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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
1章 江月とレイトーマ(旧:世界の人々)
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1話② レイトーマ師団総師団長ツヅガ・アルバール

2018/10/25 改稿

(人間との付き合いも面倒だ)


 そんな事を考えている緋媛が私室に入ろうとドアノブに手を掛けた時、レイトーマ師団総師団長ツヅガ・アルバールに「緋媛」と名を呼ばれた。

 長い白髭がある為に年老いているように見えるが、実は相当鍛えられている老兵。レイトーマ師団総師団長の肩書に相応しい、心の広い器の持ち主だ。

 そんな彼、生まれつきだろうが困った顔つきをしている。その上、時々湿布の匂いがするので腰痛が辛いらしい。時々、とんとんと腰を拳で叩いているのだから。


「わしの私室に来れるか」


 くいっと左手で位置を直した片眼鏡が光り、総師団長の命令だと言いたそうな顔だ。


 年中マナのお守りをしている緋媛は、昼休みだけが貴重な休み時間であり、独りゆっくりすごせる時間なのだ。

 故に、「食って雑務を片付けたら昼寝をしたい、貴重な休み時間を削られてたまるか」等、タダ働きはしたくない性分でもある。


「そう嫌そうな顔をするでないっ。食いながら用件を伝えよう」


 やや涙を目に浮かべたツヅガの皺が目立つ手には、書状らしきものがある。この事で緋媛に相談したいらしい。


 通常は上官に当たる総師団長のツヅガが呼べば、どの時間でも駆けつけるものだ。しかし、緋媛の場合は国王より「マナの護衛が最優先」との命令が下されているため、たとえ師団の長の命令だろうと彼女の許を離れる事は許されない。唯一、食事の時だけ自由を与えられているのだ。

 ツヅガはその隙を狙って、彼に声を掛けるようにしているのだった。


 要件は手に持っているモノだと察した緋媛は、仕方ないと言わんばかりに目を細める。


「その手に持ってる書状の件でしょう? 用件言ってる分の残業代くださいね。これ以上のタダ働きは嫌ですから」


「わ、分かっておる! 相変わらず生意気な部下じゃ」


 王族への書状は全てツヅガが確認してから渡す事になっている。どうやらこの書状、国王宛らしい。

 緋媛に相談するという事は、隠密や情報師団長に相談出来ないほど困った事なのだ。



 総師団長の執務室は広い。大量の書類を裁く広い机に座り心地の良さそうな椅子、来客用の柔らかいソファー、鏡のようになるまで磨かれたテーブルが置かれ、壁には一面書類がびっしりと並べられている。ツヅガは椅子とソファーに対して「腰に悪いんじゃああ!」と泣きながら訴えたという。

 そのテーブルが汚れないようランチョンマットが敷かれ、既に二人分の食事が用意されていた。この日の昼食は「七種類の野菜サラダ」と「オニオンスープ」、肉がたっぷりと乗った「丼」。この老兵、最初から緋媛を呼ぶつもりであったのだ。

 いそいそと席に座る憎めない老兵のツヅガは、爺の部類でありながら可愛らしい上目使いで緋媛を見つめ、「さ、席に着くのじゃ」と一緒に昼食にしようと、視線で訴えている。

 緋媛は面倒くさそうな表情を浮かべながらも、渋々席に着いた。


「姫はどういう男性が好みかのう」


 スープを一口口にした緋媛は、ツヅガの発言に噴出しそうになった。何とか言葉もスープも飲み込みはしたものの、「何言ってんだこのおっさん。姫と結婚したいのか? ムリムリ」と、鼻で笑で笑いながら哀れな目をしている。

 ツヅガには妻も息子も孫もいる。時々彼の言動が可愛いと、ごく少数の女性兵士やメイド達に人気なのだ。だがマナは違う。彼女は「ツヅガは我が国の誇る、立派な総師団長です」と言い切り、男性としてではなく、レイトーマ師団の一人としてしか見ていない。


「むっ! なんじゃその目は! わしが姫の惚れているとかじゃないからな!」


「いやいや、あんたからそんな話が出てくるとは思ってなかったからな」


 他者の視線がない時、緋媛とツヅガは友達のように壁がなくなるのだ。廊下では誰の視線が飛び交っているかも知れないため、体裁だけは上下関係が成り立っているように見せるようにしている。

 レイトーマ師団はツヅガの代になってから、ゆる~い上下関係となってしまった。他国に甘く見られないよう、これを正すべきだと緋媛から訴えた事がきっかけで、まずは自分達が見本を見せようとしたという。実際、効果は薄いが着実に引き締まってきているらしい。


 んー、と頭の中にこれまでのマナとの会話を思い出した緋媛は、あまり深く考えずサラダに手を付けた。


「姫はどうだろうな。何せ会う男が城の中だけだし、そういう話をした事ねえや」


 若い女子(おなご)がこんなひねくれた顔だけの男に、そんな惚れた腫れた等話すはずがない。そう結論付けたツヅガは、生意気な緋媛に話すべきかと少し悩みつつ、自身の想いを吐き出した。


「……これはわし個人が先代の国王陛下と話していたことなのだが、姫様には自由に生きてほしいのじゃ。この城に閉じ込められている理由も知っておる。お前さんもじゃろ? 姫様のあの銀の瞳、人に触れると変わるあの瞳のせいじゃ……。普通ではないから軟禁されておる。それと、大きな声では言えんが、現国王陛下がの……。とにかくわしは姫様を外の世界に羽ばたかせて差し上げたい。江月に敵意がなければ、この縁談もいいと思っておる」


 あまりに熱の籠ったツヅガの話に、緋媛は「何だよ、話って江月からの縁談か」と黙々と食べ続ける。

「国の一大事なのだぞ!」と食べかすを飛ばしながら反発するツヅガに、歳をとってもこうなりたくないと思う緋媛であった。

 肉の丼を食べながら「姫様の危機じゃぞ!」と叫ぶツヅガは、米粒を緋媛の顔に飛ばしながら熱弁を続ける。


「江月は閉鎖的な国じゃ。何を考えているかも分からん。国王陛下は拒否するだろうが、江月が報復する可能性も捨てきれん」


 黙って顔を拭く緋媛の返事はなく、真顔。肩の力が抜けたツヅガは、言いたい事は言ったというような、すっきりした表情だ。


「じゃが、縁談の話は姫様のお心次第じゃ。緋媛、お前さんはどうじゃ?」


 緋媛はほんの少しだけ()()()()()をした。というのも、江月が報復などしないと()()()()()からだ。正直に知ってると答えてしまえば、怪しまれる。()()()()()()が、明るみになってしまうかもしれない。それだけは避けなくてはならない。

 ツヅガには悪く思いつつも、緋媛は()()()()都合のいい方向へ進むよう、しらばっくれながらも個人的な感想として述べた。


「俺としては、国王がなんと言おうと姫が良しと言うならそれでいいと思うな。まあ、そん時は俺も姫に付いて行くけどな」


 その瞬間、ツヅガは食事ではなく、笑い飛ばす緋媛に食らいついた。今度は口に含んだサラダを飛ばしながら。


「それは困る! お前さん抜きで特別師団はどうなるんじゃ!」


泣きつくツヅガに、(きえね)えな! と顔を腕で拭いながら、いつまでも俺に頼るなと苛立つ緋媛が反発した。


「仕事の殆どが雑務じゃねえか! 俺じゃなくてもいいだろ。あんたの息子にでもしろよ」


「そうか、たまにはそっちを体験させるとするかの」


 両手の人差し指をちょんちょんと付けてしょんぼりするツヅガ。口ではそう言葉で言っても、気持ちは本意ではないらしい。


 アルバール一族は二百年以上レイトーマ師団に仕え、総師団長となり国を支えてている。ツヅガも例外なくその一人であり、彼の息子もレイトーマ師団に属しており、その孫もレイトーマ師団に入るために修行中なのだ。

 男家系のアルバール一族だが、過去一度だけ女性が生まれた事があるらしい。家系図に記されていただけのため、彼女の性格は分りはしないが、間違いなくツヅガのような女性ではないだろうと推測されている。

 だがもしかすると非番の日や軍から離れた後は、彼のような性格だったかもしれない。無論、推測でしかないが。


 今度はツヅガ、師団長さながらのきりっとした表情に戻った。


「そうなるとお前さんがいなくなるのは痛手じゃが、姫の事を考えると、それでいいのかもしれんのう」


「面倒なおっさんの話し相手をしなくて済むしな」


 丼の中を口の中に頬張る緋媛言われたツヅガが「それ、わしの事!?」と涙目になる。片眼鏡の淵にぷかりと大粒の涙が浮かんだ。

 そういうところが面倒なのだと、口をへの字に曲げた緋媛が呆れながら言った。


「他に誰がいるんだよ。とにかく姫には縁談があったらって聞いとくわ。あんたは国王に打診してくれ」


 食事を終え、油に濡れた唇を左の親指でふき取りながら立ち上がった緋媛は、てくてくと扉に向かう。


 兵士の食事とはいえ、やはり王国のシェフが作る料理は違う。スープは胃の中でさっと消えていくような軽さ。サラダは自然の素材を生かすような味付け。丼は重くも軽くもなく、口の中で溶けて白米をコーティングするような味だった。

 それでも時々、()()で口にする料理が恋しくなる事がある。


 おそらく近々、()()()()()()()故郷に帰る事になるだろうと、そんな事を考えながらドアノブに手をかけた時、「待て緋媛」という、まだ話は終わっていないと言いたげなツヅガに声を掛けられ、緋媛の足が止まる。

 今度は何だと振り向いた時、一つの皿をいつの間にか手にしたフォークで指し示す。


「お主、そのケーキは食わんのか」


 ツヅガは至って真面目だ。真剣にこの問いをしている。

 ところが緋媛は答える事なく踵を返し、執務室を出て行った。




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