6話 頼み
翌日の朝食後、マナ達は大広間に来るようイゼルに言われた。
緋媛達は屋敷にいる間は紺色の着流しを着る事にしたらしい。マナは着物に慣れておらず、緋紙が昔買ったという人間の洋服を着ている。簡単に着れるワンピースが多いらしく、この日は桃色と薄い灰色の花柄の半袖のものであった。サイズもぴったりと合っている。実はマナ、髪飾りが好きであり、現代の江月――龍の里へ嫁いでからずっと同じものを着けていた。緋媛の髪の色と同じ緋色の、花のような髪飾りを――。
その緋媛、朝食の後片付けをしているのだが、随分と機嫌が悪い。
「緋媛、手伝います」
「いらねえ。もうすぐ終わる」
「でも……」
二度言わせるなと言わんばかりにジロリと殺気立ててマナを睨む。大人しく引き下がったマナは、台所から出るとちょこんと扉の前にしゃがんだ。そこへやってきた緋刃がヒソヒソと耳打ちをする。
「だめだよ姫様。こういう時の媛兄に関わると殴られるよ。ぼっこぼこに。そりゃもうぼっこぼこに! 俺も何度ぼこぼこされたことか……」
「緋媛はそんな暴力的な方ではありませんよ」
「姫様は媛兄の一部しか見てないんだよ。あれは龍じゃなくて鬼! 悪魔!」
そこへ、突き刺すような恐ろしい視線で緋刃を見下ろす緋媛がゆっくりと近づいてくる。にもかかわらず、緋刃は口を閉じない。止めなければ。
「緋刃、いけません、しーっ!」
「一体誰に似たんだろうねー。親の顔が見てみたいよ。……って、父さんも母さんもいるんだ、この時代」
「……そうだな。クソ親父と母さんの顔、よ―――――く見るといい」
反射的に顔を引き攣らせて恐る恐る上を見上げた時、緋刃の頭に緋媛の拳骨だ落ちてきた。緋刃が鬼や悪魔という意味も分かる気がするが、緋媛が怒る理由も分かる。普通の兄弟はこのような喧嘩をするのだろう。弟と亡き兄はそのような事がなかっただけにマナ少し羨ましく思う。
大広間で待っていたイゼルとフォルトアは、笑いながら茶を飲んでゆっくりとくつろいでいた。入ってきたマナから見て正面にイゼル、左にフォルトア、右に司が対面するように座っている。マナ達はフォルトアに並ぶように、緋媛、マナ、緋刃の順で座った。胡坐で腕組みをして座っている司の顔は赤く腫れている。何があったのだろう。
「それだけ緋紙がお前を好いているんだ。嫉妬してるんだろ」
「あの雌、龍じゃなくて鬼か悪魔の化身じゃねーの?」
緋刃が言った事と同じセリフを言っている。やはり司は彼らの親なのだ。とはいっても、この時代ではまだ先になるが。
「それか、ゼネリアの父親の血を引いてるかもな。有り得ねえけど。緋紙の性格ももう少し紙音に似てたら良かったんだよなー。……あっ」
イゼルから笑みが消え、悲しみが浮かぶ。マナは思い出した。紙音は緋紙の姉でイゼルの嫁である事、息子のゼンがいる事を。そして、紙音もゼンも戻ることはなかったという話を――。
「わ、悪い」
「……いや。それより、皆揃ったな。昨日、フォルトアから話は聞いているだろうが、もう一度」
この時、マナは初めて知った。この時代がUS2051年で、US2064年へ行くには半年を要するという事を。その為にはゼネリアの協力と能力の安定が不可欠であると。
――果たして上手く事が運ぶのだろうか。この時代のゼネリアとは一言もおらず、むしろ威嚇されたぐらいだ。だが現代では話せるようになったのだ。どうにかなるだろう。
「で、その間、お前達に頼みがある」
「頼み?」
「この里を護る手伝いをして欲しい」
これに驚いたのはマナと緋刃だ。剣を振るう事が出来ない自分では何もできないと思うマナ。対して緋刃は何とも面倒くさそうな顔をしている。
「俺達一族は争いを好まない者がばかりでな、戦える者、里を出ても暮らしていける自信のある者は皆出て行ってしまった。だから今この里を護っているのは、司と俺だけなんだ」
「手が足りねーんだよ。イゼルを里の外に出すわけにはいかなくてよ、俺が外を回ってんだ。北の方は焼けちまって、最近は森のある所なら西だろうが東だろうが南だろうが沸いて来やがる。同時に責められたら、……加減が出来ねえ」
「俺としては、ダリスと敵対しているとはいえ、人間を殺したくない。人間全員が悪いわけではないからね、司にも殺さずに追い払って貰っている。愚かな人間と同じ事はしたくないんだ」
やる事は現代でフォルトア達が行っていた森番と同じようだが、人間の数が違う。そのうえ森を焼き払ったり、見つけ次第異種族を捕らえたりする。ここ最近は、雌と子供を攫う事が多いという。だが、捕らえるのは異種族だけではない。
「俺達一族は見ての通り、人型で過ごしている。人間から見ると見わけがつかない。だからこの地にいると人間の女子供も攫われてしまうんだ」
「つーわけで……どこの姫だっけ」
「レイトーマだ、下種野郎」
ど忘れした司に対し、緋媛が喧嘩を売るように睨みつけている。彼らは暫くこのままだろうが、これでは困る。イゼルとフォルトアは頭を抱えた。
「クソガキ……! レイトーマの姫な、うん、あんたはこの里から出ない方がいい。人間と分かってもレイトーマやカトレアに戻れる保証はないらしくてよ、そのまま奴隷として売り飛ばされるんだと」
「奴隷って、そんな……。人間が、人間を……」
そんな事、歴史の書物には書かれていなかった。マナには衝撃が大きい。ダリス帝国は歴史上、各国との交流を避けるようになったという認識であったが、その理由は書かれていない。しいて言えば軍事大国だからだ。しかしなぜ現代ではそのような事実が隠されてしまったのだろう。
「酷い目に遭いたくなければ、里から出ないことだ。……ゼネリア、緋倉! お前達もだ!」
突然イゼルが襖に向かって大きな声を上げた。まさか話を聞いていたのかと襖の方を見ると、パタパタと走っていく音が聞こえる。まだ子供なのに、怖い話を聞かせてしまって大丈夫なのだろうか。怯えて震えてないかと、マナの心に靄がかかる。
「……まったく。目が離せない子だ。そうだ。姫、子供達の相手を頼めるか? 里の外に出ないよう、見張ってくれるだけでいい」
「それぐらいでしたら――」
「待てイゼル。人間の小娘に脱走の常習犯の監視なんてできねーぞ」
「ゼネリアを犯罪者のように言うな。……あの子は訳ありでな、人間も龍族も信用してないんだ。時間は掛かるが、少しずつ話し相手になってやってほしい」
「はい……」
訳ありというのは、彼女が混血である事を示しているとマナは推測した。それならば現代で聞いているので、少し気難しいが何とかなるかもしれない。と、この時マナは甘く考えていた。
そして緋媛は、マナから微かに桃のような甘い香りが漂い、考えるようにそっと鼻を抑えるのだった。





