5話 兄弟揃って
カチカチと時計の音が鳴る。倒れた緋媛はその後、薬華の診療所のベッドで寝ていたのだが――
「さむっ!」
寒さで目を覚ました。一つベッドを空けた先の壁は破壊され、シーツで覆われている。父、司の仕業だろうか。兄、緋倉の姿もないのはイゼルの所へ行ってるからだろう。そう考えている緋媛だが、彼はその前に診療所を訪れた時に壁の穴に気付かなかったのだった。いや、そんな事より大切なものがある。
「姫! 姫を連れ戻さねえと!」
「寝てろボケぇ!」
訳も分からず薬華に殴られた緋媛は、ベッドに頭がめり込んだ。
「駄目だよ、ヤッカちゃん、怪我人? 怪我龍にまたそんな事しちゃあ~」
ビクビクと怯えるコーリは弱々しく言う。
「はんっ、このバカ兄弟はこれぐらいしないと大人しくならないんだよ」
「傷口開いたじゃねーか、くそ女!」
再び殴られる緋媛。今度は穴の開いていない壁に当たり、破壊した。緋媛の脇腹の穴からドクドクと血が流れているが、壁の穴からは雨が診療所内に流れ込んでいる。
「あー! 穴が増えたああああ!」
コーリはしくしくと泣きながらもう一つの穴を塞ごうと、シーツを取り出した。
「ったく、兄弟揃って同じ事言いやがって。誰がくそ女だぁ!? お姉様ぐらい言えねぇのか、クソガキ共!」
緋媛の頭を掴んだ薬華は、彼が元いたベッドに投げつける。
「誰がクソガキだ! いっつつ……」
「アタシから言わせれば、緋倉以下みーんなガキだよ。ほら、薬塗ってやるから寝てな。自己治癒力だけじゃ早く治らない傷だよ、それ」
片桐三兄弟はもちろん、ルティスもフォルトアも薬華より年下である。しかも全員二百歳未満であることから龍族の中では若い部類に入るため、ガキと言っているのだ。
「まったく、アンタもバカな事するね。実力差があったら引く事も大事だって、ゼネリアと緋倉に口酸っぱく言われてただろう?」
「うるせえよ。姫が攫われたんだ。フォルトアさんは森番してて忙しいし、俺が助けねえといけねえ」
「だからって司に敵うのかい? そんな怪我まで負って。あんたの父親はゼネリアと緋倉と肩を並べる強さだって事ぐらい知ってんだろ」
「それは……」
落ち着いて会話をしているが、何やら内容がおかしい。
「ちょっと待て。何で親父にやられたって知って……いってぇ!」
「我慢しな! カトレアの人間の小娘、エルルだったっけ? その子の方が我慢強かったよ」
腹の傷も足の傷にも薬が浸み込んでいく。熱を持ってズキズキと痛むが、緩やかに痛みが引けていく事が分かる。
「丁度森番から戻ったフォルトアが通りかかって良かったね。血ぃ流して倒れてるアンタを見つけて、ここまで運んできてくれたんだよ」
「フォルトアさんが?」
「その後司を追ったみたいだけど、実力差を思い知ってすぐ引っ込んだってさ。……ほれ。明日の朝には完治してるよ。大人しくここで寝てたらね」
ギロリと睨む薬華。逆らったら殺されると確信した緋媛はいう事を聞く事にした。フォルトアはゼネリアの命令にも忠実なため、父と対峙しても引いたのだろう。マナが重要な人物だという事は皆知っているはずなのにと、緋媛は不満だった。
「あたしだって、司の事を聞いて動揺してるよ。まさかダリス側になってたなんてね……」
異種族狩りの中を生き残った数少ない同胞である司。彼の事やその亡き妻とも面識のある薬華にとって、何故寝返ったのか理解できなかった。
「早く姫を助けねえと……」
「そう思うなら今日は丸一日寝てな。今、イゼル様の屋敷で緋倉達が集まって話をしているから、結論はすぐ出るだろうさ。ゼネは死んで、アンタの兄さんもあの様だし、里の護りも手薄になっているから、緋刃は呼び戻されるだろうねぇ」
「マトに文句言われちまうな」
マナを江月に呼んだ理由は、保護する為だった。それは彼女の能力の悪用を防ぐ事が目的である。レイトーマにいたままでは緋媛がいなくなった際にダリスに誘拐されるだろうと、ゼネリアが言っていた。
(遅から早かれ、こうなる運命だったのか?)
マナの能力とは正反対に、ゼネリアは未来を見る事の出来た。聞いても断言する事はない。未来は変わるため自身で切り開くものだと、教える事もなければ未来を見る事もなかった。ただ、レイトーマのマライア殺害の時とレイトーマの王位争いだけは、どうにかするべきだとイゼルに訴えたという。
(ゼネにはこの未来は見えなかったのか? それとも見えていて親父を放置していたのか……)
今となっては聞く事は出来ないが、今やれることをやるしかない緋媛。そう、薬華に殺される前に大人しく寝るという事をしなくてはならない。
「ん。そうやって素直に寝てりゃいいんだよ」
何故なら先に空いていた壁の穴も、薬華の仕業だと気づいたから。
ベッドに横になりながらマナの安否を気にしている緋媛は、彼女から香る匂いがない事で精神が安定している。それと同時に、その匂いがない事で逆に不安にも思っているのだった。





