序章 第一話
二千二十年、日本が誇る物理学者、田所博士がタイムマシンを発明した。
但し未来には行けるが、過去に行くことの出来ないマシンである。
これは、パイロットは未来に行く事が出来ても、現在には二度と戻れないという事であり、当然パイロット志願者は一人もいなかった。
私は新田智郎。独身三十二歳。1年前は妻と三歳の子供がいた。
その二人を事故で同時に失った。傷心の一年であった。
そんな私は、揺れる地下鉄の中でチラシに目を奪われた。
「頭脳明晰、スポーツ万能、この世に未練の無いパイロット募集中」
最後の、この世に未練の無いパイロットが笑えた。(受けてみるかな)の軽い気持ちが人生を変える事になる。
日本未来研究所は九十九里浜に有った。
原子力発電所に隣接する広大な敷地である。
五千メートル級の滑走路と、おびただしい数のパラボラアンテナ。ひときわ目を引くのが直径一キロ程のドーナッツである。
私は出迎えの車の中で、興味深げにそのドーナッツに見入っていた。
やがて車は十五階建のビルの正面に到着した。研究員の案内でその十五階の一室に通された。窓から見下ろすドーナッツはひたすらでかい。それが銀色に輝く。
田所博士が現れた。五十歳くらいだろうか。白髪頭で眼鏡をかけている。
博士は来るなり、タイムマシンの説明を始めた。アインシュタインの相対性理論では、光の速度で物体が動くと、物体の中の時間は進むのが遅くなる事。
作者注。これは事実らしい。二台のまったく同じ原子時計を造った。
一台は地上に設置し、一台はジェット機に載せて地球を一周した。
ジェット機の原子時計はわずかに時を刻むのが遅れた。
博士が続けて、私に話しかけてくる。
「君は頭脳が優秀だ。知能指数はほとんど私と変わらない。おまけに若くて、運動神経もいい。パイロットになって、未来に行って欲しい」
「相対性理論は、未来に行く事が出来ても、過去には戻れない。私はここに戻れないんじゃないでしょうか」
「技術は進歩する。未来には必ず過去に戻れる技術が有るはずだ」
いいかげんな回答だった。いままで未来から現代への来訪者は無いのである。
遙なる未来でも、過去へ戻れるタイムマシンは無理かもしれない。
研究員が札束を差し出す。「五百万有ります。そして三日間時間を差し上げます。これは、今日という日を充分に楽しむ為にお使い下さい」
そして白衣の研究員が呼ばれた。
「この世に未練を残さない為に、私が手助けしますわ」二十代半ばだろうか、とびきりの美人である。
私は、五百万の札束を受け取った。