表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
2章 滅びた種族

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/240

8話 港へ

旧サブタイ:押しては引かれる

 レイトーマ城から出たマナと緋媛。

 二人は現在レイトーマの街を出た先にある森の中を歩いている。


 この森に来るまでの間、マナはレイトーマの多くの民に声を掛けられていた。

 勿論護衛の緋媛が目を光らせていたので、近寄る人間はいない。最初は数名だったが、近くで一目見たいと大勢の民が集まったのだった。

 姫様と呼ぶ声が多い中、最も熱が籠っていたのは王族に直接伝えたいことがある人々。

 その中でもマナにとって印象深い内容はこれだ。


「姫様ー! 姫様! 我ら歴史学者の為にも調査の解禁を……!」


「ミッテ大陸の調査が出来るよう、何卒、何卒お願いします!」


 演説の時に国民の前で宣言した『歴史調査の解禁』。

 このように実際に訴えられると、自らに課せられた重責に潰されそうな錯覚がある。

 だが、言った手前、必ず実現しなければならない。


 その決意の固いマナと緋媛が森の中を約五分程歩くと、木に寄りかかっている男の姿を確認した。

 緋媛と同じ緋色の髪をしているその男は緋倉。どうやらマナ達を待っていたらしい。

 緋倉もマナ達の気配に気づき、そん方を見るとへらっと笑って手を振りながら声を掛ける。


「お待ちしておりました。可愛いお姫様」


 紳士のように丁寧に頭を下げて挨拶をする緋倉。

 緋媛はまたやっている、というような顔をして小さくため息をつく。

 いつから緋倉を待たせていたか分からないマナは、慌てて申し訳なさそうに頭を下げた。


「申し訳ございません、お待たせしてしまって」


「女の子は頭下げないで下さいよ。それに一国の姫さんなら尚更ですよ。さ、船に行きましょ。道は安全にしときましたんで」


 安全に、という言葉は、近くにダリス人がいたという事だと察する緋媛。

 まさかレイトーマ城でマナに牙を向けた「づら」という語尾の人間だろうか。

 そうでなければダリスの密偵であったシドロを始末した事に気付いた、別のレイトーマ人の可能性もある。

 いずれにせよ、どちらも絡んでいるだろうと緋媛は考えた。


 さて、レイトーマ王国のあるセイ大陸から江月のあるナン大陸までの移動手段だが――


「船、ですか」


 マナにとって、兄で先代国王のマライアの訃報を受けて江月からレイトーマに戻る時に体験した、一瞬で移動をする方法。

 マナにとって初めて味わったその体験をもう一度したかったという欲求があったというのに、船で、という緋倉の発言に拍子抜けしてしまう。

 これに気付いた緋倉は、申し訳なさそうに、落ち込みながら答えた。


「すみませんね、あれは俺のゼネにしか出来ないんですよ。あいつ怒って先帰っちまったから……はぁ」


 何故ゼネリアが怒ったかというと、マナ達の眼前で緋倉がゼネリアの顔中に口付けをしたためだ。

 これに激怒したゼネリアは無理やり緋倉を引き離し、そのままスッと消えてナン大陸に戻ってしまったという。

 その後、緋倉はというと「どうせすぐにでもレイトーマを出るだろう」と弟の緋媛とマナを信用していた為、合流するまでの間はレイトーマの街の中で適当に過ごしていたのだった。

 このずっと待っていた緋媛を、マナは必死に励まそうとしたのだが――


「元気出して下さいっ、船に乗るのは初めてなので楽しみです。えっと……」


 言葉に詰まる。どう声を掛ければいいか分からず、頭を捻って言葉を絞り出すと、緋倉はにこっと笑みを浮かべながら言った。


「すっげえ優しいんですね、姫さん。ありがとう」


 この緋倉の笑顔、やはり兄弟だけあって緋媛とよく似ている。

 思わず心臓の鼓動が高鳴ったマナは、頬を桃色に染めてしまった。

 これを見た緋媛は、婚姻相手は自分でなくてもいいのではないかと、不本意ながらも機嫌が悪くなる。


 ***


 緋倉と合流した場所は森の中だったが、港までは整備された道を徒歩で向かう。

 ふかふかの土よりも整備されている歩道を歩く為、マナの足取りはそこまで重くはない。

 というのも、その他マナは緋倉と恋の話で盛り上がっているので、それも足が重くない理由の一つでもある。


「ゼネリア様と緋倉様は、幼馴染なのですね」


「そそ。あいつ、ああ見えてすっげえ寂しがり屋なんですよ。何かあると緋倉ぁ~って俺を探して、見つけるとずっと手ぇ離さねえ。可愛い奴なんです」


 マナには物心付いた頃から護衛の緋媛やメイド達がおり、幼馴染と呼べる人物と接したことがない。

 レイトーマ王族は国民が通うような学校で学ぶ事はなく、専任の教師が一対一で教育するのだ。

 故に、緋倉とゼネリアのようなの関係が羨ましく思える。


「私もそうされたい……」と後ろにいる緋媛を思い浮かべるマナ。

 幼馴染とは呼べないが、護衛としての緋媛との付き合いは長い。かれこれ二十年は経過する。

 自分を貰ってくれると言ったのだからもう少し緋倉のようにして欲しいと思うマナだが、対して緋媛は全くと言っていい程興味がない。

 後ろから前方のマナと緋倉に向かって、平和ボケをしているという呆れた視線を送っている。


「でも姫さんの場合は下手に触れちまうとそいつの過去が見えますから、まずは力を自在に使えるようにならないといけませんね」


 と緋倉が言う。

 過去が見える力の事は話していないマナは、何故緋倉が知っているのかといった表情で首を傾げる。

 するとここでマナ達の会話にうんざりしていた緋媛が、ようやく口を開いた。


「前から知ってんだよ、兄貴も。他にも知ってる奴は里に多い。着いたら力を調整できるようにしねえと、いろいろ面倒くせえ」


 言葉通り面倒くさいといった表情の緋媛に向かって、彼の前方から首だけ後ろに回して緋倉が言う。


「ああ、その心配はねーよ。姫様の今後の事、イゼル様が早々に話すってさ」


 マナは思う。緋倉も緋媛同様、相手によってコロコロ話し方が変わるのだと。

 流石は緋媛の兄と言える程、対マナ、対ゼネリア、対男で気分が違い、分かりやすい。似ているのは顔だけではないのだ。

 さらに緋倉は、緋媛に追い打ちをかけるように、彼にとって最も困る情報を言い放った。


「あと、姫さんの婚姻相手候補の中にお前も入っているから」


 これに身を乗り出して「はぁ!?」と拒絶したい緋媛に対し、マナは「本当ですか!?」と胸の前で両手を握って喜びに満ちる。

 人間の娘とは結婚したくない緋媛にとって、候補に入っている事さえも困り果ててしまう。

 俺に所に来いと言われたマナは、彼のこの反応が疑問であった。何故否定するのかと――。


 と、そこへ片桐兄弟の鼓膜に、ある男が叫び声が入ってきた。まだ若干遠くにいるようだが、この兄弟にとっては不愉快極まりない声と台詞である。


「アッタシの緋媛、アッタシのダーリン」


 歌うような浮ついたセリフに鳥肌が立つ緋媛は、顔を見合わせた緋倉と共に青ざめる。

 心の中で会話が出来るようで、兄弟は「先を急ぐぞ、今すぐこの場から離れなければ」と互いに頷いた。


「姫さん、ちょっと状況が変わったので早く港へ行きましょう」


 苦笑いをする緋倉に、マナは首を傾げる。


「何があったのです?」


「答えてる暇はねえ、さっさと行くぞ!」


 後方にいた緋媛はマナ達を追い越し、すたすたと前方を歩き始めた。


「どうしたんです? そんなに急いで……。待って下さい」


 理由を聞かされていないマナには不安しかなく、良くない事が起きているとしか思えない。

 歩幅と速度を変えた片桐兄弟は、マナの様子を気にしながらも先へ先へと進む。

 彼らの一歩はマナの二歩に該当し、彼女が走って追いつこうとしても、あっという間に息が上がってしまい、距離が出来てしまう。

 一度足を止めた緋媛は、振り向いて彼女に近寄ると真剣な面持ちで言った。


「姫、あんたに体力ないのは分かる。頼むからここは耐えて走ってくれ。絶対に会いたくない野郎が近くにいるんだ」


 絶対に会いたくないという言葉に力が入っている。

 心底好いてはいない相手だと察したマナは、肩で息をし、額から汗を流しながらもコクリと頷いた。

 走ってもらう前に汗を拭わせようと、緋媛が持っていたハンカチをマナに手渡した時――


「ちょっとそこの女ぁ! アタシの緋媛から何を貰ってんのよ!」


 後方より、ハスキーな声が聞こえてきた。

 その声の主を確認した緋媛と緋倉は顔を引き攣らせる。

 そんな彼らを見たマナは、一体誰かと思い、ゆっくりと後ろを振り向いた。


 アタシ、という一人称の為に女かと思いきや、その声の主は男。

 若干パーマをかけている緋色の髪だが、頭の天辺は黒い。どうやら髪の土台は黒のようで、緋色に髪を染めているらしい。

 細身の体のラインがはっきりと分かる体にフィットした服装が好みのようだ。


「いやん、緋倉もいるのね。ついてるぅ」


 男は顎を両手に乗せ、くねくねと軟体動物のように体を動かしながら、真っ青になって冷ややかな視線を送っている片桐兄弟に投げキッスをする。

 一言で言うと、彼は変人なのだ。


(駄目よ、私ったら。民には多くの個性が溢れていると、お母様が仰っていたじゃない。この方は個性の強いお方のようですし、受け入れなくては。でも……)


 二度、三度と瞬きをしてみるが、マナの背中にゾクゾクという悪寒が走る。

 はっきりと言葉にすると、気持ち悪い、の一言に尽きるのだ。


 港へ行くには、マナ達全員に拒絶されているこの男を乗り越えなくてはならない。

 マナを庇う様に、緋媛と緋倉はその男の前に立ちはだかったのだった――。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ