2話 龍の里
ミッテ大陸の中心部よりやや北の位置に龍の里がある。マナ達は途中出会ったイゼルの案内で、その中心部に辿り着いたところだった。
「すまない、人間を連れているからつい攻撃してしまった。怪我はないか?」
「はい。この通り傷一つありません」
にっこり微笑むマナだが、その脚はもう限界である。イゼルと会ってから更に三十分程土を踏みしめ、息が上がっていたのだった。彼女の様子を時々気にしては休もうとしているのだが、日が傾いている事もあり、大丈夫だと気丈に振舞っているのだ。
――素直に休めばいいものを。呆れている緋媛はそんな彼女の横をぴったりと歩いている。
「しかし驚いたな。お前達が未来から来たと。それも龍神様と流王がお許しになったとは……。詳しい事は里で聞くとするとして――」
イゼルは話を止めて少し前方を見つめた。するとガサガサという音が近づいてくる。動く草が近づいてくる。動物だろうか。急に怖くなったマナがきゅっと緋媛の服の裾を掴むと、草から飛び出した小さい影をイゼルが掴んだ。
「こら。あれほど里から出るなと言ったのに、どこへ行くんだ」
「おうちに帰るの! 離せー!」
バタバタと暴れるその小さい影は子供だ。赤い着物を着て、髪を一本に結っている。ミッテ大陸にいるのだから龍の子だろうが、何となく見覚えのある顔だ。ハッとマナ達がいることに気づいたその顔は、鋭い瞳で息を荒くしながら威嚇し始めた。そこでマナはこの子供が誰なのか気づいた。
「もしかして、ゼネリアでしょうか」
「……らしいな」
「え!? あれがゼネリア姉さんなの!?」
「姫様はともかく、緋媛と緋刃は匂いで判るんじゃないかな」
すると今度は、ひょっこりと緋色の髪に黄土色の着物を着た子供が飛び出した。地面にすたっと着地すると、威嚇しているゼネリアの方を見上げる。この顔はすぐに誰か判った。
「追いかけてきたのか緋倉。まったく、お前たちは……」
「だってゼネリアちゃんが里に居たくないっていうんだもん」
「ゼネリア。里の中にいたほうが安全だと言っただろう」
マナ達に威嚇しているゼネリアは、イゼルの言葉にブゥと頬を膨らませ、バタバタと暴れるとストンと地面に降りた。するとすぐに緋倉が彼女の手をきゅっと握る。なんとも微笑ましい子供の光景に、マナの頬がほころんでいく。可愛い、抱いてもいいだろうか。でも威嚇されてしまったから手を出したら噛みつかれてしまうかもしれない。でも子供に噛みつかれても痛くなさそうだという甘い考えを持ったマナは、子供達に近寄ると目の前でしゃがんだ。優しく声をかける。
「こんにちは」
ところが子供達はイゼルの後ろに隠れてしまい、シャーと音を立てて威嚇した。しょんぼりするマナに、緋媛は手を差し伸べて立ち上がるよう促す。手を取って立ち上がったマナに、イゼルは苦笑いを浮かべた。
「すまない。異種族狩りでいろいろあってな、人間を見ると目の敵にしてしまうんだ。例えレイトーマ人やカトレア人でも、人間である事に変わりはないからな。……お前たち、この人間の娘は俺達の味方だ。そう威嚇するな。よく見ろ、同族もいるだろう?」
子供の目線に合わせるように腰を落としたイゼル。じっと緋媛達を見た緋倉はしぶしぶ頷いたが、納得できないゼネリアがいた。彼女はぼそっと言う。
「……ゼネに同族なんていないもん」
そう言うと、緋倉の手を引いててくてくと里のある北の方へと歩み出す。なんとも声を掛けづらいイゼルはほんの一瞬悲しげな表情をすると、すぐに一族の長の顔に戻った。
「里へ行こう。着いたら人間の娘、貴女は彼らから離れないほうがいい」
なぜイゼルがそういったのか、それは何となく想像がついていた。異種族狩りでいろいろあったと言っていたのだから、理由はそれだろう。
里に着いた頃、マナ達はこのような隊列になっていた。先頭にイゼル、その後ろは緋倉に手を引かれたゼネリア、フォルトア、マナと緋倉、緋刃の並びである。大抵、街の前には塀や街や国の名が書かている看板があるものだが、この里は違う。草叢がぱたっとなくなり、芝生や畑が一面に広がっている。ここが里の入り口なのだ。
畑仕事をしているのは尖った耳が特徴のエルフ達。その中に、人間の姿も見えるが人型をした龍族なのだろう。彼らはマナの姿を見ると驚いて身構えようとするが、緋媛達を見ると動揺しながらヒソヒソと話し始めた。先を歩くとちらほらと着物を着た龍族が見えてくる。しかし彼らもまた、マナを見ては警戒したのだ。親は人型になり切れていない子供を、護るように抱きかかえている。
「どうして人間が……」
「ダリス人じゃないだろうな」
「イゼル様は何をお考えなのかしら」
ここでは人間というだけで肩身が狭い。現世でレイトーマから江月――龍の里へ行った時はこのような事はなかった。おそらくそれなりの身分や時期流王という事もあり、イゼルが龍族に説明していたからだろう。だが、過去ではマナはただの人間の娘でしかない――。
「俺の屋敷は、ここから東に五分程度歩いたところにある。もう少しの辛抱だ」
「はい」
脚がパンパンになってしまっているマナは、あと少しだと言い聞かせた。一方、里の様子を見ていたフォルトアは、この時代の凡その年代を推測していた。――US2014年以降だろう。自分達がいるのが何年なのか、だいたいの範囲は絞れたが確証がない。ただ一つ言える事は、まだルティスとフォルトアが生まれていないという事だ。





