12話 閉ざされし大陸
鷹の羽音が庭から聞こえる。カトレアに動きがあったのだろう。庭に駆けつけたイゼルは鷹にから書状を受け取り、その場で読んだ。
(……そうか。ネツキが国王になったのか)
約束は果たさなくてはならない。日時はいつでもいいが、その前にマナに里帰りをさせようと考える。フォルトアと行くべきだが、ここは緋媛の方が話が早いだろう。警戒されずに城に入れるのだから。しかし、そのマナの気配が忽然と消えたのだ。
(おそらく姫がゼネリアに付いて行ったんだろう。ゼネリアはゼネリアで、行くなと言っても止めろといっても言う事を聞かない。困った子だ)
行先は分かっている。いつも通り、ミッテ大陸に行ったのだ。彼女がやっている事は一つだけ--
先へ先へと進むゼネリアの後を追いかけるマナ。何もないツルツルした更地かと思いきや、所々に草や木の苗が生えている。この大地に何があったのだろう。
「どうしてミッテ大陸がこんな事に……」
歴史の書にも書かれていないミッテ大陸の謎。いつからこうなっているのか、龍族が住んでいた頃はどうなっていたのか。その謎は、ゼネリアの気まぐれで知る事になる。
「どうしてって、これはお前達人間がやった事だろ」
怒りが少し混じっているその声色は、人間を憎んでいるようだ。しかしマナはそのような事は知らず、首を横に振る。
「そうか、そうだったな。歴史の全てを抹消したんだった。知らなくて当たり前か」
「全てを抹消? では今伝わっている歴史は何なのです? まさか嘘の歴史……」
ゼネリアの歩みがとまり、マナに薄く微笑む。
「そうだと言ったら?」
彼女は嘘をついていない。そんな気がする。ならば今まで信じてきた書物は何だったのか。嘘が伝わっているデタラメな書物は何の為に存在するのだろう。ネツキの目的である歴史調査の解禁は、その嘘を暴く事に繋がり、それは王室の信用問題にも関わる。
「……信じます。すでに一つ、嘘の歴史があったのですから。龍族が生きているという真実。何処までが嘘で、どこまでが真実なのか、何故真実を隠しているのか、この目で確かめなくてはなりません」
「歩いて、見て、聞いて確かめると? お前はそんな事しなくても、能力を完全に調整できるようになれば、世界の過去の全てを知る事が出来るのに?」
「それは、どういう――」
「そのうち出来るようになる。せっかくだ、あんたの知りたい事を三つだけ教えてやるよ。何がいい?」
これはずるい。知りたい事が増えた時に制限を掛けるとは。能力を完全に調整する方法、世界の過去を全て知るという事、これだけで二つ消化してしまう。この大陸の謎や歴史を隠している謎を聞こうにも、三つだけでは足りない。何を聞こうか、指折り考えている。再び歩み出したゼネリアは、悩んでいる様子を面白そうに微笑む。
「で、では、人間が何をしたのですか? このミッテ大陸に」
力の使い方だと思っていたが、そうではなかった。教えると言った以上、答えなければ。
「ここは元々生命力に溢れた森だった。人間がした事は異種族狩り。抵抗する異種族を追い込むために、この地に火を放ち、兵器や毒を使ってこの大地を汚したんだ。当時はもっと荒れていたが、今はこれでも良くなった方だよ」
これより酷い様子がマナには浮かばない。世界の過去を全て知る事が出来るようになった時、その様子が見えるのだろうか。
「でも、向こうの森は生きていますよね?」
マナ達が歩みを進めている方向にある森がそうだ。焼かれた様子など無い。もうすぐ森の前にたどり着くが、近くなるに連れて生命力が伝わってくる。
「あれも死んでいた。大陸全ての緑も人間に殺されたからな。……これで二つ目だな。三つ目は?」
もう二つ使ってしまった。森の生死が二つ目の質問とされてしまったのだ。困ったマナは何を聞こうか頭を悩ませる。この大陸の昔の事も聞きたいが、どの道知りたい事が残ってもやもやしてしまうだろう。ならば婚約者のフォルトアの事を聞こうか。一ヶ月経ったが彼の事がよく分からない。しかしそれも勿体ない気がする。
「……そこに居て。動いたら潰してしまいそうだから」
ある程度森に近づいた時、彼女はマナを置いてもう少し先へ進むと足を止めた。瞬きをすると、瞳に映るのは変化していく身体。大きな灰色の龍へと――
(本当に、龍族……! 凄い、これが本物の龍なのね!)
感激するマナの横を突風が吹く。その風は目の前の龍の体を傷つけた。湧き出る血が地面にボタボタと落ちていき、一面に染み込む。すると大地から草木が芽吹き始めた。凄まじい勢いでぐんぐんと成長していく。龍の体を飲み込む程に。
成長した木にそっと手を置くと、ドクンドクンと脈打っているのが分かる。上を見上げると、瑞々しい葉が音楽を奏でている。
「綺麗」
思わず口に出してしまう程美しい森になったのだ。すると森の中から人間の姿に戻ったゼネリアが出てくるが、あまり顔色が良くない。以前、顔色が悪く倒れた事がある。
(もしかして、今みたいな事をやったから?)
それならば納得がいく。恐らく血を流して貧血になったのだろう。
「この大地は、血を与えれば蘇るのですか?」
「いや、そういう訳じゃない。私の血が大地の薬になっているんだ。誰でもいいって訳じゃない。人間にも、純血の龍族にも不可能だ」
「純血?」
繰り返し言葉にしたマナの声に気づいたゼネリアは、つい話してしまった事に気づく。
「純血ではない龍族もいるのですか?」
混血だと気づかれていないらしい。自分の血筋を話したらどんな反応をするのだろう。他の者と同じように、離れていくに決まっている。
「……四つ目。質問は三つまで。後は教えない」
「そんな……! まだ知りたい事が沢山あったのに。この大陸も炎と氷の柱で閉ざされてる理由とか……」
がっくりと落ち込むマナは、会話の流れでつい聞いてしまわなければ良かったと、残念に思う。
「……それだけ教えてやる。この大陸を、これ以上人間に荒らされたくなかったから。この地を再生して、いつか異種族達が安心して暮らせる大地になるまで、誰も入れたくない。人間も、異種族も」
これは彼女の我儘なのか。大地を再生させるのに、彼女だけが苦労する必要があるだろうか。協力すれば、もっと早く再生するはずなのに。
「里に戻ろう」
ゼネリアがマナの腕を掴む。触れているのに、知りたいと思っているのに、彼女の過去だけは見えない。
(知りたい。この世界の隠された真実を)
嘘の歴史、閉ざされた大陸、閉鎖された国――これまで見た事を思い出しながら、マナの想いは膨らんでいく。
3章、終了です。





