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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
4章 歴史の真実

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2話 緋色の龍

 龍族の里、江月には大きな泉がある。ここでは龍の子が親と遊んでいるのだが、付き合いをしている雄雌の

 デートスポットでもあるのだ。江月の中にも食事処等、賑わっている市もあるが、落ち着きたい時は

 泉に来ることが多い。この日、旅館が休みなのでルティスとユズがフィリスを連れて来ていた。


「あー、何で休みの日にこの馬鹿の面見なきゃなんねーんだよ。しかも発情期の予兆出てるって噂じゃねーか」


「誰から聞いた、屑野郎」


「里の雌から。噂広がってるぜ? 相手は誰だってよ。素直に襲っちまえば楽になれるのによ、ヘタレだもんな~。あはははは!」


 緋媛が腰の刀に手を掛けた事で、いつもの喧嘩が始まった。イゼルから龍族の発情期の特徴を聞いたマナは、その夜よく眠れていない。まさか緋媛がマナに惚れているとは思ってもいなかったのだ。


 もしかするとフォルトアはこの事を知っていて、仮初の婚約者を演じていたのかもしれない。マナと呼んでほしいと言った時、自分でいいのかと問うたのはそういう事なのだろう。しかしそれではフォルトアに申し訳ない。彼がいいと言ったのに、罪の意識すら感じる。


「姫様、レイトーマにはどうやって行くのです?」


 フィリスを抱いたユズに問われる。どうやらフィリスはもう首がすわっているようだ。表情も豊かで、マナにも愛想を振りまいている。


「緋媛に乗って行くようにと、イゼル様が仰ってました。見れば分かると、あまり詳しくは教えて頂けませんでしたが……」


 背中におぶさるのか、お姫様抱っこされるのか分からないが、緊張で心臓が持つだろうか。フィリスを抱っこするマナは、そんな事を考えながらも子供の可愛さに心が奪われる。何故こうもムチムチなのだろう。ほっぺも落ちそうなぐらいプルプルしている。しかしついこの前見た時はまだ首がすわっていなかったのに、よく見ると既に腰も強くなっているようだ。


「きっと見ると驚くと思いますよ。とにかく大きいのでどうやって緋媛様の背中に登るか分かりませんけど、姫様でしたら驚くより、感動するかもしれません」


「それってもしかして、緋媛が龍の姿になるという事ですか!? あっ、いたっ」


 ゼネリアの時に感動したのだが、緋媛はまた違うのだろうか。興奮したマナの髪をフィリスが引っ張ると、ユズが手さぐりで小さな手を見つけ、力づくで引き離した。


「駄目よ、フィリス。すみません、姫様。この子は人間の姿をしていますが、成長も早く力も強いので、そういう所は主人の血を引き継いでいるみたいなんです。髪、抜けたりしていませんか?」


 頷いたマナは、そこでようやくフィリスが混血だと気づく。人間と龍族の混血は、見た目は人間と変わらない。ユズは何故異種族婚を受け入れたのだろう。興味が湧いた時だった。


「姫、さっさとレイトーマに行くぞ!」


「は、はい」


 焦らずとも、レイトーマから戻った時に話を聞けばいい。フィリスにバイバイをすると、にっこりと笑われた。可愛さにキュンとときめく。


「ユズ、姫様、こっちへ」


 ユズには肩に手を乗せ、歩く場所を誘導するルティス。泉の周りで遊んでいる龍族達も察したのか、周りから離れていく。しかし、随分離れ過ぎではないだろうか。戸建ての家が九軒密集したぐらいの広さだ。マナには緋媛がその真ん中にぽつーんと立っているように見えている。


「さてと……」


 緋媛の瞳が獣のようになると、全身が龍の姿に変化した。緋色に輝くその姿は、マナを一飲み出来そうな大きさである。


「これが……、緋媛?」


 思わず息を飲み、その場に立ちすくんでしまう。泉に来ていた龍族の子供達は彼の姿に感動し、その親達は緋媛の姿を立派だと褒めている。若者の雌はきゃーきゃーはしゃぎ、煩い、とルティスは嫌そうな顔をした。


「乗れよ、姫」


 地面寝るように顔を下ろした緋媛の声もいつもと違い、より深く低い。どこに乗るか分からないマナは、乗りやすそうな顔を登ろうとしていた。しかも、髭を掴んで。


「いってえ! 何で顔から登ろうとしてんだよ!」


「す、すみません」


「無能ルティスも突っ立ってねえで、登り方教えろよ」


 これにイラっとするルティスは反論しながらもマナに登り方を教えようとしていた。


「顔ぐれえ我慢しやがれ、クソ野郎。ったく、何で俺が……」


 教える事が面倒なルティスは、鬣を引っ張って上らせているが、足をかけるところがなく、マナはぶら下がってしまう。


「た、助けて……!」


「あなた」


 ユズに声をかけられたルティスは跳ねてマナを掴むと、そのまま緋媛の上に乗せた。するとルティスはユズの隣にすぐ降りる。一瞬たりとも緋媛に触れたくないと。


「姫様ー、適当に鬣をしーっかり掴んで下さーい。じゃねーと振り落とされますよー」


 ルティスの言うとおり、マナはぎゅっと鬣を掴む。


「夕方には戻るってイゼル様に伝えておけ、くそルティス」


「あー? めんどくせ」


 くすくす笑うユズは、ルティスにフィリスを抱かせた。嫌な顔をしていた彼は、息子を抱くとでれっとした顔になる。やはり父親。子供は可愛いらしい。


「振り落とされんじゃねえぞ、姫」


「はいっ」


 ドキドキと楽しみにしながら緊張していると、緋媛は空に向かって上昇し始めた。彼はマナの様子を気にしながら、徐々にスピードを上げて昇っていく。


(苦しい……)


 息が思うように出来ないマナだったが、昇り終えるとそこで止まった。


「ぷはっ!」


「先に言っとくけど、帰りは急降下するからな。人間に見られるとマズイんだよ。それよりさっさとレイトーマに行くぞ。しっかり掴んでろよ」


「……はい」


 一ヶ月振りに話した緋媛は、相変わらず答えたくない事に冷たい。だがそれが懐かしく、落ち着きと安らぎを感じる。やはり緋媛の傍にいたい。立派な龍の姿をしている彼の傍に――




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