1話 過去のミッテ大陸
過去へ着いたマナ達。まずはここがどこかを知る必要があった。周りは美しい緑と花に囲まれた土地。草木も花も力強い生命力が溢れている。近くには川があり、水が底まで透き通っていて冷たい。川に手を入れたマナは、その冷たさに感動した。両手で水をすくい、ぱしゃっと川の中へ戻す。それが面白いらしい。
「姫、川に手え突っ込むのはいいけどよ、拭くもんねえんだから」
「あ、忘れてました。どうしましょう」
「まったく……」
すると緋媛は自分の服の裾でマナの手を拭いた。緋媛の服が汚れてしまう――。申し訳ない気分になった彼女の頭をポンポンと撫でた。
それはそうとここはどの辺なのだろう。これはフォルトアが木の上に登ったりして周りの様子を見て、木から降りてきたところだった。緋刃はというと、川に頭を突っ込んで水をごくごくと飲んでいる。マナは豪快に飲んでいる緋刃を見て、殿方は自由で羨ましいと思っていた。
「あっちの、北の方角に里がある。多分龍の里だ。それにしてもこんなに綺麗で素晴らしい緑、初めて見たよ。まるで神殿に入った時に見た緑……。いや、それ以上だ。僕が幼い頃はこの大陸は既に荒んでいたから、US2065年より前だと思う」
「どれぐらい前なのでしょう」
「僕にも検討がつきませんが、ただ、緋倉様から聞いた話だと、あの方が幼い頃はまだ緑が生きていたと……」
「兄貴が? ならこの時代は、兄貴がガキの頃かそれ以前って事もあり得るって事ですね」
「何何? 倉兄の子供の頃の話?」
マナ達が真面目な話をしていると、水を飲んですっきりした顔の空気の読めない緋刃がやってきた。苦笑いするマナとフォルトア。だが緋媛は緋刃の頬を思いっきりつねってから張り倒した。来る過去を間違えた可能性が高いというのに、この弟は何を呑気にしているのか。
「いけません、緋媛。家族は大切にしなくては。大丈夫ですか? 痛みません?」
「お姫様は優しいなー。俺は平気だよ。こんなの慣れっこだし。で、ここが過去のミッテ大陸? マジで過去に来たの!? 俺、昔の里知らないから見てみてー!」
これにはマナと緋媛も興味があった。現代では緑が復活したとはいえ、それまでは氷と炎の柱で閉ざされた大陸だったのだ。歴史の書物からはその存在を消され、ミッテ大陸のどの位置に里があり、川があったかも知らない。特にマナは、これは貴重な経験だ、現世に戻ったらこの感動を纏めなくてはと、楽しみが増えている。しかし――。
「この時代がいつかも分からないのに、軽々しく里には行けない。僕たちはまだ存在しないはずだからね。ここがまだダリス帝国と良好な時代かもしれないし、そうでないかもしれない。里に行ったところで、僕たちは見知らぬ存在なんだ。特に姫様は、人間という理由だけで拒絶されるかもしれません」
「そんな……!」
「お姫様何もしてないじゃんかよ」
「姫、緋刃、そういう事じゃねえんだ。昔兄貴から聞いたんだけどよ、兄貴がガキの頃はレイトーマ人だろうがカトレア人だろうが、人間ってだけで龍族は怯えていたらしい。人間だけじゃねえ。人間と龍族の混血も、龍族と他の種族との混血も、良く思われていなかったらしい。だから姫が里に行ったら……相当嫌な思いをするだろうな」
それはあくまでダリス帝国がケリンに支配された後の話である。もし良好な時代ならばそれはない。マナはそれに賭けたいのだが、人間を拒絶する時代だとすれば、自分はどうすればいいのだろう。レイトーマ人である自分が、全ての人間が悪ではないと言うべきだろうか。緋媛の傍にいればきっと、良好な関係だと知ってくれるかもしれない。
マナの頭に過去の龍族に受け入れてもらえる案が浮かぶが、上手くいくかわからない以上どうすることも出来ない。だが、緋媛達はマナをこのまま外に放り出す訳にはいかず、どうにかこの時代の龍の里の長に理解を求めるしかないという結論に至った。そうとなれば、まずは里へ向かおう。マナ達は北へ歩を進めた。
歩くこと一時間。相変わらず体力のないマナは息を上げて疲れてしまった。ナン大陸よりもやや土が柔らかく、草木が瑞々しく生い茂っている。柔らかい土ではあるが、その下にすぐ固い土があるようだ。それでも足を取られてしまい、歩く度に体力が減っていく。
「申し訳ございません姫様。僕たち龍族と人間の体力は違うのに、気遣いが出来てませんでした。ここで少し休みましょう」
「休むのはいいけどさ、そろそろ日が暮れそうだよ。媛兄が抱っこすりゃいいじゃん」
「そんな恥ずかしいマネ出来るか! フォルトアさんが休むつったら休むんだよ!!」
とはいえ、緋刃の言う通り確かに日が傾き、薄く月が見えている。休めてせいぜい十五分だろう。フォルトアの見立てでは、マナ達が現在いる位置からあと一時間はかかるらしい。その間に外は暗くなり、頼りになるのは月明かりだけになってしまう。
「私は平気です。進みましょう」
「進むっつったてなあ。お前脚疲れてんだろ。それに頭から汗流してるしな。人間なんだから俺達に合わせなくていいんだよ」
緋媛はぐいっと服の袖でマナの額の汗を拭った。少しでも脚の疲れをとり、汗が引けたところでまた歩こうとしたその時――。
マナの足元に、バチバチと雷が落ちた。殺気はないようだがマナを攻撃しようとしたため、緋媛は彼女の腕を引き、後ろへ隠す。その攻撃しようとした雷を発生させた主は、ほんの五十メートル先で木の上に立っている。その主の耳元では、羽の生えた妖精がひそひそと囁いていた。
「人間の女ですぅー」
「きっと雄の龍族をたぶらかしたんだなぁー」
「……いや、俺が見る限りだと、同族があの人間の女を守ってるようだ。お前たち、里に戻って身を隠してなさい。俺は彼らに用がある」
その主は木を伝ってマナ達の近くへ行き、約五メートルぐらい離れたところの木の上で止まった。マナ達が確認したその姿は――
「時空の扉が開いたと聞いて見に来てみれば……。お前たち何者だ?」
雷を落とした主は、マナ達もよく知る龍族であり、龍族の長であるイゼル・メガルタだった。





