大吾と名乗るプロジェクトリーダーだった。
俺と同い年くらいだろうか。この若さでこれだけのプロジェクトのリーダーということは、人並みはずれた逸材だということだ。
精悍な顔つき、自信に満ちた目がそれを裏付けた。
最初に連れて行かれたのが、あの銀色のドームである。
山本の説明が始まる。
ドーナッツの内面にはリニアモーターが上下左右に設置され、タイムマシンを宙に浮かせ、時速1000㎞まで加速させるそうだ。
その後ドーナッツ内部は絶対真空となり、無数のプラズマの流れはタイムマシンを亜光速の世界に導く。
今度は内部である。ジェット戦闘機を思わせる乗り物が見えた。
(これがタイムマシン)
空飛ぶ円盤をイメージしていたので、どちらかと言えば普通のスタイルがタイムマシンとはこんなものかと思わせた。
山本は自信満々に説明を続ける。
「定員一名。機体はチタン+セラミック」
「エンジンは逆噴射用、姿勢制御用、ブースター用併せて6基のプラズマロケットエンジン」
「世界有数の超小型スーパーコンピューター搭載」
「開発期間10年。開発費、ないしょのひみつ」
俺は思わず聞いた。
「過去の実験成果と俺の生存確率はどのくらいだ」
山本が答える。
最初の実験は原子時計だけ載せたフライトだったそうだ。
三日後に現れたタイムマシンの中の原子時計は30分時を刻んだだけだったようだ。
二回目の実験でマウス。三回目はモルモット。四回目の実験ではチンパンジーを三日後の未来に送り込んだそうだ。
「で、俺の生存確率は?」と又聞くと、山本が今度は答えた。
「実はチンパンジーは息をしてなかった。外傷は無かったけど、心臓が止まっていた」
「多分チンパンジーは頭がいいだけに、恐怖に耐えられなかったんじゃないだろうか」
確かに怖いだろう。
何が有るか、何が起こるか解らない未来は、暗闇に飛び込むようなものだ。
目隠しをして、谷間の一本のロープを渡るほど怖いかもしれない。
なにしろ自分ではどうしょうもないフライトである。赤の他人に自分の命を預けるのだ。
歯医者で医者に身を預けるより、一億倍怖いかもしれない。
「タイムマシンには問題が無い。問題は君の肉体と精神が耐えられるかだ」
山本大吾が言葉を続ける。
出発点はドーナッツ。(ビッグ・リングと呼ぶそうだ)
到着点は宇宙空間。
出発したタイムマシンは、このビッグ・リングに戻ってくる訳ではない。
これは正解だろう。
このリングがタイムマシンの到着時に、正常に稼働している保証はない。
10年後なら、リングの存在すら危ぶまれる。
そこへ亜光速の物体が突入したとしたら、大惨事は免れない。
宇宙には多少のアクシデントを吸収できるだけの広さがある。
着陸滑走路が宇宙空間なのはうなずける。
「このタイムマシンにも名前が有るんだろ」と俺
「サンダーバード1号」と山本。
1号というのは、これから2号、3号が有ることを示した。
タイムマシンは大気圏突入時、無数の雷を発生させるそうだ。
逆噴射のプラズマエンジンと、大気との摩擦で起きる電流のせいだろう。
「サンダーバードが帰ってくるところを、二人に見せたいね」
「今までの実験では、必ず無数の雷が発生した」
「一度だけだけど、オーロラも出現したんだ」
「その光の世界から、小さめに翼を広げたサンダーバードが舞い降りてくるんだぜ」
少年が目を輝かして自慢話をするように、山本大吾が二人に話かける。