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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
3章 隠された真実

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5話 残された時間

「エールールちゃん、こっち向ーいて」


 薬華の診療所で、エルルと緋倉のベッドは隣同士。一度会った事あるから大丈夫だろうと声を掛けるが、エルルはひたすら無視している。塗られた薬の痛みで泣いてしまったが、その痛みは引いてきた。しかし、体を動かすのが辛い。その上隣の緋倉に悩まされている。


「駄目だよ緋倉くん、大人しく寝てなさいってヤッカちゃんが言ってたでしょ」


 もじゃもじゃ髭で片眼鏡をかけている男が言う。彼は薬華の旦那でありリーリの父コーリ・クロイル。普段は弱気なところが特徴なのだが、研究熱心な男なのだ。


「だってよぉ、ゼネは一度も顔出さねーし、俺の可愛い弟達は心配してねーんだぜ? こうなったらエルルちゃんと仲良くならないと損だろ!」


 エルルは布団を深く被って嫌がっている。コーリは片眼鏡を拭きながら緋倉の様子をじっくり観察した。


「うーん、それだけ元気なら暫くは大丈夫だね」


「だからもう平気だって」


「駄目だよ。ヤッカちゃんの診断は間違いないんだから、絶対安静にしてなきゃ殴られちゃうよ」


「何だよー」


 ぼふっとベッドにふて寝する緋倉。こんなに元気そうなのに、どこが悪いんだろう。エルルは彼が船の中で具合が悪くなっていた事をすっかり忘れていたのだ。するとそこへ、緋刃とネツキが飛び出してきた。


「エルル、具合はどうだ? 傷は? 離れて悪かった」


「大丈夫」


 ようやく口を開いたエルルにネツキはすぐ抱きつく。人見知りの彼女の変わり身に、緋倉は唖然となる。


「そこの倉兄(くらにい)に何もされなかった?」


「……うん」


「おい、久々に会った兄を何だと思ってんだ! エルルちゃんも何その間!」


 診療所が賑やかになり、ふっふっふっと不気味な笑いをするコーリは、顕微鏡を覗きながら薬品を垂らしながら研究をしている。主である薬華はというと、緋刃達とは入れ違いでイゼルの屋敷に向かっていた。時々聞こえる話し声は、彼女の心を抉る。


「いつになったらミッテ大陸に還れるのかしら」


「あの子のせいで近づく事も出来ない」


「さっき他の人間もいたわよ。何をされるか……」


 そんな声を聞きながら歩を進めた薬華は、イゼルに()()()()をしに来たのだ。彼の私室の襖がわずかに開いており、そこから見る様子はなかなか堪えている。


「薬華か。何の用だ。今、誰かと話す気分じゃない」


「奇遇だねぇ、あたしもだよ。昔の事を思い出しちまってね……。それより、緋倉の事で報告がある」


 報告となれば話は別だ。どんよりした空気が引き締まる。その内容は緋倉が受けた毒の事。思ったよりも厄介な代物で、手持ちの薬が全て使えないという。


「あの毒、昔いた奴のとそっくりなんだ。最初に症状が出た後は大人しくなって、そこから徐々に内部が侵される。そして最後にドカーンってね。でもそいつのよりもっと強力でさ、今コーリと解毒剤を作ってるけど、それまで持つかどうか……」


「ダリスから解毒剤を手に入れた方が早いかどうかも、緋倉の体力次第か」


「そうだけど、危険を冒してまでダリスに行こうってのかい?」


 もう誰も失いたくない。その為には自分がやるのがいいのだが、()()里から離れると怒る奴がいる。自ら里を離れる事は、そいつを裏切る事に等しい。


「……イゼル様、あなたは心優しい。争いを好まず、話し合いで解決しようとする。話し合いで解毒剤を譲ってもらおうとしても、今回は相手が悪い。レイトーマの時とは違う」


「それは分かっている。レイトーマの一件も俺は納得できず、結局お前達に一任した。どうも俺は、血が飛び交う判断は苦手でね……。まあいい。解毒剤はお前達を信じて任せる。緋倉の森番を外し、解毒剤が仕上がるまで大人しくさせよう」


 しかし里を大切に思う緋倉が大人しくしてるだろうか。今でさえも見張っていなければ診療所から抜け出そうとするのに。


「それを言ったところで、あの子には無駄だろうねぇ。今頃研究に没頭してるコーリの目を盗んで、ゼネリアのとこに行ってるだろうさ」


 薬華の予想は的中していた。


 ネツキとエルルがべたべたくっつき、緋倉は緋刃からカトレアの良い所を飽きる程聞かされていた。顕微鏡に夢中なコーリの後ろをごく自然に横切る。外に出たら後は森の中で愛しの彼女を探すだけだ。


「ああっ! 緋倉くんがいない! ヤッカちゃんに怒られるう」


 こんな叫びもどうでもいい。自分が今したいのは、少しでも彼女と一緒にいる事。きっと今もいつもの木の上で周りの様子を気にしながら寝ているんだろう。

 ――ほら、見つけた。


「ゼネー!」


 緋倉の声に下を見下ろすが、反応はいつも通りそっぽを向かれるのは日常茶飯事。木の上に登ると、ようやく体を起こすが顔を見ようとしない。


「何だよ、せっかく会いに来たのに顔ぐらい見せろっての」


「診療所に戻ったら見せてやる」


 照れ隠しのように見える緋倉から咳が漏れると、ゼネリアがそーっと彼を覗くように顔を動かす。その時、木の枝が折れてしまった。着地したゼネリアだが、緋倉は地面に仰向けで倒れている。


「緋倉……?」


 毒の影響で着地出来なかったのだろうか。来たと気づいた時、降りてやればよかった。震える手で彼の頬に触れようとした時――


「つーかまーえたっ!」


 ぎゅっと抱きつかれた。


「やっぱお前、小さくて可愛いなー。もっとよく顔見せ――」


 涙目になっていた彼女の表情に驚き、言葉も出ない。いつも何を考えているのか顔に出さないのだが、この時は分かった。悪いいたずらをしてしまった自分に反省し、優しく抱きしめる。


「……悪かった。洒落になんねーよな、こんなの」


 拭いた風が木の緑を散らしてゆく。まるで自分の残りの寿命を示すように――



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