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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
3章 隠された真実

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12話 閉ざされし大陸

 鷹の羽音が庭から聞こえる。カトレアに動きがあったのだろう。庭に駆けつけたイゼルは鷹にから書状を受け取り、その場で読んだ。


(……そうか。ネツキが国王になったのか)


 約束は果たさなくてはならない。日時はいつでもいいが、その前にマナに里帰りをさせようと考える。フォルトアと行くべきだが、ここは緋媛の方が話が早いだろう。警戒されずに城に入れるのだから。しかし、そのマナの気配が忽然と消えたのだ。


(おそらく姫がゼネリアに付いて行ったんだろう。ゼネリアはゼネリアで、行くなと言っても止めろといっても言う事を聞かない。困った子だ)


 行先は分かっている。いつも通り、ミッテ大陸に行ったのだ。彼女がやっている事は一つだけ--



 先へ先へと進むゼネリアの後を追いかけるマナ。何もないツルツルした更地かと思いきや、所々に草や木の苗が生えている。この大地に何があったのだろう。


「どうしてミッテ大陸がこんな事に……」


 歴史の書にも書かれていないミッテ大陸の謎。いつからこうなっているのか、龍族が住んでいた頃はどうなっていたのか。その謎は、ゼネリアの気まぐれで知る事になる。


「どうしてって、これはお前達人間がやった事だろ」


 怒りが少し混じっているその声色は、人間を憎んでいるようだ。しかしマナはそのような事は知らず、首を横に振る。


「そうか、そうだったな。歴史の全てを抹消したんだった。知らなくて当たり前か」


「全てを抹消? では今伝わっている歴史は何なのです? まさか嘘の歴史……」


 ゼネリアの歩みがとまり、マナに薄く微笑む。


「そうだと言ったら?」


 彼女は嘘をついていない。そんな気がする。ならば今まで信じてきた書物は何だったのか。嘘が伝わっているデタラメな書物は何の為に存在するのだろう。ネツキの目的である歴史調査の解禁は、その嘘を暴く事に繋がり、それは王室の信用問題にも関わる。


「……信じます。すでに一つ、嘘の歴史があったのですから。龍族が生きているという真実。何処までが嘘で、どこまでが真実なのか、何故真実を隠しているのか、この目で確かめなくてはなりません」


「歩いて、見て、聞いて確かめると? お前はそんな事しなくても、能力を完全に調整できるようになれば、世界の過去の全てを知る事が出来るのに?」


「それは、どういう――」


「そのうち出来るようになる。せっかくだ、あんたの知りたい事を三つだけ教えてやるよ。何がいい?」


 これはずるい。知りたい事が増えた時に制限を掛けるとは。能力を完全に調整する方法、世界の過去を全て知るという事、これだけで二つ消化してしまう。この大陸の謎や歴史を隠している謎を聞こうにも、三つだけでは足りない。何を聞こうか、指折り考えている。再び歩み出したゼネリアは、悩んでいる様子を面白そうに微笑む。


「で、では、人間が何をしたのですか? このミッテ大陸に」


 力の使い方だと思っていたが、そうではなかった。教えると言った以上、答えなければ。


「ここは元々生命力に溢れた森だった。人間がした事は異種族狩り。抵抗する異種族を追い込むために、この地に火を放ち、兵器や毒を使ってこの大地を汚したんだ。当時はもっと荒れていたが、今はこれでも良くなった方だよ」


 これより酷い様子がマナには浮かばない。世界の過去を全て知る事が出来るようになった時、その様子が見えるのだろうか。


「でも、向こうの森は生きていますよね?」


 マナ達が歩みを進めている方向にある森がそうだ。焼かれた様子など無い。もうすぐ森の前にたどり着くが、近くなるに連れて生命力が伝わってくる。


「あれも死んでいた。大陸全ての緑も人間に殺されたからな。……これで二つ目だな。三つ目は?」


 もう二つ使ってしまった。森の生死が二つ目の質問とされてしまったのだ。困ったマナは何を聞こうか頭を悩ませる。この大陸の昔の事も聞きたいが、どの道知りたい事が残ってもやもやしてしまうだろう。ならば婚約者のフォルトアの事を聞こうか。一ヶ月経ったが彼の事がよく分からない。しかしそれも勿体ない気がする。


「……そこに居て。動いたら潰してしまいそうだから」


 ある程度森に近づいた時、彼女はマナを置いてもう少し先へ進むと足を止めた。瞬きをすると、瞳に映るのは変化していく身体。大きな灰色の龍へと――


(本当に、龍族……! 凄い、これが本物の龍なのね!)


 感激するマナの横を突風が吹く。その風は目の前の龍の体を傷つけた。湧き出る血が地面にボタボタと落ちていき、一面に染み込む。すると大地から草木が芽吹き始めた。凄まじい勢いでぐんぐんと成長していく。龍の体を飲み込む程に。


 成長した木にそっと手を置くと、ドクンドクンと脈打っているのが分かる。上を見上げると、瑞々しい葉が音楽を奏でている。


「綺麗」


 思わず口に出してしまう程美しい森になったのだ。すると森の中から人間の姿に戻ったゼネリアが出てくるが、あまり顔色が良くない。以前、顔色が悪く倒れた事がある。


(もしかして、今みたいな事をやったから?)


 それならば納得がいく。恐らく血を流して貧血になったのだろう。


「この大地は、血を与えれば蘇るのですか?」


「いや、そういう訳じゃない。私の血が大地の薬になっているんだ。誰でもいいって訳じゃない。人間にも、純血の龍族にも不可能だ」


「純血?」


 繰り返し言葉にしたマナの声に気づいたゼネリアは、つい話してしまった事に気づく。


「純血ではない龍族もいるのですか?」


 混血だと気づかれていないらしい。自分の血筋を話したらどんな反応をするのだろう。他の者と同じように、離れていくに決まっている。


「……四つ目。質問は三つまで。後は教えない」


「そんな……! まだ知りたい事が沢山あったのに。この大陸も炎と氷の柱で閉ざされてる理由とか……」


 がっくりと落ち込むマナは、会話の流れでつい聞いてしまわなければ良かったと、残念に思う。


「……それだけ教えてやる。この大陸を、これ以上人間に荒らされたくなかったから。この地を再生して、いつか異種族()が安心して暮らせる大地になるまで、誰も入れたくない。人間も、異種族も」


 これは彼女の我儘なのか。大地を再生させるのに、彼女だけが苦労する必要があるだろうか。協力すれば、もっと早く再生するはずなのに。


「里に戻ろう」


 ゼネリアがマナの腕を掴む。触れているのに、知りたいと思っているのに、彼女の過去だけは見えない。


(知りたい。この世界の隠された真実を)


 嘘の歴史、閉ざされた大陸、閉鎖された国――これまで見た事を思い出しながら、マナの想いは膨らんでいく。









3章、終了です。

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