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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
10章 変わりゆく歴史

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23話 ユキネの心

 イゼルの逆鱗が落ちて以来、ユキネは気を許した兄のゼンにすら近づけずにいた。兄ゼンの命令によって『緋倉とゼネリアの近くに行けばイゼルの逆鱗が頭の中で繰り返す』という暗示をかけられてしまったからだ。

 空き家でひっそりと過ごしていたものの、戻って来ない緋倉の身を案じているのだがーー


(変な鎖みたいなのが見えるけど、本当にその暗示が効くとは限らないじゃない)


 鏡で自らの頭を注視すると薄く見える頭に巻かれた鎖。これが暗示かもしれないが、時間が経過するに従って半信半疑になる。

 やがて彼女は、暗示の効果はないと思い込むと空き家を出て診療所にいるであろうゼンの元へ向かったのだが、兄はマナと共にレイトーマとカトレアは向かったという。

 未だ眠り続けるイゼルは、司が暗示を解かない限りこの状態だと、薬華は話す。

 そのイゼルの頭を注視すると、やはり鎖のようなものが見える。


(これが暗示? だったらあたしの頭にあるのも本当に……)


「緋倉は血の繋がりのある従兄弟なんだ。諦めな。諦めたら暗示を解いてくれるよ」


「薬華までそんな事言うの? 好きになっちゃってずっと好きで、簡単に諦められないよ」


「緋倉も一途だけど、あんたも何だねえ。母親の緋紙と紙音によく似てるよ、そういうとこ」


 薬華が言うなら、どちらも母親に似ているのだろう。緋紙が認めない理由も分かる。頭では分かっているのだ。


「分かってる。緋倉は従兄弟だって。……お散歩してくる」


「危険だから、里から出ないように気を付けな」


 ふらりと診療所を出て行ったユキネは、考え事をしながらぼーっと歩いていた。


 ***


 幼い頃、安全だからと龍の里に預けられた時以来、常に側にいたのは緋倉とゼネリアだった。周りの動物達を呼び出しては共に遊び、疲れて緋紙の作る料理を食べて体を綺麗にしてから寝る日々。

 成長するにつれて二人は鍛錬に励むようになり、遊ぶ時間が減ってくる。代わりにユキネは家事全般を覚えるようになった。人間との混血である彼女は術もろくに使えず、戦力として使えないからだ。さらには自らがどの系統の術が使えるかも知らない。ならば出来ることをするしかない。

 そうして過ごしている日々の裏で、龍族の大人達から陰口がちらほらと聞こえていた。


「緋紙が面倒を見ている混血のあの子達、大きくなってきたわね。片方は不気味さが増して、もう片方はちょっと複雑」


「ユキネって子ねえ。あの子、野菜を育てるのも貰うのも凄く健気で謙虚なのよ。いい子なんだけど、ダリス人との混血じゃなければねえ」


「もう片方に比べたら、全然我慢できるもの。きっと事情もあるだろうし」


 龍族は血に煩い印象があった。それを唯一気にしないのは緋倉だった。それは龍族の子供同士が新調したひまわりの着物で気分がいいユキネを見かけた時のこと。


「あいつの父親、ダリス人らしいよ。半分人間だってさ」


「え!? 悪い奴らの味方なの!? 俺たち売られちゃうのかな」


「勘弁してくれよ……。先に退治しちゃうか」


 顔は知っているものの話したことのない龍族に後ろから腰を蹴られた。雨上がりで水溜りが残る地面に水音を立てて倒れ込むと、罵詈雑言を浴びさられながら蹴られる。

 何が起きているのか、自分が何をしたかも分からない。事態を飲み込まずにいると、そこへ駆けつけたのは緋倉だった。おそらくその同年代であろう龍族達を殴り、地面に叩きつけてユキネから引き離したのだ。


「何やってんだてめえら! くだらねえ虐めしてんじゃねえ!」


「こいつダリスに俺達を売り飛ばそうとしてるに決まってる!」


「だから鬼退治してんだよ!」


「お前らの方がよっぽど鬼だろ。来いよ、俺達が相手してやる」


 緋倉と共に龍族の子供を挟むように立ったのはゼネリアだった。無言ながらも鋭い視線を向けている。


「うわっ、化け物までいる。行こうぜ」


 不利と悟ると逃げるように走り出した龍族達。

 緋倉はユキネに手を差し出して立ち上がらせた。


「怪我は……ないな。よかった」


 一通り見てそう話すと、泥を落とすようにハンカチを手渡す。


「せっかくの新しい着物も台無しだ。似合ってるのに」


 新しい着物を着ていると気付いてくれた。龍の子達から守ってくれたことといい、ユキネの心は緋倉に射抜かれた。


「ありがとう」


 ***


 何故今頃そんな事を思い出すのか疑問に思いつつ、ふらりふらりと歩いていると、やがて里から離れかけていた。ーー戻らなくては。

 しかし、何かがおかしい。当たりを見渡すと目先には妖精の住む大木があるはず。それが無くなっている。

 何が起きたのか考える間もないその時、ふと視界に入る人影。遠くに誰かが見える。明らかに人間だが、何かを引きずっている。


(ゼネリア?)


 視界に彼女を捉えた瞬間、イゼルの怒りを込めた視線と押し込めるような重い空気を感じた。呼吸が苦しくなり、その場に膝を付く。


(これ、おにいが司さんに言ってた暗示?)


 視線を逸らすと、空気が軽くなり呼吸が正常に戻った。距離は大分離れており、相手が目視できるか否かだ。緋倉を視界にも入れさせない。その意思の表れだと悟り、人間に引きずられているゼネリアを思い出しながら土を握りしめた。


(……知らない。あたしは何も見てない。緋倉を独り占めするから。里のみんなに嫌われてるのに、緋倉を独り占めするからいけないんだ)


 そんな緋倉のゼネリアへ視線は、常に優しさと愛情で溢れている。他の龍族へは厳しさの裏に優しさもある。

 このまま見捨てたら、そんな緋倉は何を思うのだろう。恋敵を化け物と言い捨てたのだから、さらに助けなかったら敵視されてしまうだろう。しかし戦う術を知らない上に近づけない。出来ることは誰かに助けを求めること。


(司さん達は散らばって人間と戦っているし、そんな事してる間に連れて行かれちゃう。間に合わない)


 そう、間に合わない。周りには誰もいない。この事実を知っているのはユキネただ一人。

 視界に入るだけで苦しめられるのだ。ならばいっそーー


(……あたしはここから引き返して何事もなく里に戻る。里の外に出ないようにって言いつけを守るんだから。ただ、妖精の住む大木が無くなったのが気になっただけ。それだけよ)


 立ち上がったユキネは、手と膝の土埃を払うと踵を返して里へ戻って行った。


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