序章 第二話
三日間の気晴らしに、ドライブに行く事にした。研究所が車を貸してくれた。
今年発売されたばかりの黒のスポーツカーである。八百馬力、最高速度三百五十㎞。
研究所員は滑走路でこの車を使って訓練をしたらしい。もちろんタイムマシンの訓練である。
そこへ昨日の美人が現れた。こちらの了解も得ずに勝手に助手席に乗り込んで来る。
「ドライブにお付き合いします」昨日と違って今日は私服である。
「名前も聞いてないけど」「中野今日子。ニックネーム。トゥディ。二十三歳の研究員よ」
ピンクのシャツの胸のふくらみが気になる。
そして連れて行かないと許さないわよというような顔だ。
美人とドライブなんて、そう有るものじゃないが、嬉しい気持ちよりも妙な親切が鼻についた。
「どこにお連れしましょうか」「ホテル以外ならどこでも」
くそぅ、男扱いも手慣れたものである。
要は、「この世に未練を残さない為に、私が手助けしますわ」とか言いながら、実は私の監視役じゃないだろうか。
それならそれでいい。一緒にドライブなんか、もう嫌という気持ちにさせてやる。
峠を目指した。確かスカイラインが近くに有ったはずだ。
「結構飛ばすほうだけど、大丈夫かな」「どうぞ、お好きに」
いよいよ小生意気な女である。レーサーを夢見た事も有る私としては、プライドを傷つけ付けられた気がした。
(最初のコーナーで泣いたり、小便ちびったりしないでね)
料金所を通過。ハーフスロットルからエンジン全開。あっという間に百二十㎞。
ブレーキングからクィックステア。ケツを流しっぱなしでコーナーを駆け抜けた。ギュギュギュギューン。
「上手いじゃない。もう少しアウトから攻めたら百点だけど」
なんてこったい。俺様にアドバイスかよ。
次の左コーナー。今度はスローイン・ファーストアウト。タイヤが軋む。悲鳴を挙げる。キキキキキィィ。
「下手なドリフトより、この走りが正解」 頭に来た。
「良かったら、手本を見せてくれないか」「少しだけね」で、驚いた。
今日子は四輪共滑らせながら走り続けた。変化するコーナーに的確に対処した。スキール音は一瞬たりとも途切れる事が無かった。完敗である。筑波なら五秒は負ける。
「まいったなぁ。フーユー(あんた誰?)」「マイネーム・イズ・トゥディ」これが今日子と私の初まりだった。
女の子に負けて落ち込んでると、下手な慰めをかけてきた。
「私はここで二年間走ってますから。次に走る時は貴男の方が早いと思うわ」
冗談じゃない。ここの峠では、ハミルトンだって勝てないだろう。
それも二十三歳のかわい子ちゃんだぜ。なんとかへこませないと、男としてメンツが立たない。