序章 第五話
「黒シャツに気をつけて。強いわ」今日子の声がした。
(不思議に思った。今日子は強い弱いが判るのか)
前に出てきた黒シャツは、確かに強そうである。
指をポキポキ鳴らしたかとおもうと、小刻みに前後に動き出した。
身長は180cmくらい。そのくせ動きが速くておまけにリーチが長かった。
左のジャブがシュシュシュと来た。右腕ではじき飛ばす。パンパンパン。
あっという間に懐に飛び込まれた。右のフックがギュッと曲がってくる。
俺はよけたつもりが顔面に受ける。ボカァ。2m飛ばさる。ズシャー。
(強い)脂汗が出てくる。目眩がする。
拳が重い。速くて重い。そしてフックは軌道が変化するようだ。
2,3発もらったら俺でも倒れるしかない。
「今日子、逃げろ!」俺は叫んだ。
その時である。今日子が息吹き(深呼吸)を始めた。ヒューーー。
左掌を前に出し、右掌は胸の前。太極拳である。今日子はゆらゆら動き出した。
三人が今日子に向かう。
今日子はクルッと体を翻した。男の顎を後ろ蹴りがとらえる。グワァ。
ヒールの踵が壊れる。今日子は残りの踵を地面を蹴飛ばして壊す。そして身構える。
二人がナイフを取り出す。
今日子が飛び上がる。イヤー。空中二段蹴り。ガッガン。地面に降りた時には二人が倒れる。
黒シャツがせまってくる。今日子もくる。俺はよけるのと防ぐので精一杯。
黒シャツだって今日子までは手が廻らない。
今日子の蹴りを黒シャツが左手で防いだ時に、俺の拳が黒シャツの胸にめりこんだ。
ボキィ。骨が折れる音が聞こえたところで俺は走り出した。
「逃げるぞ、今日子」今日子の手を引く。
別に逃げる必要はなかった。ただその場にいたくなかった。
警察のやっかいになるのも嫌だったけど、血生臭いところにいたくなかった。
ヘリコプターに急いで乗り込んだ。「帰ろう」
今日子が「空手強いのね」と話しかけてきた。
返事をしたくなかった。
(この女。なんなんだ・・・)