12話 歴史の真実②~US2013年~
US2013年。
この年よりずっと以前から、人間と異種族は共存していた。
「今年のリンゴも出来がいいよー! 白菜も大根も食べ頃!」
畑仕事が得意なエルフはカトレアのあるトウ大陸に住みつき、大量の野菜や果物を作っては各国に売りにいく。彼らがやって来ると、人間は商売にならない。消費者はより良いものを選ぶからだ。
「じゃあ、そのリンゴ頂戴な」
すっと差し出したリンゴは真っ赤でツルツルしている。客である人間が手に取ろうとすると、リンゴが縦に割れてギャーという声を上げた。
「脅かさないでおくれよ!」
「あはは。はい、本物」
同時にエルフは悪戯好きである。こうして些細な悪戯を仕掛けては笑い、遊んでいるのだ。彼らは言う。人間は表情豊かだから遊び甲斐があると。
「えっさっさーほいさっさー。えっさっさーほいさっさー」
賑やかな掛け声はドワーフは、レイトーマのあるセイ大陸に寝ぐらを用意している。鉱山などに行っては宝石の原石を採掘したり、木を伐採したりして住処を作るなど、土木建築等が得意だという。しかし、取り過ぎる事はない。自然界のバランスを見て調整しているのだ。
「カトレア王室から仕事が来たさー! お城の改修さ、王様が好きにしていいってさー!」
マナが見て美しいと感じたカトレア城の柱やガラス工芸品は彼らの作品である。この時の依頼による芸術とも言える作品が、二百年以上経った今も残されているのだ。
「おととい採掘した宝石、レイトーマ王室が喜んでたさー!」
レイトーマ王室にも厳重に保管されている宝石類がある。それも手先が器用な彼らが採掘し、加工した物なのだ。
そしてミッテ大陸に住まう龍族と妖精。この時、イゼルは六六四歳。龍族の長となってまだ数ヶ月だ。
(……北側の木の実、今年は少ないな。南側の森の方が多いが、それでも妖精達に足りるかどうか)
里の前周りの森を見渡し、集落を作っている妖精達に分け与えるべき果物の量を考えていたイゼル。するとそこへ、別の妖精がやって来た。
「イゼル……様ぁー! 東側の森にリンゴが生えてましたぁー! これでこの冬は越せそうですぅ」
この妖精は羽が生えており、見た目は人間と同じ種である。そういう姿の妖精は基本的に寂しがり屋で、龍族の手伝いをしたり遊んだりする事が多い。ところが、中には羽がなく動物のような姿の妖精も存在する。そんな種は集落を構えず、似た者同士で集まってひっそりと暮らしているのだ。
「ああ、イゼル様丁度良かった。そろルフト草が生える時期なので、ホク大陸に行ってくるよ」
里の入り口でばったり会った薬華は三二三歳。彼女は今と変わらず薬に関する仕事をしている。
「……頼む。それにしても、お前まで俺をそう呼ぶ事ないだろう。司のように今まで通りにしてくれ」
「それだと他の同族に示しがつきません。司はあんなんですから仕方ないと他の者も半ば諦めているから、あたしぐらいはイゼル様と呼ばないと……」
様を付けても口調は全く変わらない。それはいいのかと疑問に思うイゼルに軽く会釈をした薬華は、里の外れで元の龍の姿となって、ホク大陸へと旅立った。
(ルフト草か。もうそんなに経つんだな)
ルフト草とは、龍族特有のある病に効く草である。その病とは空気中毒。空気毒と呼んでいる。龍族には稀に空気が毒となる病を持つ者がいて、息をするだけで身体が蝕まれていく原因不明の症状に陥ってしまう。薬華はその症状を抑える薬を作る為に、五十年に一度生えるその草を採りに行ったのだ。
「待てよ、緋紙! 誤解だって、誤解!」
「はぁー!? 何が誤解? あんたのその癖治らないじゃないの!」
屋敷に戻ろうとしているイゼルの前に、揉めた雄と雌が現れる。またか、とため息をつくイゼル。彼らは片桐司、当時四七〇歳と、後の緋媛達の母親となる緋紙であった。
「あ、イゼル丁度いいとこに! お前からも言ってやってくれよ。俺には緋紙だけだって」
「そう思うなら他の雌に口付けするのやめてくれる?」
「だから、あれはただの挨拶だっつったんだろ! なー、分かるだろ? イゼルー」
当時の司は雌なら誰でも挨拶に口付けをするという、緋倉よりタチの悪い雄。しかしその容姿や強さ、いざという時に頼りになる事から嫌がる者は少なく、自分のものにしたがる雌が多いという。
「悪いが俺には理解できんよ。緋紙、少しこいつにお灸を据えてやってくれ」
「言われなくとも!」
「裏切り者ー!」
再び始まる追いかけっこ。やれやれ、といつもの光景を後にしようとした時、どさり、という音が聞こえる。振り向くと緋紙が倒れていた。顔色が悪い。
「緋紙! お前まさか薬を飲み忘れたのか!?」
「司、急いで俺の屋敷に」
五十年に一度生えるルフト草。彼女はそれを必要としていた。毎日一粒の薬を飲む必要があるのだが、この日は司との約束の事で頭がいっぱいとなり、忘れてしまったのだという。
「すみません、貴重な薬を……。イゼル様のお母様に申し訳ありませんと、お伝えください」
「かまわん。母もお前と同じ病だからな。お互い様だと言っていたよ」
「……なあ、緋紙。江の川へ行くのはまた今度にしよう。今はお前の体が心配だ」
横になっている緋紙の手をぎゅっと握る司は、先程までの悪ふざけをしていた表情と変わり、真面目である。この差に心を動かされそうになる緋紙だが、この日だけは逃したくなかった。
「嫌よ。今日は江の川に満月が照らされる日だもの。薬飲んだからもう大丈夫だし、司と見に行きたい……」
言葉の最後の方はごにょごにょと籠らせる緋紙が可愛いらしく、司はぎゅっと抱きしめた。見ていられないイゼルは、部屋を出て家族の元へ向かうと、廊下をパタパタ走ってくる小さい影が彼に突撃する。
「何だ、ゼン。お前か」
尻尾の長さを含めると一メートルぐらいだろうか。その影は小さな龍で、イゼルの息子だ。きゅんきゅん泣いているその子は生まれて半年程経ち、抱き上げるとやはり日々重くなっていると実感する。
「俺に会いたかったのか? 可愛いやつだな」
「里の事ばかりのあなたと、たまには遊びたいのですよ」
イゼルの嫁であり緋紙の姉の紙音。雰囲気がユズに似ており、緋紙とは対照的に大人しい性格である。
「お前達に構ってやれず申し訳ないとは思っているよ」
「分かってます。そういうところが好きですから。あの、それより緋紙は……」
やはり妹の事が心配なのだ。生まれつき空気毒に侵されているため、薬を飲み忘れては倒れる緋紙を気にしていたのだ。
「ああ、落ち着いたよ。司と江の川へ行くと張り切っていた。お前と江の川へ行くのは、ゼンが人型になれるようになってからだな。それまで我慢してくれるか?」
「ええ、もちろんです」
江の川は龍族の恋人のいわゆるデートスポット。特に満月の夜は人気が高い。イゼルも紙音と何度か訪れた事があり、そこで結婚の申込みをしたという。
そんな平和な世界だが、ダリス帝国だけは一年前に国王が変わり、軍事国家へ急成長したのだ。その前は武芸に長けたくにであったのだが――
(何もなければいいが、嫌な予感がする)
それはホク大陸へと行った薬華の行動がきっかけとなり、九十年でミッテ大陸の大地が死滅する事になったのだ。





