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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
3章 隠された真実

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6話 朝の鍛錬

 エルルの傷が完治するまで三日掛かるという。一日経過したため、残りの二日をネツキ達は江月で過ごす事になった。診療所はもう出てもいいという事で、イゼルの屋敷にいる。ルティスの温泉は空きが無かったそうだ。


「おはようエルル。調子はどうだ?」


 ネツキが彼女の体を起こし、優しく片付けをする。


「昨日より良くなりました。薬華さんのおかげ」


 脇腹の傷はすっかり塞がっていた。この国の医療はどうなっているのか、それが素晴らしいものならば、その技術を国に持ち帰りたい。ネツキはそう考えたが、閉鎖された国の江月がそれを許すだろうか。その時、足音が聞こえた。エルルは布団の中に隠れてしまう。やって来たのは壺を持った薬華だ。


「あたしだよ、エルル」


 布団からそっと顔を出し薬華の顔を確認すると、エルルはホッと安心した。薬華はエルルの側に座り、壺の蓋を開ける。


「塗り薬ですか?」


 ネツキが聞く。


「そ。不思議なんだろう? これで傷が塞がるって。あたしの特製さ。傷に塗ると、その近辺の細胞を活性化させて、組織を再生、構築する。治りは早いけど、体に負担がかかるから安静にしていないといけないんだ」


「そんな薬、カトレアにはない……」


 何とか製造方法を聞けないだろうかと、ネツキが言おうとすると、薬華は見通していた。


「だろうね。言っとくけど、これはダメだよ。教えられないのさ。理由は言えないけどねえ」


 薬華が薬を片付けると、廊下からリーリの忙しそうな声が聞こえてきた。廊下を右に左にと走っている。その様子に、ネツキは唖然となった。そう言えばあの子は茶菓子を出した子だ。この国はあんな小さい子まで働いているのか。


「あれはあたしの娘のリーリさ。世話好きの働き者だよ。あの子は好きでああしてるんだ。嫌ならやらなきゃいいだけだし、止めはしないよ」


 リーリは部屋が汚いのが嫌なため、自宅でも屋敷でも家事全般をしている。その為、屋敷内の事は主のイゼルでさえも頭が上がらないのだ。


「今は、お洗濯してるんですか?」


 エルルが聞くと、薬華は答えた。


「いや、イゼル様達にタオルを届けに行ってるんだ。丁度いい、姫様も見に行ってるし、二人もどうだい? イゼル様達の鍛練、見に行かないかい?」


 どんな事をして鍛えているのか、興味のあったネツキはエルルと共に見学する事にした。



 道場では、木刀を使ってイゼルとフォルトアが対峙している。中にはバタンと倒れて屍状態の緋刃と、汗だくになりながらも瞳を輝かせている緋媛がいた。


(誰?)


 先日見せた堅苦しい空気の緋媛ではない。子供のように瞳を輝かせている姿は、誰もが最初はそう思うのだ。マナが三人に気づき、互いに挨拶をする。やはりエルルは恥ずかしそうに隠れてしまう。


「イゼル様ってお強くて素敵ですね。緋媛もとても強いのに、あっさり倒してしまいました。それに、倒した後も相手を気遣うんです」


「そうだろ? 汗も滴るいい男だろ? ああ、それを言ったらそいつらもいい男になっちまうねえ」


 鼻で笑いながら嫌味を言う薬華の事など、憧れのフォルトアを見ている緋媛の耳には入らない。緋刃はと言うと、イゼルとフォルトアの勝負が気になっている。


「ちっ、聞いてない。……そこに座って見るといいよ」


 薬華が指したのは緋刃の隣。緋刃の横顔を初めて間近で見たネツキは、彼の集中力が凄まじい事に気付く。一瞬たりも見逃してはならない、そんな気がした。


 その瞬間聞こえるのは、木刀がぶつかる音。目が追いつかないぐらいの速さで打ち合っている。それも、無駄のない最小限の動きで、木刀同士の音は煩いと感じない。


 すると、フォルトアが飛んでいき、壁にぶつかった。なぜ飛んでいったのか、ネツキには見えなかった。


「ぐっ!」


「ふぅ……」


 暑くなったのか、イゼルは上の道着を脱ぐ。エルルとマナは顔を赤くして視線を逸らし、薬華はにたにた笑っている。


「残念。自信あったのになあ……」


「急所を狙ったんだが、ずらすとはな。お前も腕を上げたようだ」


 イゼルがフォルトアの元へ行き、彼に手を出して立たせた。


(国王が自国の民を本気で倒そうとするのか。いや、これは鍛錬だ。まさか本気な訳ないだろ)


 マナはリーリが置いていったタオルを持ち、イゼルとフォルトアに手渡す。殴っても流れる汗。タオルを首にかけた。


「朝は普段、こういった事をしている。本当は真剣を使ったもいいんだがね、怪我をするとリーリに怒られるんだ」


「お怪我すると心配ですもの」


「いや、屋敷が血で汚れると言うんだ。面白い子だろう?」


 と、イゼルは笑うが、リーリの怒るところが違うのではないだろうか。実はマナ、こっそり道場に来た事がある。その時の疑問を聞いてみた。


「あの、その木刀のなのですが、とても重いものと軽いものとあるのは何故ですか? 見た目は全く同じなのに……」


 それに興味を示すネツキは、エルルと共にマナに近づく。イゼルが持っていた木刀をネツキに差し出すと、彼はそっと手を出した。


「離すぞ」


 イゼルが手を離すと、ネツキはとんでもない重さで腰が抜けそうになる。一体何キロあるのか分からないが、成人男性一人分の重さをはるかに超している。踏ん張っても持ち上げられない木刀を、イゼルは軽々と片手で持ち上げ、振り回していたのだ。おそらくフォルトアも、座っている緋媛と緋刃も同じだろう。


 ネツキが持っていた木刀をイゼルがひょいと持ち上げると、肩にかけ、ふっと笑った。


「木刀自体は普通のものだが、俺の術で重くして強度を上げている。普通の物は軽すぎるのでな、そうしているんだ」


(術って……。普通じゃねえよ、この人)


 ネツキは思う。人間は術なんて使えず、木刀を軽すぎるなんて言う事はない。森の中で緋刃とゼネリアがネツキ達を助けたとき、突風が襲ってきた人達を斬りつけたのだが、あまりにもタイミングが良かったため、これも術だったのかと疑ってしまう。


「さ、片付けて居間に行こう。そろそろリーリが包丁を振り回す頃だ」


 何故マナは何も問わない。自分と思考が似ていると思っていたが、この事に何も疑問を抱かないのか。普通の人間は術など使えないというのに。あのお喋り緋刃に聞けば言ってくれるかもしれないが、うっかり喋らせなければ口を割らないだろう。これまでの経験から、緋刃は怪しい事や気まずい事はすぐ逃げるのだ。


 何も知らないネツキは、残りの時間でどれだけ江月の秘密を知ることができるのだろう。



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