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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
2章 滅びた種族

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10話 カトレア第三王子ネツキ

 ダリス帝国からの刺客で変態のアレクから逃れたマナ達一行は、ようやく港に着いた。


 レイトーマ城から歩き続けたマナの表情は疲れて果てており、顔に影が掛かっているように見える。

 が、港を象徴するかのような巨大な船と、それを支えるような広大な海が目の前に広がった瞬間、彼女の疲れが吹っ飛んだ。

 まるで子供のようにキラキラと瞳を輝かせ、船に向かって指をさすマナ。


「すごーい! 見てください、緋媛。あんなに大きな船、何百人乗れるんでしょう」


「さあな」と、興味なく答える緋媛であった。


 ナン大陸行きの船の出港まで約一時間ある。乗船出来るのはおよそ三十分後だ。

 食事は船の中で摂るとして、待っている一時間の間に何をしようかと考える緋媛。


 まずはマナを休ませた方がいいが、船や港にある店に興味を持ち、緋倉と共に楽しんでいる様子を見ると、その必要もないだろう。

 だが乗船した直後は疲れて眠ってしまいそうだ。歩き詰めだったマナと、アレク相手に精神が削られた緋媛も。


 すると緋倉は離れた位置にある、ある張り紙に目をつけた。


「へー、釣った魚を調理してくれるイベントやってんのか。おもしれー!」


 ワクワクと心を躍らせる緋倉。

 緋媛もその文字の方向を見、「船乗る奴限定だから、俺らもだな」と更に詳細を読んでいく。


 一体どこに書いているのかと気になるマナ。緋倉の視線の方向を見るが何も書かれていない。

 張り紙の場所の特定に困ったマナに、緋倉が「あっちにありますよ」と指し示す。

 その方向へと駆け寄ったマナは、あまりにも遠い距離であった事に驚く。張り紙は、数十メートルも先にあったのだから。


「こんなに小さな文字が見えたのですか?」


 遠くからでは米粒ぐらいの文字。それが緋媛達の視界に入っていたのだ。

 あまりにも良すぎる視力に、驚きの他、羨ましささえもマナにはあった。


 するとそこへ、フードを被って姿を隠している見知らぬ二人の男女がマナ達に近づき、男の方が落ち着いた口調で声を掛ける。


「レイトーマ王国第一王女マナ姫ですね」


 マナはその男へ返事をしようとしたが、緋媛が前に出て制した。

 いくら国とその民を想う王女といえど、軽々しく返事をするものではない。ましてや何者かも知らぬ人間に。


 マナに声を掛けた男は、緋媛の鋭い眼光に臆することなく、頭に被っているフードを下ろしながら挨拶をした。


「護衛か。名乗りもせず声をかけてしまい、失礼致しました。私はカトレア第三王子ネツキ・ウッド・カトレアと申します」


 芸術の国カトレア王国。この世界の東にあるトウ大陸を国土とする国。

 各国の人間にはそれぞれ特徴があるのだが、カトレア王国は金髪で緑の瞳の人間が多い。


 彼はその国で王位継承権を持つ三番目の王子だと言う。

 しかしその第三王子は、自身の私室に置き手紙をしてふらりと国を出ている最中。共にいる小柄な相手と共に旅をしているのだが、マナ達はその事を知らない。


 立ち振る舞いから恐らく王族で間違いないだろうと思った緋媛は警戒を解く。

 それを見逃さないネツキは打ち解けるように話す。


「レイトーマの国王が変わったとの噂を耳にしたもので興味本位で様子を見に来たら、貴女が国民の前に立って江月へ行かれるとかなんとか……。もしやこれからナン大陸に?」


 興味本位という事は、レイトーマの偵察は個人的なものらしい。

 特に王女のマナがこの十一年間城から出て顔すら見ない話題は、レイトーマ王国やダリス帝国でも有名な話。

 そのマナが民の前に姿を現したのだ。偶然とはいえ他国の王子が興味を示さない訳がなく、マナに声を掛けた気持ちも理解できる。


 マナはまず非礼を詫びた。


「……ええ。彼らと共に参ります。それよりもカトレア王国の第三王子のお方が我が国にいらっしゃっていたなんて、何のお持て成しも出来ずに申し訳ございません」


「いえ、お気になさらずに。非公式ですし父上……国王陛下にも黙って来ましたから」


 さらっと答えるネツキに、マナ達は驚いた。

 彼女らはここで初めて知ったのだ。ネツキがふらりと国を出て連れの小柄が子と共にいる事を。

 しっかりとした青年だというのに、事の重大さに気づいていないように見える。


「では、今頃貴国では……」


「ええ、大騒ぎでしょうね、ははは。まあ、置手紙してきたので、とっくに気づいていそうですがね」


 笑いごとではない、と言いたかったマナだが、それは自身にも跳ね返る事。

 何故なら彼女も以前、江月へ行きたいが為に国王の命令を無視してこっそり城を抜け出したのだから。


 それにしてもネツキは軽く考えているようだ。

 王女のマナの時でさえ多くの城の者に迷惑をかけたのだから、王位継承権を持つ王子となればその比ではないはず。

 国の為に今すぐ帰国すべきだと進言したいマナ。しかしそれは城を抜け出した事のある自分が言う言葉ではないと、腹の中に言葉を残した。


 そんなマナ達を余所に、緋倉は小柄な相手をじーっと見つめる。

 その者はびくっと体を震わせると、怯えるようにネツキの後ろに隠れた。


「その子、女の子ですよね」


 緋倉がネツキに問うと、彼は頷く。


「ええ。人見知りが激しい子で、すぐ俺の後ろに隠れるんです。マナ様方の前だ。名前ぐらい言ってみようか」


 小柄な子へと目線をやり、微笑むネツキ。

 その子はおずおずと困ったようにネツキと地面を交互に見ると、やがて可愛らしいふわっとした声を発した。


「……エルル・マタータ、です」


 どこか怯えているエルル。

 その様子が気に入ったらしく、緋倉は彼女の頭を撫でようと手を出した。

 が、瞬時に緋媛が手を叩き落として抑制し、じろりと睨みつける。

 痛がる手を擦っている緋倉を無視し、ネツキはエルルに「よく言えたな」と褒めると、マナの方を向いた。


「ところでマナ様、ナン大陸へ行かれるという事は、やはりレイトーマ国民に宣言した通り、江月へ?」


「はい、こんなに早くとは思いませんでしたが……。ネツキ様は帰国されるのですか? トウ大陸行きの船は……」


 と、辺りを見渡しトウ大陸へ向かう船を探すマナ。

 ネツキは「いえ」と別の目的地を口にする。


「帰国はまだ。これから彼女と向かうのは、ナン大陸にあると言われている()()()殿()です」


 その言葉に、緋媛は緋倉を横目でちらりと見る。――が、いない。

 どこに消えたのかと思った緋媛は周囲のを見渡し緋倉の姿を探す。どうやら彼は王族同士の会話より釣りに興味があるらしく、港に着いた時に見つけた張り紙をじっくり読んでいた。

 緋媛は苛立ちながらもマナ達の会話に耳を傾ける。


「龍の神殿? それはお伽話ではありませんの?」


 龍の神殿の物語は、この世界でお伽話とされている。その内容はこうだ。


 龍の神殿は、龍族がまだ健在の頃に龍族が龍神を祀るために建てられた。

 その神殿に自らの血をささげることで、さまざまな恩恵を得ていた。

 しかし、龍族が滅びると同時に消えましたとさ。


「いえ、実在するような話を小耳に挟みまして。本当にあるか確かめたいんですよ」


 ――実在。

 その一言に惹かれたマナは、自身も確かめたくなる程の興味を示し、瞳を輝かせた。

 共に行きたいと言ったら、緋媛は許してくれるだろうか。いや、何やら眉を寄せて怪訝そうな顔をしている彼は反対するだろう。

 しかし興味があるマナの心はうずうずとしている。


 すると、エルルがネツキの裾を二度引っ張り、何やらこそこそと耳打ちをする。


「ああ、そうだな。そろそろ時間だ。では、我々は失礼します。次の船に乗るんでしたら、またお会いできるかもしれませんね」


 マナとネツキが互いに深々と頭を下げると、ネツキらは去って行った。

 少し見送ったマナは、やはり心躍らせながら緋媛の方を向く。


「龍の神、本当に実在すると思いますか? もしそれが本当でしたら、どんなに素敵な事か……!」


「……お伽話を真に受けんじゃねえよ」


 緋媛の冷たい回答に夢を打ち砕かれたマナは、落ち込んでしまう。

 このような()()()()な話を緋媛にしても冷たくあしらわれてしまうのだ。

 ならば対照的に女性に優しい緋倉ならばどうだろう。

 彼に聞こうとしたマナは、緋倉の姿を探した。

 ぐるっと見渡すと、緋媛がその姿を見つけたのだが――


「あの野郎、呑気に釣りしてやがる……!」


 釣りに興味を示していた緋倉は、釣竿を借りて魚を釣り始めていたのだった。

 それも既に一匹釣り上げているらしい。


 また餌に食いついてきた魚がいるようだ。

 周りの釣り人は釣り竿に動きが――魚が餌に食らいついていると、リールを巻いてから魚を引き上げる。

 だが、緋倉はリールを引かずに腕力だけで魚を引き上げたのだ。それも軽々と。


 ドン、と彼の後ろに体を叩きつける魚。

 マナの身長とほぼ変わらない大きな魚を見た釣り人は、嫉妬するほど羨ましがる言葉を口にする。

 緋倉が参加したこのイベントは、どんな魚でも釣ったのならば料理人が調理してくれるので、家庭では食べられないような、味を楽しめるイベントなのだから。


 十一年間城に籠っていた為、当然釣りをやった事のないマナは、「面白そう! 緋媛、私にもやらせてください!」と満面の笑みを浮かべる。


「兄貴とやってろ。俺は果物でも買っておく」


 彼女の興味が龍の神殿から釣りになり、若干安心した緋媛。

 こうも自由な者がいると頭痛の種になってしまうとどこか疲れた表情を見せる彼は、とりあえず出港までの暇つぶしをする事にしたのだった。


 この後、乗船してから疲弊するのはマナや緋媛ではなく緋倉であるとは、この時はまだ誰も知らない。




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