13話 毒
船の揺れは、緋媛の予想通り緋倉が関わっていた。それは数分前からの出来事である。
この一週間、彼が船内をふらふらしていると、何人か襲ってきたのだ。もちろん返り討ちにしているが、しつこく牙を向けてくる。その度に緋倉は始末しては海へ捨てての繰り返し。ただし、海に捨てるのはダリスの人間だけであった。
動くとしたらそろそろだと思っていた緋倉は、おびき出す為に甲板へ出る。甲板ならば広いので戦いになっても自由に動ける。ところがここには一週間前と変わらず、目つきの悪い武装した人間がごろごろといた。
「一週間後にはナン大陸だな。どんなレアものがいるんだあ~?」
「狩って高く売りさばいてやろうぜ!」
それは密猟者。船に乗ったときにマナを見ていた者たちも密猟者で、ナン大陸にいる絶滅危惧種を捕えるために船に乗ったのだ。あちこちから密猟者の会話が聞こえるが、陸に上がったら撃退しようか、今のうちに対処しようか悩んでいた。彼らは雑魚であり、少しは観光気分でいたいので仕事をしたくない。
そんな密猟者だらけの甲板で、やけに目立つ色っぽい女がいた。いわゆる美人だ。密猟者二人に声をかけられている。
「いいじゃねーか、ラウンジで飲もうぜね~えちゃん♪」
「やめてください。困ります」
「楽しませてあげるよ~」
絡まれて嫌がる女は、二人から抜け出して緋倉の方に走ってきた。
「助けてください! お願いします!」
女は緋倉の後ろに隠れる。彼が返事をする前に。女を追ってきた密猟者は、緋倉に向けて持っていた斧を突き出した。
「おい、そこどけよ」
「その女に用があんだよ。野郎は引っ込んでな!」
自分から出た訳ではないが、それを言っても通じない相手だろう。女はというと、緋倉の服をぎゅっと掴んでいる。緋倉の目は冷徹だ。
「……てめーらこそ引っ込んでな。死にたくなかったら大人しく部屋に戻ってろ」
「ああん!?」
「舐めんなよ、てめぇ!!」
その瞬間、緋倉の後ろから強い磯の香りがして鋭く彼に向かう。彼が左に避けると、目の前にいた密猟者の一人の左耳を抉った。
「ひぎっ! ぎああああ!痛ええええええええ!」
「お、おい! 何が……あ!?」
緋倉の服を掴んでいた女の腕に、槍のような形の水が纏わりついている。磯の香りは、おそらく海水だろう。女の方を向いた緋倉は、後ろの密猟者に言った。
「だから言ったろ、死にたくなかったら大人しく部屋に戻ってろってな」
「ひ、ひぃぃいいいいぃぃぃ!」
「お、おい、待ってくれええええ!」
この騒ぎを見て、逃げる者、戦おうとする者、見るだけの者の三つに分かれた。緋倉にとって密猟者は全員邪魔で仕方がない。巻き添えになる前に消えて欲しいのだ。巻き添えになったとしても緋倉にはどうでもいい事だが。
「ちっ、イケると思ったのに」
ぼそっと言う女に、見下すような冷たい視線をする緋倉。
「この一週間、随分刺客を寄越してくれたな。あんたが親玉か? 姉ちゃん」
女が腕の水を解除すると、甲板にバシャッという音がした。
「はっ、女ったらしと聞いていたのに、違うじゃないじゃないの」
「あんた随分色っぽいな。けど残念だ。てめぇダリスの六華天だろ」
六華天とは、ダリスの六人の猛者の事だ。一番から強い順になっているのだが、この女が何番か検討もつかない。それより気になるのは先ほどの水を操る能力。何故使えるのかが疑問である。
「答える必要はないわ。だってあんた、死ぬもの!」
女が手を上に上げると海水が柱のように上がり、緋倉を目掛けて落ちて来る。少し服が濡れたが、彼にとっては避けられないものではない。だが、密猟者の何人かは球体となった海水に頭が捕まり、ゴボボボ、ゴボッと溺れていた。船は大きく揺れたのは、その時だったのだ――
「な、なんだよコレえええ!」
「どうなってんだこの水!」
中には、先ほどの海水で気絶した人間もいる。
「おい、しっかりしろ!」
球体となっている海水は纏わりついて取れないようで、解除するには女をどうにかする他ない。人助けは好まない緋倉だが、とりあえず剣を抜く事にした。
「あら、あたしを斬るの? 女を斬るなんて、最低ねぇ」
「無関係な人間を巻き込むてめぇが言うな」
この術を解くには女自身に解かせるか、気絶させるか殺すしかない。女に剣を向け、腰を落として駆け出した瞬間、ガクンと足腰の力が抜けた。
「!?」
体が痺れ、思うように動かずに甲板に倒れてしまう。そこへ女がコツコツと緋倉に近づいてくる。
「やっと効いてきたのねぇ」
「……あ?」
女は妖艶に笑った。
「ふふ。さっきあんたの服を掴んだ時、何もしなかったと思った?」
そう、密猟者に追われ、彼の背に回って服を掴んだ時。薬等の匂いがしなかった為、油断していたのだ。
「あの服にた~っぷり猛毒を仕込んだのよ。汗や水に濡れると溶けだして皮膚からしみ込んでいくの。致死量の五倍使ったんだけど、思ったより時間かかるのね」
麻痺している緋倉の前にいる女は、靴を脱ぐと彼の顔の前に足を出した。何やら臭う、酷く臭う。緋倉の眉間がどんどん寄っていく。
「助けて欲しかったら命乞いをなさい。そうねぇ、この足を舐めたら解毒剤を渡してあげる。あなたはそう直ぐには死なない人みたいだし。いえ――」
どこから臭う? 目の前にある足からだ。女の言葉よりも臭いが気になる。
「人ではないわねぇ。」
(くせぇ!!!)
あまりにも鼻が曲げそうな卵が腐りに腐った匂いに、吐き気がこみ上げた。
「このままペットにしようかし――」
この匂いを消してしまいたい、苛立ちもあった緋倉は剣をぎゅっと握って女の両足をめがけて振る。
「――ら?」
女が気付いた時には自身の両足はない。そう、緋倉は足を切り落としたのだ。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
剣を突き刺して立ち上がった緋倉は、転げまわる女の髪を掴んで手摺りのあるところへ引きずった。体はまだ痺れている。
「この、家畜があああ!!」
「姉ちゃんよぉ、足舐めさせんなら……」
手摺りへたどり着くど、女を海へ放り投げた。
「洗ってからきやがれえええ!」
海からドボンという鈍い音がして、血がじわっと出ていた。
(六華天なら、この程度で死なねえだろ)
その時、バシャッと音がした。女がかけていた術も解けたらしいが、何人かは手遅れらしい。
「ゼネに、怒られちまう、な」
緋倉の体も動かず、血と海水にまみれた甲板に倒れてしまう。あの腐った卵みてえな足の臭いに比べたら、血の匂いの方がマシだ。
遠くから、船員が騒いでいる声が聞こえる。





