表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
2章 滅びた種族

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/240

11話 初めての船

 ナン大陸行きの船に乗ったマナ達。

 緋媛と緋倉の手には彼らの荷物の他に、釣った魚と買った果物がある。

 緋倉が釣ったその魚はすぐに船員に手渡された。

 一国の王女が乗船するという話は船長にも伝わっており、当然船員の前に立ってマナ深々と挨拶をする。


「姫様、ようこそいらっしゃいました。頂きましたこの魚を使い、一流のシェフが姫様の為に最高のお食事をご用意致します。ご希望はございますでしょうか」


「では、私の為ではなく、この船に乗っている方々の為に最高のお食事をご用意して下さい。乗っている方々ですから、勿論貴方方もです」


 にこっと微笑みながら船員達を労うマナ。

 これに船員達は涙を流しながら感激している。普段、客に持て成して当然と言われることが多く、気遣われる事がない。無論、それが仕事だからではあるが、心のどこかで労ってくれてもいいじゃないかと思っていたのだ。

 そこでマナに船員にも最高の食事をと有難い言葉を頂き、嬉しさのあまり涙したのである。

 やる気の出た船員達は、腕まくりをしながら自分達の持ち場へと戻って行った。


 船長はマナを高級なベッドやソファー、テーブル等の置いてある一等室に案内する。

 ベージュのベッドは弾力性のある素材が使われ、布団は疲れが取れるような温もりが感じられる物を使われている。

 若草色のソファーは適度な柔らかさであり、座っても疲れなさそうだ。


「素敵なお部屋ですね。私が使うのは勿体ないぐらいです」


 クスクスと笑うマナに、船長は「いえ」と言う。


「姫様だからこそご利用頂きたい、自慢の一室でございます。更にはこちらはツヅガ総師団長殿の強いご要望もあり、此度の長期にわたる船旅のお疲れを取るに相応しい部屋をご用意させていただきました」


「ツヅガが? 短期間でここまでご用意して下さるなんて……。感謝の意を込めて使わせて頂きます」


 ふわりとほほ笑むマナに心臓を矢で撃ち抜かれそうになった船長は、体を折り畳む程に頭を下げた。

 と、部屋の中をじーっと覗いていた緋媛が問う。


「ここは姫様の部屋だろ。俺達の部屋はどこだ」


 ツヅガの事だ、護衛の部屋ぐらい用意しているだろう。

 が、それは甘い考えであった。体を起こした船長が顎に手を当てて首を傾げ――


「緋媛隊長ならば四六時中護衛の任に就かれるので、二週間ぐらいならば部屋など不要だとツヅガ殿から伺っておりますが……」


 休むな、というツヅガの意志を真に受け、緋媛の部屋を用意していなかった船長。

 あっけに取られた緋媛を、兄の緋倉がけたけたと笑う。


「面白れーな、あの総師団長! 護衛しっかりしろよ、緋媛。で、俺の部屋は?」


 流石にレイトーマ王室と無関係の緋倉の部屋はあるだろと予測するも、それも大きな勘違い。

 船長が目をぱちくりさせる。


「貴方は……、ん? おかしいな、姫様と緋媛隊長のお二人と伺っておりますが……」


 そもそも緋倉も同行の上で江月へ向かうと話していない為、人数にすら入っていない。彼だけ無断乗船をしている状況だ。

 口をあんぐり開けて茫然となる緋倉。このままでは船から追い出されてしまう。

 それでは可哀想だと思ったマナは、船長に頼む。


「あの、この方も私達と共に江月は向かう方です。お部屋がないなんて、そんな可哀想な事……。どうにかなりませんか?」


「姫様のご要望を叶えたいのですが、しかし残っているのは一般客室の中でも最も簡易で安い部屋でして、ここから三階下にある奥の部屋で、随分と離れております。」


「それじゃあ護衛の役目なんて出来ねえ。だったらこの辺の廊下で見張りながら寝るよ」


 緋媛の発言に、緋倉も二度頷く。

 船の中だろうと何があるか分からない。一国の王女を見たいが為に、緋媛の隙をついてマナに近づく輩もいないとは限らないのだから。

 そんな緋媛の思考より離れた事、緋媛と緋倉の体調をマナは考えていた。


「それはいけません! 二週間もの長い間、そんな事をしては体を壊してしまいます! それぐらいでしたら、この部屋で皆で過ごします」


 これには皆が目を丸くして驚いた。

 男女が共に同じ部屋で過ごすという、王女とは思えぬ発言。いや、部屋がなく哀れに思ったからこその発言だろう。

 もし何かあったら緋媛だけではなく、船長の責任も問われかねない。マナ一人で過ごすよう船長と緋媛が説得するが、彼女はテコでも考えを変えなかった。

 そのような事もあり、片桐兄弟はマナと同じ部屋で過ごす事になる。


 ***


 部屋に荷物を置いた緋媛と緋倉は、マナの希望で甲板に出た。船から見える景色を見て見たいのだという。

 甲板に出るとマナは、わぁ、と感激して手摺りのある場所へ駆けて行った。


「すごーい! 海の上を走ってます!」


 大はしゃぎのマナは、船が海をかき分けて進む様を見て目を輝かせて感動している。

 ザザザザザと言っている波の音を聞き入りながら進行方向とは逆の方向を向くと、いつの間にかレイトーマのあるセイ大陸から離れている。

 もう陸地にいる人など見えず、レイトーマ城がどこあるのかすら分からない。

 唇をきゅっと噛み締め、眉を下げたマナはぽつりと呟いた。


「……さようなら、我が国レイトーマ。そしてセイ大陸」


 哀愁漂うマナだが、緋媛達には彼女の後姿が初めての船で興奮しているように見える。


「気に入ったみたいだなー、姫さん」


 彼女から離れまいと歩いている緋倉が微笑むと、緋媛はため息をする。


「海も船も初めだからな。にしてもはしゃぎ過ぎだ。目立たれると困る」


 と、甲板をぐるりと見渡す緋媛。

 目つきの悪く、武器を持っている人間がごろごろといる。それも男だらけだ。

 その男達、甲板に女が入ってきたので反射的にマナを見ていたのだが、一部の人間は緋媛達を横目で見ては囁き合っている。


(……返って姫と同質の方が都合がいいかもな)


 緋媛の警戒心も周りの視線も全く気にならないマナは、ふと吹いてきた海風に頬を緩める。

 その両隣へ彼女を護るように緋媛と緋倉が付き、手摺りに体を委ねた。


「風が気持ちいいですね、緋媛。あっ、緋倉様、何か跳ねてます!」


 遠くに何か跳ねている集団がおり、マナが指で指し示す。

 先ほどの哀愁はどこへやら、彼女は別の興味に惹かれたのだ。

 マナから言わせると異常な視力の緋倉は、その集団が何か答えてやる。


「ありゃイルカですよ。イルカも初めて見るんですか?」


「はい、ずっと城の中でしたか……ら」


 緋倉に顔を向けたマナの視界に、武装してこちらを睨む男達が入った。それも一人や二人だけではない。甲板中がそのようになっている。

 マナはようやく自身が目立っている事に気づき、反射的に視界を海へと戻す。


「姫さ~ん、知らんぷりですよ、ああいう連中は」


 慣れたように言う緋倉。緋媛も「目ぇ、合わせるな」と落ち着いており、若干恐怖が沸くマナは「は、はい」と緊張した返事をした。


 これ以上は甲板にいない方がいいと判断した緋媛は、緋倉に目でその旨を合図し、マナを挟むように用意された船室へと向かう。

 彼女は何故武装した男達が多いのかと疑問を抱く。そのような男達が多いのでは、いつ襲われるか、安心して眠れるのかと不安にもなった。


 甲板から降りた船の廊下に入るなり、緋倉が不機嫌になって文句を言う。


「ったく、ああいう連中が来るから困るんだよ」


 急にころっと態度が変わった彼の事を、マナはこっそり緋媛に耳打ちをして聞いた。


「どうしたんです? 緋倉様……」


「ああ、ナン大陸ではああいう狩りをしようとする連中が後を絶たなくてな。だいたい兄貴かゼネかフォルトアさんが対処してんだ」


「なぜ狩りを?」


「絶滅危惧種っているだろ? ナン大陸にもそういう種族があって、そういうのを狩ろうとする連中がいるだよ。兄貴の仕事はそういう人間の牽制なんだ。詳しい話は、江月に着いてからな」


 結局緋媛に何か尋ねても、江月に着いてから、江月で話す、そればかり。閉鎖された国は、その中でしか言えない事が多いのだと悟った。

 しかし、前回行った時は平和に暮らしているように見えたマナ。狩りをされているような雰囲気は一切ないく、絶滅危惧種と呼ばれる()()は見なかった。

 一体緋媛は何を言っているのかとマナは思う。


 歩いているうちに、この後二週間過ごす部屋に近づいていた。

 その部屋の扉のある廊下を曲がるマナと緋媛。ところが緋倉は曲がらずに真っすぐ進む。


「兄貴、どこ行くんだ」


「他にああいう連中がいるかもしんねーから、船の中見回ってくるよ」


 振り返らずに手を降る緋倉は、獲物を探すような表情をしていた。


 緋倉一人で平気だろうかと不安が過るマナは、彼の後姿を見送ると先を行く緋媛の後を追うように後ろを歩く。

 マナ達が泊まる一等室の前に着き、緋媛が扉に手を掛けた時――


「マナ様」


 聞き覚えのある声に呼び止められた。

 その声の方向へ向くと、カトレア第三王子のネツキ・ウッド・カトレアがいる。

 部屋の扉は開いているので、どうやら隣の部屋に泊まっていたらしい。やはり王族だけあり、いい部屋を選ぶようだ。

 と、そこへフードを被ったエルルも部屋からひょっこり顔を出した。

 ネツキが歓迎するように、エルルと共にマナ達の方へ歩み寄る。


「こんなに早くお会いできるとは」


「それもお隣でしたのね」


 くすくす笑うマナ。釣られてエルルも小さく笑う。

 反射的に笑ってしまったとはいえ、エルルにとっては恥ずかしい様子。彼女は被っているフードを更に深く被った。

 彼女の頭を撫でながら、ネツキは言う。


「実は、マナ様とはいろいろと話をしたかったのです。身分を捨てて、個人的に」


 それがどういう事か思いつきもしないマナ。大陸を超えて友人になりたいという事なのだろうと推測する。


「ここで立ち話はなんですから、よろしければ私達の部屋で共に食事をしませんか? 護衛の方もご一緒に」


 と、ネツキがマナに手を差し伸べると、緋媛が二人の間に入る。


「申し訳ありませんが、明日以降にしていただけますか。姫様はお疲れです。この後の夕食がありますし、疲れが取れた頃が望ましいので」


 港まで歩き続けていた疲れの事を、初めて見た海や船の存在ですっかり忘れていたマナ。

 実際には脚の疲労が重いのだが、他国の王族の誘いもある為に疲れていないと発言しようとした。

 だが、先に発言したのはネツキである。彼はふっと笑い、緋媛の事を褒め称えたのだ。


「はは、なかなか優秀な護衛ですね。あなたの体調を第一に考えている。そうですね、私も気が早かったようです。では来週にしましょう。船にも慣れてくる頃かと思いますよ」


「ええ、それでお願いします。姫様もよろしいですね?」


「……はい」


 緋媛は作った笑みをネツキに見せていた。

 彼がネツキを信用していないと感じ取ったマナは、「他国の王族なのだからもう少し親切にしてもいいのに」と腹の中で拗ねる。


「では、昼食をご一緒にいかがでしょう。ご一緒にいらした貴方に良く似た方……ご兄弟でしょうか、その方の分もご用意いたします」


 ネツキの善意に、緋媛はすっぱりと断りを入れた。


「いえ、俺達の分は結構です。お気持ちだけで。姫様の横で()()()()()の俺達が食事をする訳にはいきません」


 レイトーマにいた頃は、マナの前で何度か食事を共にした事のある緋媛。といっても、それは主に幼少期の頃の話。子供だったマナの付き合いで食べていたのだ。

 それ以外は自室や兵士の食堂、ツヅガに呼び出されて食事を摂っていたので、王族と護衛という境界線は守っている。

 特に今は他国の王子の前。より立場を弁えるようにしているのだ。


 マナはただの護衛という彼に少しだけ膨れてしまう。自分を貰うと言ったくせに、と。


「そうですか、残念です。では来週の昼にお迎えに上がります。部屋をノックするだけですが」


「ええ、よろしくお願いします」


 互いに頭を下げるマナ達。

 ネツキはエルルに「行こうか」と声を掛けて手を取り、甲板とは別の方へ歩んでいった。


 彼らの姿が見えなくなった後、部屋に入ったマナ達。

 緋媛は入るなり大きなため息を付きながらマナを見下ろしている。


「危ないな。誰かれ構わずほいほい付いて行きそうだ、あんたは」


 ソファーに腰を下ろしたマナは何も否定できない。緋媛がいなければ、おそらく部屋の中へ付いて行っただろう。


「悪い方ではありませんよ? きっと」


 根拠もなく感で答えるマナに、緋媛は呆れ顔で言う。


「あのな、あいつら他国の人間だ。それに人間ってのは表裏ある奴多いだろ? あんた素の俺を見た時どう思ったよ、ん?」


 それを思い出すマナ。

 先ほどの作り笑いは、レイトーマ城にいた時によく見ていた笑みだったと思い返す。猫を被っていたあの笑みだったと。

 そこから現在の意地悪のような彼に変わったのだ。


「……ごめんなさい」


「分かればいい。そろそろ飯も来るだろ。兄貴が釣った魚、どんな料理になってんだろうな」


 気疲れしたのか、腕を高々と上げて体を伸ばした緋媛は、黒のロングコートを脱ぐと椅子の背凭れに掛けた。

 船旅はまだ始まったばかりである。マナにとって初めての乗船なので、この2週間を存分に楽しむつもりである。


「緋倉様が釣ったお魚です。お戻りになるまで待ちましょう」


「やだよ」



 ***



 その頃緋倉は、一人の男をずるずると引き摺って船内から外に出ようとしていた。甲板ではない別の所――船の側面にある通路に。

 彼が緋媛達から離れて船内を回りに行ったのは、実のところ理由などない。ただの直感で、マナを狙う輩がいると感じていたからだ。

 その為に、まずは邪魔者の片桐兄弟が一人になった所を狙うだろうと考えたのだ。


 その刺客の一人を片付けた緋倉は、誰の目にも触れることなく海へ放り投げる。

 ドボボンという音が響き、男が沈んでいった事を確認すると、踵を返しながらぽつりと呟く。


「船旅ぐらいゆっくりさせろよ」


 敵は小手調べに出したような雑魚だったので、おそらく親玉はこの船のどこかに潜み、様子を探っているのだろう。


 この先緋倉は、マナ達に付かず自由に行動をする。

 彼にとっての二週間は楽しめないものとなり、致命傷を負うとは思わずに――。



改稿したら倍ぐらいの量になってしまった・・・(´・ω・`)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ