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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
5章 過去への扉

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14話 ダリス帝国①~侵入~

 闇に紛れてダリスへ移動した緋媛達。街外れの森に降り立ち、堂々と街中入る。こそこそ怪しい動きをしては怪しまれてしまうのだ。


「金出せコラァ!」


「は、はいいい!財布、これで全部です!」


「こんな兄ちゃん、情けねーよなー? 俺にしろよ。するって言え!」


「は、はいっ!」


 ダリスはというと、夜の街中は静まり返っているが所々でナンパや恐喝が行われている。外に出ているのはそんな輩だ。フォルトアは事前に緋媛と緋刃に伝えている。どんな胸糞悪い事を見ても、見て見ぬ振りをする事、と。これを見た緋媛は恐喝とナンパの何が楽しいのかと呆れていた。


「いってぇな、肩の骨粉々になっちまったじゃねーか」


「治療代寄越せや」


 緋媛にわざとぶつかったのは、先程恐喝をしていた男達。何と下らないいちゃもんの付け方をしているのだろう。無理矢理連れられ、恐怖で顔が青ざめている人間の女をちらりと見ると、鼻で笑った。


「あんたら馬鹿? 骨折れたり粉砕したら、そんなにピンピンしてないよ」


 空気を読まず緋刃が真顔で男達に言うと、フォルトアはクスクス笑う。


「んだとこのガキ!」


「こいつら、やっちまえ!」


 男達はナイフを出すと、緋媛や後ろの緋刃に向かってゆく。しかし、緋媛に腕を掴まれ宙に浮くと、地面に叩きつけられていた。


「……あのなあ、俺らはてめえら小物に付き合ってる暇はねえんだ。肩の骨が粉々だ? 本当にそうか、このナイフで切り裂いて中身見てやろうか。あ?」


 チンピラ感丸出しで男達の持っていたナイフを手に取ると、肩に向かって振り下ろす。間一髪のところで避けた男は、怯えながら逃げて行った。いつの間に盗ったのか、カツアゲされた男の財布を手にしている。


「大丈夫? 立てる?」


 緋刃が女性に手を差し伸べる。ところが彼女は緋刃を無視して緋媛の下に駆け寄った。頬を桃色に染め、もじもじとしながら。


「あ、あの、助けてくれて、ありがとうございま――」


 人間の女に興味のない緋媛が、そんな感謝の言葉も聞かずに地面に這いつくばっている男の前に立つと、取り戻した財布を目の前に投げ捨てた。


「あんな奴らにあっさり金出すんじゃねえよ」


 言葉も吐き捨てた緋媛は、踵を返すとダリス城のある方向へ歩み出す。緋媛の冷たい態度に緋刃は人間が哀れに思う。


「あんな言い方しなくてもさ。それに女の子無視って可哀想だよ」


「俺はお前や兄貴と違って人間の雌に興味ねえんだよ」


「あるのは姫様だけだよね」


 フォルトアが微笑ましく答えると、緋媛はすぐ反論するがその顔は――


「ありません! 護衛ってだけで姫の側にいただけで……!」


「いい加減素直になりなよ。そんな顔するぐらいなら」


「媛兄でもそんな恋する乙女みたいな顔すんだね。倉兄にも見せてやりてー」


 確実な自身の変化を認めたくない緋媛は、誤魔化すように緋刃の頭を拳骨で殴った。恋する乙女など馬鹿馬鹿しいとは思うが、心のどこかにマナの事が引っかかっている。無事だといいが、この目で見て、手を取らなければ安心出来ない。


(何考えてんだ俺は! 姫を抱きしめたいなんて……)


「それにしても、ダリスってホント治安悪いよね」


「うん。前に来た時より悪化してる。弱者は虐げられて強者が生き残る国だし、それに――」


 軍事大国であるダリスは、国民から徴収した税の多くを軍事に費やしていると言われている。司がイゼルにした話では、中でも龍族を使っての実験がされているという。マナが見て腰を抜かしたあの毒龍もその一体なのだ。


「敵の親父が何でそんな情報をイゼル様に話すんです?」


 それが偽の情報かもしれず、目的が解らない。緋媛にとっては疑いの対象だが、緋刃はにかっと笑って気楽に考える。


「実は父さん、イゼル様の命令で二重の密偵してたりして」


「イゼル様がそんな危険な事させるかよ。それが事実ならとっくにダリスにバレて処刑台なり実験台行きだろ?」


 そっか、と頭を悩ませる緋刃だが、面倒くさいので難しい事を考えるのはやめた。フォルトアは龍族の為に動く司を知っているので、緋刃の言う二重の密偵が濃厚だと考える。だがそれが何時からなのかは、予想出来ない。


「フォルトアさん、門が見えてきました。結構高いですね」


 緋媛達はひょいと民家の屋根の上に静かに飛び乗り、屋根伝いに城門に近づく。大きな気が生えているので、その上に辿り着いた。見渡すと、外の見張りは夜だというのになかなか多い。


「門番の気を引かないと駄目だね」


 どうしたらいいものかと、口元に手を当てて考え込むフォルトア。


「あーあ。こういう時に倉兄がいれば、侵入者を幻術で見せられんのに。姫様を里に連れるためにルティス兄さんの名を借りてレイトーマに行ったときみたいにさ、人間ならころっと騙せるでしょ?」


「お前何でそれ知ってんだよ」


「倉兄に聞いた。ゼネリア姉さんがヤキモチ焼いてくれたって悦んでたよ。変態だよね」


 それに関しては全く否定しない緋媛は、緋刃と共にため息をついた。もう彼女と会えない事が哀れだが、兄としての態度は変わらずに弟を可愛がっている。強くなれ、と言いながら。


「上手くできるか分からないけど、これしかないな」


 方法を考え抜いたフォルトアは、緋刃の額に指を触れてぐっと力を入れる。すると、ポンッと緋刃から何かが飛び出した。緋刃の分身だ。分身を出された緋刃がじろじろと不思議そうに分身を見ている。


「うん、成功して良かった」


「これは確か、ゼネの替え玉……?」


 見た事のある術だと思った緋媛に、フォルトアはにっこりと頷いた。この術に興味を持った彼が、ゼネリアに頼んで教えて貰ったのは、約二十年前である。緋倉が鬱陶しいので、逃げる為にこの術を編み出したという。結論から言えば、その術があってもなくても同じだったらしい。


「十一年前、レイトーマでシドロが殺したと思ったマトも、この替え玉だよ。その時やったのはゼネリア様だけどね。僕も修行の一環で頼まれる事が多かったけど、出来にムラがあるんだ」


「そんな事ありません、完璧ですよ!」


 目をキラッキラさせてフォルトアを讃える緋媛に、緋刃は冷ややかな視線を向けた。彼はその時、戦力に程遠い自分が付くことになった真の目的があるのではと思う。緋媛のこの豹変があるために。女好きの長男とこの次男を持って末っ子は苦労すると、緋刃は首を横に振った。


「緋刃。その替え玉に、城に侵入して逃げ回れって念じてごらん?」


 念じるというのが分からない緋刃だが、とりあえず命令してみた。すると替え玉緋刃はぴょんと城の塀の中へ侵入し、走り回り始める。それもアホな顔をして。これならば緋刃だとバレないだろう。


「侵入者か!? 追えー!」


 その一瞬、警備の隙が出来た。見落とさなかったフォルトアが動き出し、緋媛達も後に続く。開いていた三階の窓から、あっさりダリス城に侵入した。だがその中に入った瞬間、緋媛の鼻に嫌な臭いが漂ったのだった。





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