10話 マナの婚約者
芸術の国カトレア。
国民の多くが何かしらの芸事を行っている。絵画、音楽、舞踊、芝居などはもちろん、近年では仮装も行なっているという。
マナ達一行は馬車から降り、街の様子を見ながら城に向かっていた。
「陛下、ここでは……」
「ああ、分かってる。俺はお前の孫って事にしろ。姉上は――」
マトとツヅガがひそひそと話している。街中で身分を隠す為、偽りだが家族として接するのだ。他国の国王が、カトレアの街を歩いてるのだから。
「お姉さん、何の仮装ですかあ?」
「仮装?」
マトとツヅガの後ろを歩いていたマナは、騎士のような格好をした女性に声を掛けられる。先を歩いていた三人が振り向くと、騎士はにっこり微笑んだ。
「まるで何処かの国のお姫様みたいですね」
「私はレイトーマの――」
言いかけると、マナの緋媛が口を塞いだ。
「レイトーマの姫様が着たとかいう服を意識して作ったんだよ。この国に王女はいないだろ?」
「噂のマナ姫様の!」
緋媛は騎士と話しながら、マナをマト達の方へ放り投げた。適当に話しているから、身分を隠す理由を教えろと言うように。
「いいですか、姉上。公式で来ているとはいえ、他国の王族が城下を歩いていると知られたら大騒ぎにります。国王が変わったばかりですから、侵入者と間違われてもおかしくない状況なんです。ですから身分を隠して下さい」
納得したマナは頷いた。しかしそのような事も思いつかないとは、マナ自身、王族としての自覚が足りないと反省する。マトとツヅガは家族の設定にしたのだが、マナと緋媛をどうするか悩む。
「恋人でいんじゃね?」
さらっと緋刃が言うと、マナは真っ赤になった。そこへ戻って来た緋媛は嫌な顔をする。
「勘弁してくれよ。そういう接し方なんて分からねえ。それに姫はフォルトアさんと婚約してんだぜ?」
「ええ!? フォルトア兄さんと!?」
「へー、あのフォルトアがなぁ。まあ、彼なら文句はない」
フォルトアに対する反応は様々である。信頼は厚いのだが、マナと婚約するとは思いもしなかったのだ。その理由はこの後、すぐに緋刃が明かす。
「フォル何とかとやらは何者なのでしょう。江月の方とは存じますが……」
「俺が城に戻った時共にいた黒服の男だ。シドロを捕えただろ」
老いた記憶を手繰り寄せ、ようやく思い出したツヅガは手をポンと乗せた。マナも協力者がいたと聞いていたので、それがフォルトアだと気づく。それならば亡き兄で前国王のマライアの死を目の前で見たという説明に納得出来る。しかし何故フォルトアが協力したのだろう。
「ああ、俺がフォルトアに頼んだんですよ。江月の中で俺の協力者として適任なのはあいつだけだったので」
緋倉は緋媛に良く似た兄であるため、顔を見られては困る。ゼネリアはうっかり人間を殺しそうだ。ルティスはユズから離れたくないと駄々をこねていたという、消去法で選んだと言っても過言ではない。それを聞いたツヅガの表情は浮かないず、マトが理由を問う。
「失礼な事と存じますが、わしはそのような者が姫様とご婚約をされた事、こう、もやもやするのです。もちろん、国を立て直す希望の陛下をお守り頂いた事は感謝しますが……」
どうせなら知らぬ者より知っている緋媛が良かった。この会合の場に姿を見せぬ者より信用できる緋媛が。
「ツヅガ。フォルトアは信用出来る方です。初めてお会いした時も親切にして下さいました。私が選んだ方ですから、心配しなくても大丈夫ですよ」
マナが微笑むと、ツヅガは彼女がそういうのならばと、口を閉ざした。しかし納得出来ない弟組と、ひっそりチクチクと心に刺さっている緋媛がいる。
「姫様が選んだって言ってもさー、フォルトア兄さんは……ねえ?」
緋刃がマトに振ると、気まずそうに口を開く。
「叶わない片想いをずっとしていると、酒の入った彼から聞いた事があります。多分今も……」
そんな相手がいたとは初耳である。マナだけではなく緋媛も驚いた。フォルトアが一途だと知った緋媛はますます彼を尊敬する。そんなに真っ直ぐな雄だったのかと。
「いけませんぞ、姫様! レイトーマの宝である姫様を代わりにするような男など! 今すぐ婚約解消するんじゃああああ!」
身分の事などすっかり忘れ、泣きながらマナに訴えるツヅガ。何事かとツヅガに視線が集まると同時に、レイトーマ、姫という単語に反応する人々がいる。この場をすぐ離れなくてはと、マナ達はカトレア城へ急いだ。
(私もフォルトアも似た者同士なのね。私は緋媛を、フォルトアは……誰を想っているのかしら)
イゼルは彼の事情を知っているのだろうか。いや、知っていたらわざわざ相手候補にはしないはずだ。ならばフォルトアが隠していた可能性がある。分からない事が多いが、いつかはフォルトアに婚約解消の事を話さなければと考えているマナであった。
「そういや緋刃。イゼル様はまだだよな?」
「とっくに着いてるよ」
「はあ!?」
焦る事もなくさらっと言う緋刃に対し、マナ達は焦る。江月を長であるイゼルが来ているというのに、のんびり観光をしていたからだ。
「平気だよ。だって先代と話があるから、ゆっくり観光してカトレアって国を学んでから来いって命令されてるから」
命令ならば仕方がない。どことなく安堵したマナ達だが、やはり待たせる訳にはいかない上に、ツヅガが大きな声を出したのですぐに城に行かなければならない。
「ときに姫様、このような場は初めてでしたな」
「ええ、レイトーマではお兄様の命令で城に籠り切りでしたから……」
政にも参加させてもらえず、国民との触れ合いもない。マナにとって城は鳥かごのようだったのだ。会合では何を発言すればいいのだろうか。しかし今回は歴史の事実が待っている。初めての経験に心が躍るのだ。
「よろしいですかな姫様。今は江月の姫様とはいえ、王族である以上は王族としての振る舞いをお考えくだされ。お困りでしたら陛……カトレア前国王をお手本に」
若い国王では経験が足りない。ツヅガがマナにこっそりと耳打ちをすると、彼女は頷いた。
いよいよ会合が始まる。マナはようやく歴史の真実を知ることが出来るのだと、期待に胸を膨らませていた。





