14話 歴史の真実④~US2047年~
US2047年。異種族狩りが始まってから、龍族の五分の三が減ったとされた年である。
だが、龍族はまだそれほど減ってはいない。イゼルと司がダリス人の手から護っていたから。しかし他の異種族の多くも犠牲となり、それぞれ目で数えられる程度の数になってしまった。その為、エルフとドワーフはそれぞれが住処としていたトウ大陸とセイ大陸から撤退し、ミッテ大陸に移住をした。バラバラになってダリス人に捕えられるより、纏まっていた方がイゼル達に護ってもらえるから。
「人間は愛着のある者、話せる者を食したりする事には抵抗があると同時に、自分から下に見える生物や虫等を殺すことに抵抗のない生き物だ。我の眼には、それは貴様ら龍族も同じように映る。愚かな生き物よ」
里の中で見回りをしているイゼルにそう言ったのは、数年前から異界から紛れ込んできた魔族だった。好きに呼ぶといいと言い、名は名乗らない。彼は同族に反対されながらも里の外れに暮らしているのだが、どうやらイゼルの母親も共にいるらしい。独りでは心細いだろうから。そんな理由で生活を共にし始めたのだ。
(確かに、意志を持ち、人間と変わらぬ姿をしている以上、魔族のお前にはそう見えるだろうな。だが俺達は平穏に、穏やかに暮らせる日常を望んでいる。それを壊したのは……)
それを壊したのは人間だ。だが、そのきっかけを作ってしまったのは龍族であり、三十数年の間に同族や異種族を護ろうと、やむを得ず人間に手を掛けた事もある。その為、魔族の男の話が心に引っ掛かっていた。
「イゼルー! 生まれたぞ! 俺と緋紙の子が!」
そんな事を屋敷で考えていると、バタバタと走って来た司からの吉報が聞こえたので、彼の自宅へ向かった。同族が狩られて数が減っても、このような喜ばしい話題も上がってくる。狩られてゆく危機からか、種を残さなくてはならないという本能が子を作ってゆくのだろう。あるいは、雌の龍族が発情期を迎えたのかもしれない。
「……雄か。鬣は緋紙のものだが、顔と体はお前に憎たらしいほど似ているな」
龍族の子は龍の姿で生まれる。産むときは、元の龍の姿で産むのだ。イゼルが駆けつけたとき、緋紙は既に人型となっていたが、角が生え、瞳は龍のままである。
「男前になるだろ?」
「中身までになきゃいいけど……」
自慢げに話す司に対し、雌好きになってしまわないかと緋紙が心配する。雌が気にならない雄は健全ではないと言い張る司に、イゼルと緋紙は軽蔑の眼差しを向けた。
「緋紙。産後は体を休めなくてはいけないわ。本来なら人型になるのも控えなくてはならないのに……。特に貴女はルフト草が必要な体だもの。ゆっくり休みなさい」
「へえ、生まれたての赤子って初めて見た」
姉の紙音もゼンを連れて来ていた。毛布を丁寧にかけ、緋紙を布団に寝かせる。ゼンは初めて見る小さな龍の赤子に戸惑い、そーっと触れてはすぐに手を引っ込めた。赤子と言えば――
「そうだイゼル。お前のお袋さんに会ったか?」
「いや、あれからは一度も」
魔族を独りにするのは可哀想だからと言って屋敷を出た彼の母は、同族から見たイゼルの立場を考え、親子の縁を切り、死んだ者として里を出たのだ。彼の母もルフト草を必要としている為に、その身が気になってはいた。
「ヤッカがルフト草を届けに行ったんだけどよ、お袋さん、妊娠してたってよ。あの魔族との子か?」
司の発言に、イゼルの思考が止まった。何が起きているのか、一瞬理解出来なかったのだ。母親とは百五十歳ぐらい離れており、何とか子を産める年齢ではある。他の雄との間に妹か弟が出来るとは、何とも複雑だ。それも本当に異界の者だと、その子はどう生まれてくるのか。
「おい、大丈夫かよ」
「……いや、衝撃があまりにも大きくて」
これにゼンはこそこそと紙音に問う。つまりは祖母の子だから叔母に当たる子がを身ごもったのかと。紙音が頷くと、ゼンも衝撃を受けた。
「まー、様子は見に言った方がいいんじゃねえか? どうせ会いに来るなって言われたんだろ。里の外れに住んでる同族の様子を見にいくって名目ならいいんじゃねーか?」
家族としてではなく、長として行けばいいのだろうが、同族の目に触れると反発が起こるだろう。行動を起こすにも、難しい所である。ここは薬華に話を聞いてからの方がいいだろう。焦る必要はない。だが――
(この年になって俺に弟か妹ができるとはな。母さんの事だ。俺の事は秘密にしておくんだろうな)
身内の悩ましい話が入った数日後に、異種族の多くが不安と異を唱え始めた。里にある大広場で。
「イゼル様、この大陸はもう駄目です! 人間に荒らされ、同族の多くが攫われています!」
「私達妖精の住処も焼かれてますぅ~」
「りんご園も荒らされ、我がエルフの同族達も人間に攫われています。移住の話はどうなっているのですか!」
これより十年前のUS2037年、未開のナン大陸に移住する計画を打ち出した。二十年弱経ってからの事、非常に遅かったと後悔している。この計画はダリス人に感づかれないようにしなくてはならないので、ドワーフと、レイトーマ、カトレア王室の協力が不可欠だったのだ。
「おいら達の仲間が新しい里を作ってるさー! でもおいら達も数が減って進まないさー」
「協力してくれてるレイトーマ人とカトレア人も多くは動けないのさー。こっそり進めてるから、住むのにあと五年はかかるさー」
「でも頑張って四年で仕上げるさー!」
このドワーフの意気込みに、心を動かされた者は少ない。一部のエルフが、自分たちが畑を作ると言い出したぐらいだ。妖精は清浄な空気でしか生きられず、ナン大陸の空気では数年ももたない。龍族は体が大きく、空を飛んで移動するだけでナン大陸移住計画が漏れてしまう。人型で船を使用するにも、ダリス人の目に留まってしまうのだ。
「……イゼル様。私達はこの大陸から出て行きます。このまま一か所に纏まっても、人間に侵略され、殺されてしまいます。それぐらいなら、世界を見て回ってから死にたい」
「それは許さん! ダリス人は俺達を捕えて、血肉を薬にする! 最近では奴隷扱いすると聞く! 里を出てしまっては俺達も護れない。掴まってどんな仕打ちをされるか――」
「それでも! ……それでもここで怯えて暮らすよりは、望みのある地を探した方が……」
ナン大陸で暮らせるようになるまで待てず、このままでは去って行った者が全滅してしまう。それだけは避けなくてはならない。絶対に説得しなくては。
「この里で戦えるのは司と俺だけだ。俺達が護れる場所にいてくれなくては――」
「何だ。異種族共全員集まって、我は仲間外れか?」
この混乱状態にやってきたのは、異界から紛れ込んだ魔族。特に龍族が良く思っていないため、これ以上の頭痛の種はない。里の中に来ることはないのだが、何故この時に限って姿を見せたのか。
「お前達は護るしか能がないのか? 反撃すればいいだろう。刃向ってくる愚かな人間共を皆殺しにしてしまえば、手を出さなくなる」
「皆殺しって……。これだから異界の者のいう事は……!」
「お前の言う事等聞くものか。おい! 出て行く奴は俺と行こうぜ!」
「待てお前ら! 頼むから俺の話を……!」
魔族が出て来ては気分が悪い。これ以上話す事はないと、異種族は己が決めた道を進み始めた。この三十数年、何のために里を護り続けてきたのか。これ以上の犠牲者は出したくないというのに。
「あんた、何故出てきた。あんたの姿を見るだけで皆が去っていくのは分かっていただろ。イゼルの邪魔をしにきたのか?」
司の問いに、魔族は不気味に笑った。
「我の意見を言いに来ただけだ。この世界の異種族の長が否定するのならば、我は我のやりたいように動くだけだが、結果としてお前達は護る者は安堵しているのではないか?」
「何?」
「出て行く者が多ければ多い程、護る者が減る。自分の負担が減ると……げほっ」
「……馬鹿言ってんじゃねーよ! さっさと里の外れに戻れ!」
「その言葉、我の子にも同じ事を言うのではあるまいな。……まあいい」
顔色が悪くなったその魔族が去る後姿は、どこか寂しそうだった。心のどこかで、イゼルも司も護る者が減って安堵しているのかもしれない。それを言われたとき、少なからず心が動揺したのだから。
(……母さんの相手は、あの魔族か)
別の事でも動揺したイゼルの元から、翌朝には一族の五分の三が里を去ってしまう。残った者は、いずれ出来るナン大陸の新たな里を待って移住する方を選んだのだ。そちらの方が安全だと、悩んだ結果出した答えだという。イゼルの妻・紙音は、息子のゼンと共に去ろうとした同族を追いかけ、説得しようとした。
「待ってください! 主人は、イゼル様は異種族が生き残る道を真剣に考えているのです! お願い、里に戻ってきて!」
大陸に繋がる砂浜まで追いかけ、自分にも出来る事はないかと動いた結果、彼女と息子は姿を消した。砂浜の海に足をとられたのか、人間に掴まったのかは分からない。
長はむやみに里を出るものではないとイゼルを説得した司に身内を探しを頼んだが、紙音とゼンが見つかる事はなかった。





