11話 混血
マナと緋媛の関係が変わった。婚約という形でマナにはフォルトアが相手となり、緋媛は護衛を解任され、長期療養となった緋倉の穴埋めとして森番になったのだ。これに不満を示す者もいる。
「お姫様も可哀想だよねー。緋媛と結婚すると思ってたのに」
台所で昼食を作っているリーリが、水を飲んでいるゼネリアにこの数日あった事をベラベラと喋っている。
「でも意地悪な緋媛より優しいフォルトア様の方が絶対幸せだよ! リーリもフォルトア様みたいな素敵な旦那様見つけるんだー。ゼネリア様はどうなの? やっぱり緋倉様だよね? ねっ!?」
まだ十歳の子供故に、発情期の事を話すわけにもいかない。そもそも彼女とゼネリアは龍族とは少々異なるのだ。
「リーリ。マナに話したのか? お前とフィリスの血の事」
それまで元気いっぱいを飛び越えていたリーリの表情が曇る。
「……話してないよ。だって、お姫様に嫌われたくないもん。あっ」
味付けにうっかり醤油を入れ過ぎてしまった。彼女にとって満足できない味付けになってしまう。とりあえず水で薄めようとしている。
「嫌われたくない、か。そうだな、それもあるか。でもマナはそんな事ないよ。純血でさえ怖がらないんだ。リーリとフィリスなら平気だろ。思い切って言ってみたらどうだ。龍族と人間の混血だって」
「うーん、ゼネリア様がそう言うらな……。ねぇ、それよりゼネリア様の気にしてる事って何? お母さんもイゼル様も、みんなゼネリア様の事を特別とか特殊だって言うの。ゼネリア様も純血なのにね」
「……リーリ」
子供故に聞いてしまう事は、大人にとって明かしにくい事も多い。ゼネリアにとってその事は里の中でも触れる者は少なくなったが、過去に受けた傷は残っている。
「私はね、お前達に近いけど、半分違う。だから里の者は私から離れていくんだ。きっと私の血筋を知った時、リーリも離れていくよ」
彼女の苦しむ表情を見た時、リーリは調理の手が止まった。初めて見たのだ、その表情を。彼女でも苦しむ事があるのだと気づいた。台所から飲み物と箸を食事をする部屋に持っていたゼネリアは、昼食が終わった後も暗い表情をしていた。
その様子が気がかりだったマナは、緋媛に相談しようと考える。しかし彼はもう護衛ではなく、森番で里の外に出ているという。フォルトアは何やらイゼルに話があるらしい。頼れる者はいないので、思い切って庭で黒猫と戯れるゼネリアに声をかける事にした。
「ゼネリア、隣に座っていいですか?」
「……勝手にしろ」
嫌われているのだろうか。視線も言葉も冷たく、会話もない。何か話題を作らなくては。まずは猫の話題から入ろう。
「その子の名前、何て言うんですか?」
「クロ」
普通だった。これでは名前の由来を聞く事も出来ない。第一の話題に失敗し、落ち込むマナを横目でちらりと見るゼネリアは、彼女に以前聞いた疑問を投げる。
「あんたの目に、私はどう映ってる? 人間でなければ、何だと思う」
マナは温泉で問われた時からこの答えを考えていた。何故そんな事を聞いてきたのか。人間でないなら龍族だろう。だが、それは本当に彼女の望む答えなのだろうか。
「緋媛達と同じ龍族、だと思っています。でも他の方々より、どこか寂しく、哀しいように感じます。どうして緋倉の傍にいないのですか。あの方は、貴女が倒れた時、愛しそうに抱いていました」
つい熱が入ってしまった。しかしあんなに愛されながらも、今も診療所にいる緋倉の傍にいようとしないゼネリアも理解できない。
「知ってるよ。あいつの気持ちも、体も、このままだと先が短い事も」
「それなら何故……!」
「私みたいな血筋といると、あいつまで里の連中に嫌われる。それだけだ」
立ち上がったゼネリアの腕を掴む。それはただの思い込みかもしれないと、もう少し話をしようとした時だった。
「……触れるからこうなる」
周りの景色が変わった。これは以前体験した事と同じ、緋媛か緋倉が言っていた空間転移というもの。ここは何処だろう。更地しかない。しかし周りは天まで届くほどの氷がぐるりと張り巡らされている。
「もしかしてここ、ミッテ大陸……? あっ、待って下さい!」
マナに構わず草一本生えていない平地を歩いていく彼女を、マナは追いかけていった。
その頃緋倉は、診療所でのベッドで寝転んでいた。自分が死んだら弟達はどうなるのだろう。緋媛はともかく、緋刃はまだ精神的に幼い。いや、そういう意味では緋媛も心配である。今この里にいない父親を前にするとすぐにカッとなってしまうのだ。その緋刃は一度も父親の顔を見た事がない上に、弟達には発情期の事を教えていない。
(死ねねーよ、心残り多すぎて。特に――)
「緋倉くん、これ飲んでみて!」
今度は何を混ぜたのだろう。新しい薬を作っては試しているが一向に良くならない。鼻息を荒くして早くその効果を確かめたいコーリの前で、しぶしぶ薬を飲もうとしたその時、激しい吐血が襲い、手で口を覆った。
「わわわっ! ヤッカちゃんに知らせなきゃ!」
その手で口の血を拭い、ベッドにドサリと体を沈める。
(血か……。死ぬわけにいかねぇ。あいつを……龍族と魔族の混血のゼネを残して逝けねえよ)
森の外で捕まえた時に彼女が涙目になっていた理由は未だ分からないが、これだけは分かる。きっと彼女は、自分が何時死ぬのか、先を知ってしまったのだろう。





