7話 銀の瞳
エルルの脇腹の傷が塞がり、傷跡も綺麗に消えた。体力が落ちている為、薬華は一日安静にしているように指示している。明日には江月を発てるだろう。
エルルの側にいたいが、江月で感じた矛盾を知りたい気持ちの方が強い。彼女はそんなネツキの思いに気付いていた。
「ネツキ様、ずっと付き添って下さってありがとうございます。私は平気ですから、ネツキ様のしたい事をなさって下さい」
「いいのか? その間、マナといるが……」
「ネツキ様を信じてるから」
微笑むエルルをぎゅっと抱きしめると、ネツキはマナに会うために部屋を出た。
マナはどこにいるのか。廊下をうろうろと探していると、ゼネリアに会った。彼女は森の中でエルルと野盗に襲われた時緋刃と共にいたのだが、すぐに去ってしまったのだ。故に何を話せばいいかわからず、視線も反らせない。冷たい視線のゼネリアにマナの事を聞いてみる。
「マナを捜してるんだが……」
「向こうの書庫にいる」
指を指すと、彼女はスタスタと去って行った。教えてくれただけ有難いが、ネツキにとっては絡みづらい、苦手なタイプである。言われた先へ行き、中へ入ると書物が山のようにあった。中には年季が入り過ぎてボロボロになっている物もある。マナは入り口に背を向けて、奥の方で座って本を読んでいた。そーっと近づいたネツキは、マナの肩に触れると――。
「何読んでるんだ?」
肩をビクッを震わせて振り向いたマナの瞳は輝く金色。驚いて手を離して一度瞬きをすると、マナの瞳は正常な色に戻った。
「今、目の色が変わってなかったか?」
「いえ、気のせいです」
目を反らして答えるマナの肩を掴むと、やはり彼女の瞳は金色に輝く。久しぶりに彼女と再会した時も瞳の色が変わっていた事もあり、ネツキは確信する。
「やっぱり……!」
「は、離して下さい!」
ドンとネツキを押して離れ、真っ赤になっているマナは、彼がエルルと過ごした過去を見てしまった。それも船での出来事で、二人がベッドでイチャイチャしている瞬間をだ。いつもは見ているだけなのだが、この時は違った。エルルをどれだけ想っているか、感情が流れてきたのだ。
「どうなってるんだ? その瞳……」
「……生まれつきの体質で、人に触れられると瞳の色が変わるんです」
これは嘘ではない。これが原因で人に触れる事を禁じられてしまったのだから。過去が見えると知られたら、ネツキの事だ、世界の理に辿り着くかもしれない。この国で知った事は秘密にする。それを守らねば。
「この事は内密にしてください。知られてはいけないので」
「ああ、そうだな。金の瞳は分からないしな……」
ネツキの言っている意味が解らない。マナが首を傾げる。
「実は、カトレアにはこういう言い伝えがあるんだ。銀の瞳は禍の証。関わってはいけない……とな」
「銀? 金ではなく? 禍とは一体……」
自分自身、過去の扉を開く事が出来る存在だという。禍と呼ばれれるならば、その力を持つ自分の事ではないかと考える。過去を変える事が出来てもおかしくない。だが瞳は金だ。銀ではない。
「これはもう何百年も前の話らしいんだが、銀の瞳を持つ者は預言者だったそうだ。人に触れるとその人の未来が見え、この先何が起こるか、何をすればいいか、助言をしていた人がいた」
未来が見える。過去を見ることが出来るマナとは真逆である。もう一人の世界の理、破王の事だ。
「もちろん人々は喜んだらしい。結婚相手は誰か、望んだ職業に就けるのか……。多くの人が押し寄せたそうだ。ただ、中には悪い事を企む人もいたんだ」
「学問のテストで答えを教えて欲しい、とかでしょうか。」
「そんな可愛いものだけじゃない。貴族の集会には何人ぐらい集まるかという質問には、別の日になったから誰も集まらない、と答えた事があるそうだ。実際には予定変更など無かったけどな」
「もしかして……」
「そう、貴族虐殺を企んでいたんんだ。預言者にはそれが見えていたんだろうな。事情を兵士に説明した預言者は、その時の国王、俺の先祖に認められて国の予言者になったらしい」
「素敵な能力ですね。人の命を救う事になるって素晴らしい力です」
未来を見る事が出来るなら人々の役に立てる。それならば自分もいろんな人と触れ合う事が出来たかもしれない。羨ましさもあるマナの瞳が輝くが、ネツキの瞳は暗い。
「……そうですね。ただ、その頃から国王の体調が悪化しはじめたんだ。預言者に何時頃良くなるのか聞くと、側近が毒を盛っているからそれを止めないと良くならない。その夜に国王を殺しにくるだろう。そう予言したんだ」
「止められたのですよね?」
「国王は殺されなかった。代わりに妃が殺されたんだよ」
マナは絶句した。最悪を回避したはずなのに、なぜ死者が出るのか。
「実際は、側近が兵を抱き込んで反乱を起こしたんだ。確かに国王を殺しに来たんだが、妃が国王を庇ったんだよ。国王は預言者を責めた。こうなる未来は見えなかったのか、お前のせいで妃が殺されたと。……その預言者は打ち首になったと言われている。それで国が傾きかけた事があるから、カトレアでは"銀の瞳は禍の証"と言われているんだ。今思えば、預言関係なく起きたと思うけどな」
マナは考え込む。自分の力は過去に行くことも出来る力でもある。未来を見る事の出来る人は未来に行くことが出来るのではないか。未来を知ることが出来れば、いや、未来を知る力を持っていれば、父も母も死ぬ事はなかったのではないか。
(そう言えば、破王となる方はどなたなの?)
「あなたの瞳は綺麗な金色に輝く。ただの体質だと言うのなら、信じるよ」
「…………」
未来を変える事が禍だというのならば、過去を変えてしまう事も禍になるのだろう。そう考えると、マナは自身の力が恐ろしくなってきた。





