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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
3章 隠された真実

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4話 国王になる目的

 ネツキとエルルが見つかった。大怪我を負ったエルルは薬華の診療所で手当てを受けているという。ネツキは彼女の傍に居たいと訴えていたが、薬華に邪魔だと言われ追い出されたのだ。彼は今、イゼルの屋敷の一室にいる。


「エルル……。傷跡が残らなければ良いが……」


 その一室にいるのは彼の他にマナ、緋媛、イゼル、緋刃の四名。初めて見る可愛らしい顔の男は誰だろうと思うマナは、緋刃と初対面だ。彼はマナの隣で胡坐を掻きながら、両手を後ろについて座っている。マナは丁度兄弟に挟まれているのだ。


「結構酷かったねー」


「そんなに酷いんですか?」


 身なりも良い女連れだったため、密猟者に襲われたという。ネツキを狙ったはずの密慮者の矢が、エルルの脇腹を抉ったのだ。緋刃が見つけたのはその時である。


「大丈夫だって、ヤッカ姐さんに任せておけば。一週間ぐらいで綺麗に治るよ」


 にかっと能天気に笑う緋刃に、若干苛立つマナとネツキ。脇腹が抉られているというのに、一週間で治るはずがない。


「ヤッカならもっと早いだろ。三、四日で十分だろ」


媛兄えんにいが言うならそっかぁ」


「媛兄!? あなた、緋媛の弟なんですか!?」


 全く似ていない。緋倉にも。どこか似ている所はあるかと緋刃を観察してみる。


「そうだよ。片桐緋刃。姫様って噂通り可愛いねー。綺麗な灰色の瞳でパッチリしててさ、いいなぁ。こういう子がいいんだよなぁ、俺。ねぇ、イゼル様。姫様の相手に立候補していいかな?」


 前言撤回。全く似ていないのではない。中身が緋倉にそっくりだ。可愛いし構ってあげたいタイプだが、こうも軽いのは好きではない。


「すまんな、緋刃。候補はもう決めているんだ」


「えー。誰だよそれー。姫様も――」


「ひゃっ」


 横からぎゅっと彼女を抱きしめ、下から子犬のように見上げる。彼女の瞳が金色に輝くが、緋刃はそれでも構わない。


「俺じゃ駄目?」


 一瞬気持ちが揺れかけたが、甘えるような頼りない男は嫌だ。おまけに彼の過去はカトレアで遊んでいる事が多い。心の中で拒絶したマナの瞳の色が元の色に戻っていくと同時に、過去が見えなくなった。その瞬間を、緋媛達は見逃さなかった。


「嫌です! 私には心に決めた殿方がいるんですっ! 離れてください!」


 マナの力では引き剥がせない。何故か苛立つ緋媛は緋刃を引き剥がすと庭へ投げ捨てる。


「今そんな話すんじゃねえよ! 頭冷やせ馬鹿野郎!」


 襖をピシャッと閉める緋媛の機嫌が悪い。この兄弟はこれが日常なのだろうか。何事もなかったようにイゼルが口を開く。


「そのエルルという女性は気の毒だったな。緋媛達が言うように、薬華に任せておけば問題ない。それよりネツキ王子、王位継承争いの最中だと噂で聞いている。貴殿に国王になる意志はあるのか?」


「……あります。あの兄二人に国を任せては今まで築き上げた我が国が崩壊してしまいます。兄様方に任せてはいけない。理由はそれだけではありません。歴史調査の解禁をする、それが第一目標です」


 その一瞬、電気が走るような空気に変わった。いや、実際に電気が空気中をほんの少し流れたのだ。それもイゼルから。


「……すまない。一瞬動揺してしまった。そうか、歴史調査の解禁か……。それには各国の合意が必要だが、ダリスはともかくレイトーマは反対するだろう。もちろん我々もだ」


「何故……! 歴史学者は皆、昔の事を知りたがっています。この世界には多くの謎があります。ミッテ大陸の炎の柱、その中には何があるのか、きっと龍族が滅んだ秘密があるに違いない。それに何故この江月では、他国との交流を拒んでいるのですか。この大陸にやってくる密猟者が多いから? それも違う気がします。歴史を知る事は、この世界の成り立ちを知る事、過ちから学ぶ事に繋がるというのに……」


 龍族は滅んでいない。ネツキに話したいが、ユズに言われた事が頭を過る。イゼルの許しなくして話す事は出来ない。そうまでして隠す理由は何故だろう。王子であったマトには話せて、ネツキには話せない。その違いが判らない。


「過ちから学ぶ、か。過ちを過ちだと気づかず、それこそ正解だと勘違いをしている。今も昔も、何も変わらない。()が消えん限り、あの国は我々を追ってくる」


 いつもと様子が違う。温厚で国想いのイゼルから、腹の底から沸々と湧き上がる怒りを感じる。空気を察した緋媛と襖を隔てて廊下にいる緋刃も緊迫し、固唾を飲む。そこへパタパタと音を立ててやってくる小さい子が――


「ばかっ、今は――」


「イゼル様ー! お茶菓子持ってきましたー!」


 緋刃の制止を無視して襖を勢いよく開け、空気を読まずに入ってきた。屋敷のちびっ子家政婦のリーリ・クロイルだ。空気を無視して言い続ける。


「今回は力作ですよ、桃の花をイメージして作ったんです! 餡子は緋刃が帰ってきたんで甘~いのにしましたっ。褒めて褒めて♪」


 リーリの明るさに拍子抜けしたのか、肩の力が抜けたイゼルはふっと笑うと彼女の頭を撫でると立ち上がった。


「すまない。この話になると昔の事を思い出してしまってね、感情が不安定になるんだ。江月(ここ)の中を回ってもいいが、見た事も知った事も他言無用だ。それさえ守ってくれれば、エルルの傷が治るまで里に居ても構わん。緋刃、彼らを頼むぞ」


「ええええ! イゼル様ー! お茶菓子食べて下さーい!」


 行ってしまった後、緋媛はテーブルに頬杖をついてため息をつく。一国の王の機嫌を悪くさせてしまったと悔いるネツキは頭を抱え、マナはどう声を掛ければいいかオロオロしてしまう。


「あ、あのさぁ、ネツキ。エルルのとこ行って、ルティスさんとこに泊まろう。すっげーいい温泉があるんだ。……部屋が空いてればだけど」


「あ、ああ。任せる……」


 自分の想いが届かなかった事もある。初対面の人に言うべき事ではなかったと反省するネツキは、茶菓子に手をつけず緋刃と共に部屋を出て行った。


「リーリのお茶菓子……」


 せっかく客人の為に作ったのに、手を付ける事もない。涙目になる。


「姫、俺達も部屋に戻ろうぜ」


「え、ええ。ごめんなさい、リーリ。何だか食欲がなくて……」


 空気を引きずっているが、リーリが不憫でならない。何とか傷つけないようにしようとしたが、部屋を出てしまった緋媛を追ったマナは最後まで言えなかった。


 残されたリーリは出したお茶菓子を全て回収し、庭から空に向かって叫ぶ。


「食いもん粗末にすんじゃねえええええ! 全員今日は晩飯抜きだああああ!」


 その日の夜、リーリを気にかけたマナを覗く全員の食事が用意される事はなかった。



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