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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
5章 過去への扉

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4話 未熟な息子

「ヤッカー、例の薬くれ」


「ああ、発情抑止薬ね」


 薬華の診療所に来て早々に言った緋媛に対し、彼女の表現は直球であった。顕微鏡に夢中だったコーリがその単語に反応し、緋媛の方を勢いよく見る。


「そんなドストレートに言うんじゃねえよ!」


「そうなんだああああ! 緋媛くん発情期なの? それってどんな感じ? 龍族って百年に一度なんだってね! 誰に発情してるの? 人間の男みたく誰でもいいって訳じゃないんだよねぇ!」


 赤くなって反発する緋媛に興味深々のコーリは、一瞬で彼の元に飛んできた。赤い顔が今度は青くなり、引き気味の緋媛の脈や汗を採取しながら彼は興奮している。


「採るモン採ったらあんたは引っ込んでな。……あのねぇ、前にも言ったけど、あの薬は発情を遅らせてるだけなんだよ。完全に発情しちまえば止める薬ならあるんだけどねぇ」


「それだと(おせ)えだろ。何で完全に発情する前に止める薬がねえんだよ。このままだと理性ぶっ飛んで姫に何をするか……」


 顕微鏡のある机に戻ったコーリは、さりげなく会話で聞いた内容をメモしている。緋媛の発情相手は龍族ではなく、人間のマナだと。


「まったく、初めて発情する雄のガキはみんなそう言うんだよねぇ。相手を傷つけるのが怖い、自分が変わっていくのが怖いってさ。あたし達は獣なんだ。発情して理性が飛んでも仕方ないんだよ。溜めこむのは良くない。もっと素直にならないと、本当にフォルトアに取られちまうよ」


 薬を小袋に一錠だけ入れ、緋媛に投げ渡した。それを見た緋媛は、たったこれだけかと疑問を露わにする。


「それ以上はやっても意味ないからね。体が慣れちまって薬が効かないんだ。それ飲んでも早いうちに効果は切れるだろうねぇ。結局、本能には抗えないんだよ、生き物ってもんは」


「……姫を襲えって言ってんのか」


「発情した方が楽だって言ってんだよ、あんたはね。大変なのは雌さ。龍族の雌でさえ雄の相手はしんどいのに、人間の小娘だとすぐ壊れるだろうね。安心しな。姫様には発情後の薬を持たせるからさ。さー、もう出てった出てった! こっちは忙しいんだから!」


 これ以上、初発情期の雄に構ってられないと、薬華に診療所から追い出された緋媛は、空を見上げた。雲行きが怪しく、一雨振りそうな気配である。


(この匂い……、こっちだ)


 雨の気配を感じさせるのとは違う、誘われる桃のような甘い匂い。その方向にマナがいる。フォルトアと婚約していると分かっていても、彼女の傍に行かなくてはならない。本能に従えばそうなってしまう。


(姫、親父と一緒にいるのか? 匂いが同じ方向にある)


 それでも本能に抗わなくては、人間のマナに何をするか分からない。楽になりたい。レイトーマの姫を傷つけるわけにはいかない。緋媛の中で、本能に対する葛藤が続く。


「親父? ……姫をどこに連れて行くんだ」


 匂いの先へ行くと、里を出る方向に向かう司と、彼に抱かれているマナを見つけた。それに手を触れるな、と本能が言っているのが分かる。


「ちと具合が悪いらしくてよ、ヤッカの診療所に連れて行く所だ」


 奥歯を噛みしめる緋媛は苛立っているようだ。


「そっちは診療所じゃねえ。あんたが道を間違えるはずねえんだ。俺にそんな子供だましが通用するかよ」


 刀に手をかけた緋媛は、それを抜いた瞬間に距離を縮め、背を向けている父の司を斬りつけた。


「……成長したな、我が息子よ」


 しかし――


「だが、まだ未熟だ」


 手ごたえがない。斬りつけたものは幻覚だったのだ。まるで兄の緋倉が使うような幻覚を司が使い、緋媛は少々動揺した。


「この程度で揺れるなよ。暗示も幻術も、俺が緋倉に教えたもんだ。お前が生まれるずっと前にな」


 すると、今度は体が急に重くなった。何かに押しつぶされているように。


「ぐっ! うぅ……!」


 立ち上がろうとするが重さが増してゆく。雨が降ってきた。


「人間ならばとっくに潰れて死んでいる重力だ。これぐらいしか耐えられねぇとは情けねぇ。それでも俺の息子か? 緋紙が悲しむぜ」


「姫を、離、せ……!」


 重力に抗い、少しずつ立てるようになっていく。その緋媛を見た司は微笑んだ。


「……度胸だけは一人前だな」


 重力変化の術を解いた瞬間、氷の槍が緋媛の脇腹と左脚を貫いた。膝をつく緋媛を見下ろした司は、里を出る方向へと踵を返した。


「ゼネリアがいて、緋倉が万全じゃねえと駄目だな。この程度じゃ俺は倒せねぇ。ダリス六華天の長、片桐司はな」


「な……!」


 何故父がダリス側についているのか。マナを連れて行くのはダリスのためか。訳が分からない。


「ふざけんな! 姫! 起きろ! ――っ、マナああああ!」


 氷の槍を引き抜くが体が麻痺して思うように動けない緋媛は、叫ぶしかない。目覚めぬマナを抱えた父の司は、すっと消えた。麻痺した体から流れる血が多く、緋媛は気を失ってしまう。雨が強くなった。




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