13話 再生したミッテ大陸
「――そんな事あって一応解決はしたんだけどさ、俺の事隠しきれなくて、江月出身だってのは広まっちゃったんだ。イゼル様に迷惑かけるかも」
事の経緯を説明した緋刃は、ため息を付いている。これまでずっと江月の事を隠していただけに、カトレアの情報を集めていたと思われたのだから。
「緋倉には頼めんからな、いつか俺が出なくてはならないと思っていたが……」
これまで何かあった時や定期的に緋倉に頼み、江月の者だという記憶を消してもらっていたのだ。彼が動けなくなっては頼みの綱は彼の師であり父の司だが、彼はダリス側に付いている。これ以上江月の実情を隠す事は出来ないだろうと、イゼルは考えていたのだった。
「ごめん」
「いや、構わん。それより、後ろを向くといい」
きょとんとなった緋刃が後ろを向くと、いつの間にか緋媛とフォルトアが立っていた。緋媛はやや機嫌が悪く、フォルトアは苦笑いをしている。
「媛兄にフォルトア兄さん。どうしたの? そんなに怖い顔して。あ、そうか! 姫様がいないからだ!」
カトレアの事を話した緋刃は、マナが司と消えたという事をすっかり忘れていた。思い出した彼は左の掌に右の拳をポンと叩く。
「解ってんならさっさと行くぞ! ダリスに乗り込む!」
「ええ! 俺も!? 俺じゃ戦力にならないと思うけど」
「てめっ――」
面倒臭そうにする緋刃の胸倉を掴もうとする緋媛の腕をフォルトアが抑え、首を横に振る。ここは任せろと言うように。
「この機会を逃すと、もう司さんに逢えないかもしれないよ。今は敵対しているとはいえ、緋刃の父上なんだ。それでもいいの?」
「それは……嫌だ。分かったよ、俺も行くよ」
少々脅しのようにも聞こえるが、なるほどこの手があったかと緋媛は感心した。緋倉は緋刃を甘やかす傾向がややあり、精神的にも幼く見える。自分が躾けなければと思っていたのだが、フォルトアのようなやり方の方が聞き訳が良さそうだと、この時初めて思った。
「よし、それなら日が落ち始めてから旅立とう。空を飛べば夜中には着くから、ダリス城へ侵入するには丁度いいと思うんだ。後は姫様の匂いを辿ればいいんだけど、どうかな緋媛。いけそう?」
「まあ、それなら……。親父の匂いと混じらなけりゃいいんですけど」
マナと離れた事で、緋媛は発情期が終わったと勘違いしていた。薬で抑えているだけで、彼女が里の中にいないので発情しなかった為に。
「お前達、姫を頼む。破王が姫を使って過去の扉を開く前にな」
イゼルの頼みに頭を下げた緋媛達はその日の夕方、早速動き出す事に。だがその前に時間があるため、フォルトアはミッテ大陸に行こうと提案をした。緋倉から緑が戻ったから、緋媛と緋刃に見せてやってほしいと頼まれたという。もちろん、フォルトアにもミッテ大陸の美しい緑を知ってほしかったのだ。彼も荒れた土地しか知らない。
「すぅっげー! ナン大陸とトウ大陸とも全然違う! 生きてるって感じするー!」
早速ミッテ大陸に降り立った緋媛達。緋刃は感動してはしゃぎ回っている。木の上に登って、生っている木の実に手を伸ばした。
「二百年前はもっと生命力に溢れてたらしいよ。それでもここまで再生させたんだ」
「森を再生させたのはゼネだって聞いてますけど、どうやったか知ってます?」
「さあ、それは僕も知らないな。イゼル様も緋倉様も、秘密主義なところがあるからね。特にゼネリア様の事に関しては」
緋媛達はゼネリアの血の特殊性は知らない。彼女の父の能力を受け継ぎ、大地に草花を咲かせるその血は、ごく一部の者しか知らないのだ。人間はもちろん、純血の龍族に知られると、幼い彼女にその力を使うよう強要されていたかもしれない。特に異種族狩りが行われていた時代、そのような血は希少価値が高くつくであろう事から、人間に酷い事をされたのだった。
「媛兄ー、フォルトア兄さーん! この木の実、すげえ美味いよ! 妖精たち気に入るかな」
「持ち帰るのは帰りにしとけよー。つーか降りてこい」
木の実を二つ持って降りた緋刃は、緋媛とフォルトアに手渡した。こっち、とフォルトアは食べながらある場所へ向かう。少し離れた所に、大きな川があるのだ。
「確かミッテ大陸にある唯一のデートスポットがあったんだよね。江の川だっけ?」
「お前、そういう事は覚えてるんだな。世界の理の事だってろくに覚えちゃいねえのに」
「媛兄と違って雌の好きそうな場所は頭に入るからね」
呆れる緋媛に、緋刃は自慢げに言う。そんな事が何の役に立つのか、緋媛には分からない。第一何故、雌を喜ばせないといけないのだろう。傍にいるだけではいけないのか。
「ああ、ここだ。川も涸れていたのに、清らかな水が流れている」
静かに日が降りてきた今でも、川に移る日光が輝いている。透き通る水に口を付けた緋媛は、その飲みやすさに驚きを隠せなかった。他の大陸とは全く違うと。それを見た緋刃は川に思いっきり顔を突っ込んだ。
「ぷはーっ! 水も美味え! 昔はここに住んでたんだよね?」
「うん。ここは清らかで広いからね、僕達龍族はもちろん、清らかな物を好む妖精たちにとって欠かせない大地だったんだ。ところでお前達、何で今の里を江月って呼んでいるか知ってるかい?」
「興味なかったんで聞いてません」
「聞いた事すらないや」
彼らは一体龍族の歴史を何だと思っているのだろう。フォルトアは困ってしまったが、緋媛達にその名の由来を話した。緋媛は心のどこかで、マナが好きそうな話だ、いつか教えてやろうと思ったのだが、それは無意識のうちに頭に過った気持ちである。
「フォルトアさん、緋刃、そろそろ日が落ちる。姫を助けに行かねえと」
地に落ちるように見える太陽が、江の川にまるで鏡のように映っていた。





