序章 第8話
次の日は今日子と会えなかった。連絡が無かった。
今日子の携帯番号もメールアドレスも知らない俺には、連絡する手段が無かった。
時が一時間に一時間だけ、一分間に一分間だけ過ぎていった。
研究所に来てから慌ただしかった。こんな一日もいいかもしれなかった。
しかし疲れは取れたけど、なんとなく寂しかった。
明日から研究所勤務である。訓練の後、俺は未来に向かって出発する。
誰も見た事が無い未来は、素晴らしいとは限らなかった。
食べ物さえ無い未来かもしれない。戦争のど真ん中に降り立つかもしれない。
今日子とは、もう二度と会えないかもしれない。
今日子との昨日の出来事は、夢だったんじゃないだろうか。
黒シャツに殴られて、気を失い、一日中夢を見てたんじゃないだろうか。
あんないい女とベッドを共にしたなんて、夢の中でしか有りえなかった。
鏡を見つめた。目の廻りの腫れはひいていた。一昨日の六人の男達も夢かもしれなかった。
ポケットの中にメモを見つけた。
「愛してるわ。ダーリン」今日子の字であった。
次の日の朝、クラクションが鳴った。眠い目をこすりながら窓を開けると、今日子が手を振っていた。
「すぐ行くよ」と叫んで、慌てて身支度をした。
急がないと今日子がいなくなるかもしれない、なんて思った。
階段をばたばた駈け降りた。
「昨日はどうして連絡くれなかったんだ」と怒ってみせた。
今日子は横を向いて「会うのが恥ずかしかっただけ・・・」と言った。
今日子とは未来に行くと、もう会えないかもしれない。
今日子はそんな事は、考えていないのだろうか。
率直に聞いてみた。
「多分会えると思うわ。未来に飛び立ってからも、毎日毎日会えると思うわ」
それが今日子の返事だった。
確かに未来の今日子には会えるかもしれない。しかし明日の今日子とは会えなくなる。
一年後の今日子に会えたとする。しかし364日間は今日子と時間を共有できない。
俺にとってはほんの少しの時間経過であるはずの一年後の世界には、一年間の時の経過がある今日子が存在する。
俺は32歳のままだが、今日子は24歳になっている。それはもう、俺の知ってる今日子では無い気がする。
「君は俺が未来に行くのを望んでるようだね」
「確かに寂しいわ。でも私は未来が見たいの」
「君が行こうとは思わないのか」
「行きたいけど、多分女の私には無理ね」
時間だけでも共有したいと思った。時を超えた通信手段が必要だった。
今日子が日記を毎日書くと言い出した。
出発点は研究所、到着予定地点も研究所。
研究所の片隅に日記帳を置いておくという。毎日毎日、日記帳をつけるという。
確かにそれなら、過ぎ去った今日子の時間を共有できる。
車が研究所に到着した。訓練が始まる。
今日子が頬を寄せてきた。俺は今日子の唇に唇を重ねた。