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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
6章 危険な時代

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3話 対面

 屋敷に着いたマナ達は大広間に案内された。子供の緋倉とゼネリアは庭で遊んでいる。種族は違えどやはり子供は子供だ。

 現代のナン大陸にある屋敷と作りが同じようだが、違うのは部屋の数だ。現代の方が二部屋多い十二部屋で、この時代では十部屋ある。警備などはやはり存在せず、イゼルだけで過ごしているのだろうか。


「さて、道中話を少し聞いたが、お前たちはいつの未来から来たんだ? 龍神様と未来の流王が許したのならば、それなりの理由があるはずだが……」


「US2216年からです。理由はこの書状に書かれてあるかと」


「……ん、確かに俺の字だ」


 フォルトアが手渡した書状は、未来のイゼルから預かったもの。この書状を預かったフォルトア自身、中身を読んでいないので何が書かれているか分からない。過去のイゼルはその内容にさっと目を通した。ところがすぐには判断できないらしく、少し考えている。

 そんな様子を、遊んでいたはずの緋倉とゼネリアがこっそり覗いていた。


「ねー、ゼネリアちゃん。あの人間のお姉ちゃん、優しそうだね」


「でも人間は人間だよ」


「イゼル様と母さんが言ってたよ。人間にもいい人と悪い人がいるって。あの人はいい人間なんだよ」


「……人間なんて嫌い」


 ひそひそと話している緋倉とゼネリア。緋倉は人間一人一人を見て判断しているが、ゼネリアにとっては人間そのもので判断しているのだ。それには理由があるが、それは暫く後の話となる。

 そこへ、ある男がやってきて、軽々と子供達の首を捕まえて持ち上げた。


「おめーら、隠れて盗み聞きか? 趣味悪わりいな」


「いってーよ父さーん!」


「離せー!」


「ほれ」


 パッと手を放して子供達を床に叩きつけたその男は、過去の片桐司。現代では洋服を好んで着ているが、この時代では和服だ。紫色の着流しを着ている。すぐに起き上がった緋倉とゼネリアは、ポコポコと彼の脚を叩き始めた。全く痛くない。むしろいいマッサージになっていて、面白い。


「どうした。そんなんじゃ俺は倒せねえぞ」


 その騒ぎに気付いたイゼルは、大広間の襖を開けて司の後ろ姿を確認した。瞬間、信頼できる相手が目の前にいる事で、ほっと胸をなでおろす。


「司、戻ってきたのか」


「おう。人間共を追っ払ってきたぜ。暫くは近寄らねえだろうが、油断はできねーな」


「……そうか」


「で、そいつらは? 人間の雌まで混じってやがる」


 襖と襖の間からマナの姿をじっと鋭い視線で見た司に、マナはびくっと身を震わせる。現代で初めて会った時は敵を見るような目で見られる事はなかったので、印象が違う。過去とはいえ、同一人物――いや、同じ龍なのだろうか。


「ああ、彼らは未来から――」


「あんた、本当にこの時代の親父か?」


 すっと立って司へ向かって歩く緋媛は、イゼルの言葉を遮りながら司にガンを飛ばすに睨みつけた。彼の右腕は自分が切り落としたのだ、両腕あるから過去の父だろう。それでももし腕が生えたら、という事を考えると疑わざるを得ない。

 一瞬目を見開いた司は、何となく緋倉に似ている事を察すると、くすっと笑う。


「……お前緋倉か? デカくなるもんだな」


「そこの兄貴と一緒にするんじゃねえ! 雌好きのあのクソ兄貴に!」


「へー、緋倉、お前も俺と同じように育つらしいぜ。血は争えねえなー」


 まだポコポコと脚を叩いている緋倉をひょいと抱き上げた司。緋倉は何の事かと首を傾げ、ゼネリアは拗ねて庭に降りた。それと同時に猫がどこからか侵入してきらしく、庭で日向ぼっこをし始める。

 ゼネリアも猫の横で仰向けになって空を見上げた。その様子を目で追いかけたイゼルはどこかほっとした様子である。このまま里の外に出るかと思ったのだ。


「兄貴はあんたみたく裏切らねえ。しつこい程ゼネの傍にいんだよ。母さんをほったらかしたあんたとは大違いだ。同じようにはならねえよ」


「……何言ってんだお前」


 瞬間、ビリビリとした空気が流れた。――これはまずい。マナとイゼルは彼らの視線の間に流れる火花が見える。今にも斬りかかりかねない状態だ。止めなければとマナが立ち上がりかけたときだった。


「駄目だ緋媛! それ以上言っちゃいけない。手も出すな」


 普段穏やかなフォルトアが座ったまま厳しく緋媛に言った。着いたばかりで揉め事を起こしたくないのだろうか。いや、ここは過去なので余計な事をされては未来に影響すると踏んだのだ。だが、流王は歴史は大きく変わると言っていた。ならば一言言ったとしても意味がないとも思う。


「……分かってますよ」


 ところが緋媛と司は睨み合ったままだ。このまま引き返すと、その瞬間に背後から斬られる。互いにそう感じていた。マナはその空気に動くこともしゃべる事もできない。緋刃はというとフォルトアから送られる、動くなという視線を察して面倒くさそうに小さくため息をついた。

 イゼルは思う。さて、どうしようか。ここで割って入ってもいいが、どうやら緋媛というこの者は司と関わりがあるようだ。顔がよく似ているという事は未来の息子だろう。あの司が緋紙を放っておくとは思えないのだから、未来で何かあったとしか思えない。未来の自分からの書面と関係があるのだろうか。それより、この状況を止めるために彼女が出てきてくれればいいのだが――。


 そんな時、パタパタと廊下から足音が聞こえてきた。この匂いは紛れもなく彼女だ。屋敷の廊下を曲がり、司の姿が視界に入った瞬間にその声が聞こえた。


「司ー! 戻ったら真っ先に私のところに来るって言ってたくせに! 嘘つきー!」


「ひ、緋紙……っ!」


 司が面倒な奴が出てきたかのような表情をしたとき、張り詰めていた空気がぱたっと消える。緋紙と呼ばれる彼女は薄い緑に向日葵の柄が入っている着物を着ていて、髪を左右に緩めに結っている。身長はマナよりやや低めで司とは頭一つ違うぐらいだ。そんな彼女の方を向いた緋媛の肩から力が抜けた。思わず小さく声が漏れる。――母さん。


「だってよぉ、お前家にいなかったじゃねえか。約束通り真っ先に行ったのによ。いねーもんだからイゼルのとこ来たんだよ」


「そんなの信じらんない! だっていつもその辺の雌にホイホイ行ってるじゃないの!」


「今回は本当だって!」


「じゃあ何なのあの人間の雌は!! 姉さんじゃなくて人間なんかを連れてくるなんてどうかしてる!」


「え?」


 緋紙がびしっと指を刺した先はマナ。一瞬なぜこちらに指が刺されたのか、訳が分からなくなった。人間なんかと言われた事より、この喧嘩に巻き込まれた気分になったのだ。これは司だけでは無理だと判断したイゼルはこの後、緋紙を説得するまで数時間を要したという。




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