序章 第四話
「さぁ食べるか」
そのうち未来に向かって出発するのだ。未来の世界でも美味いものが食べられるとは限らない。飯さえないかもしれない。
そう思うとこの世の名残を惜しむように、今夜は寿司をゆっくり味わいたいと思った。
「次はあなごね」横に屈託無く寿司をほおばる今日子がいた。
彼女はとびきりの美人であるのは間違いない。そして小生意気な女でもある。美人なんて所詮そんなものかもしれない。
寿司を食い、ビールを飲んでるうちに、一年前の事を思い出していた。
そう、最愛の妻と、最愛の娘を失った日の事を。
小雨が降る夕暮れだった。ドライブ帰りに道路脇のパーキングエリアに車を止めた。
手摺りの向こうに海が広がり、すこーしばかり大きめの波と、ぼんやり遠くに島影が見えた。
妻は娘を抱き、傘を差し、こちらを向いて微笑んだ。その笑顔はいつまでたっても忘れられない。
俺はカメラのファインダー越しに妻と子供の顔をなおも見つめた。
後ろの方で車の音がして、妻の顔が引きつったのはその時である。
濡れた路面にタイヤを滑らせた車が最愛の妻と、たった一人の娘を手摺りの向こうに押しやった。俺の中で時間が止まった。為す術もなく小雨の中に立ちすくんだ。
「もう食べないの」今日子が聞いてきた。
「あぁ、そろそろ腹一杯だな」「それより、君は好きな人がいないのかい」
何気なく聞いてみた。
「これだけの美人だから、世界一の男じゃないと無理ね」
普通の美人が言うと、ギャグに聞こえたかもしれない。
しかし(そうかも知れない)なんて思った。
勘定をして店を出る。もうあたりは暗闇である。街の明かりは華やかだけど、夜空の星はなりを潜めていた。なんとなくうっとおしい。
ヘリポートの有るビルに向かうのに、裏路地を通る事にした。表通りと比べて暗くはあるけど、この方がいくらか近い。
突然2人の行く手を遮るように、六人の男達が現れた。
「新田智郎さんですよね」 「銀座に知り合いはいないけどね」
「そちらは、中野今日子さんだよね」 「やくざと話をしたくないわ」
「やくざとは、随分だな」「お二人共ご同行願いたい」
りっぱなスーツに身を固めてるけど、体のあちこちにこれ見よがしの金づくし。
今日子がやくざと言ったのも無理は無い。
俺は今日子にささやいた。
「これでも空手3段。六人くらいなんとかなる」「それより巻き添えを食ったら大変だから、走って逃げろ」
「有り難う」と言いながら今日子は動こうとしない。
「嫌なら力ずくになるだけだ」男が右手の指をならす。パキーン。
腕の太い男が近づいて来た。
俺は右の回し蹴りを男の横っつらに叩き込んだ。ドガッ。
「ひとーり」