20話 龍の神殿②~愛とは~
赤い扉の中行われている異界の者との面会は、龍神が行っている。
人型で暮らしている龍族とは違い、姿形は龍そのもの。
彼が対峙しているその相手は魔界の王。禍々しい気を放っていた。真っ黒なものを――
「我が息子がこの世界に来たことは知っておる。何故死んだ事を黙っていた!」
「それが、彼の望みだったからだ。気が済んだらあるべき世界へ還るよう勧めたが、彼は頑なに拒んだ。愛というものを知ったと言ってな」
龍神は真実しか語らない。それが魔族の怒りを買うものだとしても。
「愛? 愛だと!? はっはっは! ……わが息子にそんなモノはない! 何者が唆したのだ!」
「唆したのではない。このクレージアで暮らしているうちに自然と知ったのだ。この世界で愛しい者と歩む道を選んだ。寿命が縮まる事になっても」
理解できない。何故愛とやらの為に、命を捨てる真似をしたのか。魔界の王には少しも解らなかった。
だが息子が惚れたのならば、相当魅力的な女なのだろう。
「……下らぬ。そんなものの為に空気の合わぬこの世界で果てるとは。……愚息め。して、愚息の子……我が孫はいるのか」
「娘がいたが、それも死んだ。名は――」
「死者の名など聞きたくない! ……魔界の為に連れて帰ろうと思っていたが、やはり息子の子、この世界の空気に苦しめられたか」
ふと、赤い扉を見つめる魔界の王は、そこまでして居続けたクレージアを見てみたいと考えたが、興味は然程ない。
魔界で起きている王位継承権争いに愛想を尽かせていた息子も、命を落とす前に戻ってくれば良かったのだ。
「いや、あの子が死んだのも愛あってのこと。愛しい者の身代わりとなったのだ」
「我が血を分けた孫娘までも愛か。人間の身代わりとなる必要などないというのに」
「人間ではなく、龍族だ。幼い頃からの理解者なのだ」
「龍族も人間も思考は似ているだろう。違いは身体能力でしかない。龍族も決して弱くはないはずだ。愛なんぞで代わりとなるとは……情けない」
こんなはずではなかったと、魔界の王は異界と扉へと歩む。
本来ならば息子を連れ戻すはずだったのだ。
ところが訃報を聞いた事で予定が狂い、更には知らぬうちに孫まで失っていた。これでは本命の跡継ぎがいないも同然である。
「魂と記憶だけでもあれば別の器に入れるのだが、それはどうだ?」
「たぐらに行けば娘には会えるだろうが、アレは誰かの言う事を聞く事は少ない。そもそもあそこは死者しか行けぬ場所だ」
「……やはりそうか。ならば機が熟すまで待つしかない」
そう言うと、魔界の王は自身の世界へと帰って行った。
同時に、赤かった部屋の扉が白くなる。一安心した龍神だが、魔界の王が別の世界に干渉するのではないかという漠然とした不安が残った。
しかし、クレージアに影響を与えなければそれで良いのだ。
――そろそろマナも目を覚ます頃だろう。
赤い扉が白くなった事を確認した緋媛は、膝の上でまだ眠っているマナの頭を撫でていた。
(いい匂いしてんな……)
この匂いを自分だけのモノにしたいのだが、父親に先に手を出された事を思いだすと腹立たしくなってくる。そもそも手を出したのだろうか。
口付けした瞬間ははっきりと見えなかった為、手を出されていなければいいという願望もある。しかしそれは彼女に聞きづらい。
こういう時は空気を読まない弟の緋刃に聞いて貰いたいのだが、それもどうかと思う。
「ねえ、フォルトア兄さん。なんか媛兄、丸くなった? 急におかしくなったよ。何で?」
「うーん……、うん、愛だね」
「あ~い~?」
悩んだ挙句、キリッと真顔で答えたフォルトアに、緋刃は思いっきり顔をしかめる。
心の底からその言葉が合わないというのだ。
「倉兄なら何となく分かるけどさ、そんなん媛兄に似合わないじゃん。つーか誰かに惚れたとか愛してるとか好きだとか、媛兄が言ってるとこ想像すると……、おえええええ! 気ん持ち悪い!」
言いたい放題言っている緋刃の後ろにぬうっと立った緋媛は、緋刃の頭を掴み、力を入れて圧迫し始めた。
あまりの痛さに悲鳴を上げる緋刃。
イゼルと流王は何をしているのかと呆れた表情でその様子を見た。
「誰が気持ち悪いって? 俺が誰かに惚れちゃ悪いのかよ」
「あだだだだ、痛い痛いって! ごめんってば! 離してー!」
すると、ベンチに置いてきたマナがようやく目を覚ます。瞳は元の色に戻っていた。
ズキズキと頭痛が酷く、若干吐き気もする。体を起こすと、緋刃の悲鳴の方向に視線を向けた。
「ねえ、緋媛。姫様が起きたよ」
フォルトアの声で彼女が起きた姿を確認した緋媛は、緋刃を持ち上げていた手をパッと離すと、マナの元へ駆けつけた。
尻餅をついた緋刃は、掴まれていた頭を抱えて唸っている。相当痛かったのだ。
「緋媛……。すみません、ご迷惑をお掛けしまし――」
緋媛はマナを自身の胸の中に収めた。抱きしめずにはいられない――。その声が聞けてよかったと、心の底から安堵している。
温かい吐息がマナの耳にかかり、彼女は何が起こったのかと顔を赤くした。
「は、離して下さい! 私にはフォルトアが――」
「それはもういい。……いいんだ。最初から俺が名乗りを上げれば良かったんだ」
一体何の話をしているのだろう。
頭痛で思考が纏まらないマナは、フォルトアに助けを求めるような視線を向けた。
フォルトアは、緋媛がこれ以上彼女にくっ付いているとマナが危ないと察し、引き剥がしに歩を進める。
「あらあら、さっきまでの勢いは何処へ行ったのでしょうね。好きな方の前では大人しくなってしまうのは、人間も龍族も同じようですわね」
「分かったか、緋刃。あれが緋媛だ。気持ち悪いか?」
実際に目の当たりにすると、本当に惚れているのだなと感じ取れる。
気持ち悪くはないが、これだけは言いたい。
「それは撤回するけど……、なんつーか、身内のああいうのは恥ずかしくて見たくねーや」
その気持ちは分かるイゼルと流王は苦笑いする。
ともかくマナが目を覚ましたところで流王は自己紹介し、龍神のいる部屋へと入って行った。





