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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
10.5 史実

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番外編10 エルルの憂鬱

 エルル・マタータです。覚えていないかもしれないけど、カトレアの国王になったネツキ様が旦那様で、王妃になった下町出身の庶民です。なのでエルル・カトレアが今の性です。何だか変な感じ。

 王妃教育とか国のお仕事とか大変だけど、いつもネツキ様がアドバイスしてくださるので、何とかなっているといいなぁ。

 でも周りは世継ぎを早く作れって言うけど、今そんな余裕がないのです。お勉強するのが忙しくて、ピアノのお稽古だって出来ていないし、そんな気分になれないの。ネツキ様はウチがその気になるまで待つって言ってくれるけど、本当は我慢しているのかなとか、色々考えちゃう。


 そんな時、ネツキ様が初めて出会った場所に連れて行ってくれたの。こっそり二人でお城を抜け出して、下町の美味しいピザ屋さんに。でも人気のお店だからとても混んでて順番待ち。ウチは待ってても平気だけど、国王のネツキ様を待たせるわけにもいかなくてーー


「さすが一番人気の店だな。じっくり待とうか」


 並んている人たちと同じように話しながら待つ事になったの。

 帽子を深く被って眼鏡をかけているから、誰もネツキ様に気づかない。ネツキ様が立って待っているなんてそんなのおかしい。


「ルル、俺の事は気にしなくていいから。なんて呼ぶかもわかってるだろ?」


「……ウッド様」


 本当はミドルネームを呼び捨てと言われていたけど、私はどうしても出来ない。ネツキ様を呼び捨てにするなんて、難しい事だから。


 三十分程経過して、ようやく順番がやってきた。ネツキ様は疲れていないみたい。


「お待たせ致しました。お二人様でお待ちのエルウッド様」


 店員さんが呼んでくれた時、ネツキ様の顔をじっと見たの。一瞬驚くとすぐに表情を戻して案内してくれたけど、離れた後に他のお店の人がネツキ様を入れ互いに見てコソコソ話をしている。

 ネツキ様が素敵だから見るのかな。ウチが座ろうとすると椅子を引いてくれたりする紳士な姿、メニューを見て選ぶ姿も品格を感じるし、所作が綺麗。ネツキ様から隠しきれない王族のオーラが出てるって事よね。


「決まった?」


 いけない、ネツキ様ばかり見ていたから決めていない。一番人気でいいかな。


「ほうれん草とチーズのピザにします」


「スープとサラダも注文しようか」


 さっと左手を上げると、店員さんが気づいてネツキ様の元へやってきたのだけど、名札にオーナーって書いている。ネツキ様がメニューを指差しながら伝えると、それで注文を受けてくれたみたい。

 でも去り際にこそっと耳元で何か話していて――。


「よく間違われるんだ。世の中には同じ顔が三人いるって言うだろ? 国王陛下が下町の店に来るわけがないじゃないか」


 やっぱりネツキ様ってバレていたみたい。オーナーさんは妙に納得して去ったけど、首を傾げている。正直に話さなくてよかったのかな。


「スープとサラダは自由に取るように書いている。ルル、どうすればいいか知っているか?」


 周りを見渡すと、スープとサラダバーの看板がある。そこに自由に取りに行けばいいけど、やっぱりネツキ様はこういう庶民の生活はご存じないのね。


「あっちです」


 スープはコンソメとコーンポタージュの二種類、サラダはいくつものお野菜が並んでいて、自由に組み合わせて取っていいもの。

 ネツキ様は珍し気に見ながら、お皿とスープカップを手に取ると周りの人と同じように盛り付けをしたりスープを入れたりした。初めての経験のようでうれしそうにしている。

 ウチはコーンスープと、レタスと千切りの人参と玉ねぎをサラダで盛りつけたの。お城のシェフが作ってくれるお料理はおいしいけど、こういうのが好き。ドレッシングは玉ねぎのものにしたら、ネツキ様も同じものにして面白い。


「自由に選べるのはいいな。立食パーティーでもないのに」


「お腹いっぱい食べられるのも人気の一つなんです。ピザの生地も厚いのと薄いの選べますし……あ」


 ピザってどうやって食べればいいのかな。いつも素手で食べていたけど、王族も貴族もそんな食べ方しないはず。フォークとナイフはあるけど、音を立てちゃいけないっていつも怒られているから、ここでも練習しなくちゃ。目の前のネツキ様にこれ以上迷惑を掛けちゃいけないし。

 なんて考えながらフォークとナイフを手に取ってピザと睨めっこしていたとき、ネツキ様がピザを素手で掴んだ。そのままパクッと上品に口の中に運んだの。でも、口の周りがケチャップだらけ。


「ん、生地も味もしっかりしている」


 口を拭くことなく、二口目をがぶりと豪快にしたけど、いいのかな。


「ルル。今は何も気にせず、この町にいるただの夫婦でいよう。作法なんて気にしなくていい」


「でも、練習してお手本にならないとーー」


「ルル、今は何も気にせずと言っただろ?」


 ぐいっと、ウチの口の中にサラダを入れてきた。そのままもぐもぐ食べちゃった。


「俺の横に堂々と並ぶために、必死になって学んでいる事は皆認めている。努力していると。大好きなピアノだって弾けていないんだろ?」


 ゆっくり頷いた。最後に弾いたのはいつ頃だっけ。楽譜すら見ていない。


「だから今は、好きに食べていい。束の間だが自由な休息だと思ってくれ」


「休息……。本当にいいんですか?」


「構わない。それに今日はいろいろ体験出来る事も沢山あるだろう。新しく作られたピアノの試奏も出来るらしい。食べたら早速そこへ行こう」


 久しぶりにピアノを弾ける。ネツキ様は私を気分転換させるために連れてきて下さったのね。貴重なお休みをウチに使わせてしまった。


「ルル、まだ何か考えてるな。何も気にしなくていい、全力で好きな事をするんだ」


「でも」


「でもって言葉禁止」


 微笑んでいるネツキ様の表情に嘘はなかった。

 結局その日は二人で口の周りをケチャップまみれにしてピザを食べて、ピアノを存分に試奏し、お皿を作る体験もしてから夕方には城に戻った。

 戻ったら先代国王陛下が門にいらっしゃったのだけど、きっと怒られる。


「ふむ、いい気分転換になったようだの」


 驚いて顔を上げると、微笑んでいらっしゃった。


「エルルよ、王妃とし貴族や民の手本になろうと努力している事は知っている。周りの世継ぎに対する圧力もある。故に気を張り詰め過ぎなのだ。時には息抜きも必要。急ぐ必要はない。二人で着実に積み重なるのだ」


「は、はい。先代国王陛下」


 今回の息抜きは、ネツキ様と先代が話し合った決定事項だったみたい。

 その日はぐっすり眠れ、息抜きの時間を入れてみたら段々と皇室マナーも褒められるようになった。少しずつ国を良くする為の提案も出来るようになってきた。

 それから半年後ーー


「号外! 号外! 王妃様ご懐妊!」


 学ぶ事は沢山残っているけど、着実に積み重ねてネツキ様とお腹の子と共にカトレア王国を支えよう。民が暮らしやすくなる国をしよう。




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