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歴史の陰で生きる異種族  作者: 青枝沙苗
2章 滅びた種族

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7話 旅立ちの時

 三日後、マナが江月へ旅立つ朝を迎えた。 

 マトから緋媛と共に城から出るように告げられたマナにとって、晴れたこの日の朝は寂しく思える。


 もう二度とこの城のこの部屋で、朝日を拝めない――。

 緋媛が部屋まで起こしに来る事も、メイドがその日のドレスや食事を持ってくることもなくなる。

 何より、兄マライアに軟禁されていた十一年間、レイトーマの民に対して何も出ずにいた事が悔やまれた。


 この急な旅立ちについて、議会やレイトーマ師団からは強引だ、弟も姉を突き放すのか、全国王のような横暴さだと反発があったという。ただでさえ第一師団が「づら」という語尾の侵入者を逃したというのに、この決定は王女の身を危険にさらすのと同じであるとも――。

 ところがマトは「この件については世界の最高機密だ」と言って議会を一蹴したのだった。


(お兄様は私を閉じ込め、マトはその逆……。私は一体、この国の何なの?)


 レイトーマでの居場所がなくなってしまうように感じたマナはベットに横になって悲しみの表情を浮かべて不貞腐れている。

 すると、扉からノック音と開く音が聞こえた。


「姫、そろそろ……。何だよそんなにブスになって」と緋媛がくすくす笑う。


「ブスって、女性に対して何て言い方するんですか」


 失礼な発言にぷーと膨れるマナだが、それは一瞬の事。

 変わらず緋媛に嫁に来るよう言われたと勘違いしているマナは、その事を思い出すとガバッとベッドから勢いよく体を起こし、どこか照れ臭そうにしている。

 これを見た緋媛は、江月に着いてから彼女と結婚する意志はないと伝えなければと固く決意したのだが、不覚にも膨れたり照れたりしているマナが可愛く思えてしまった。

 気を取り直した緋媛は、ぶっきら棒に言う。


「はいはい。いいから行くぞ」


 拗ねたマナを連れ、城門へ向かう緋媛。

 この二十年間、マナの護衛をしながらレイトーマ師団と戯れ、議会の行う会議に出席したりと様々な事があったと思い出す緋媛だが、未練は一つもない。

 何か一つ懸念事項があるとすれば、それは第四師団長ユウ・レンダラーの事。


(あいつ、俺の正体に気付いてねえよな)


 そのユウの事を考えていると、城の入口を出た所で本人と遭遇した。だるそうに城壁に体を預けている。

 彼の自由な性格上――興味のない事は動かない――、見送りなど考えられない。

 珍しい行動には裏があると思った時、ユウはふらりと歩み寄って緋媛の肩にポンと手を乗せ、マナに声を掛ける。


「姫様、ちょ~っと緋媛貸して下さい」


「え、ええ」


 これにマナも疑問が浮かんだようだが、きっと師団長同士の挨拶だろうと思い、あまり深く考えなかった。

 緋媛を待っていようとすると、ユウは城門での待ち人の事を話す。


「姫様に渡したい物があるって、さっきからアックスとカレンが待ってますよ~」


「なんて事、それはお待たせしてはいけませんね。緋媛、先に参ります」


 先を行こうと歩を進めたマナに、待て、と言う前にユウは緋媛の肩を掴んでいる手の力を強める。


「あのさ~、出て行く前にはっきりさせたい事があんだよ」


「何だよ、まさか下らねえ事聞く為に姫を追い払ったんじゃねえよな」


「あんたにとっては下らなくても俺にとっては重要なんだよね~。これ聞かないとモヤモヤしてさ~」


 やはり緋媛の予測通りらしい。その証拠に、ユウは決定的な一言を発する。


「あんた、龍族だよな」


 風が吹き、木の葉が散ると共にぴりぴりと緊迫した空気が流れる。

 手ごたえがありそうだと感じるユウは緋媛の反応を探る。

 だが、驚く様子も冷や汗を流す様子もない。

 勘が一度も外れた事がないユウの中では、緋媛は異種族だと叫んでいる。

 彼は更に突っ込んでみた。


「おかしいんだよ、人間離れしてるしよ~。聞けばあんた、もう二十年以上特別師団長やってるらしいじゃねーか。なのにその若さ、ありえねーや。俺の考えだとあんたは龍族で、裏で江月と繋がってる。違う?」


 目を細めて警戒する緋媛。

 レイトーマでは十歳から訓練生として入団する事が出来る。

 緋媛の年齢は非公開にしているため、十歳からレイトーマ師団に入団した、若く見える三十歳と思われてもいい筈。

 だが、ユウはそんな事など一切考えることなかったのだった。


 さてどうしたものかと考える緋媛は、木の上のある影を見るなりふっと笑う。


「……やっぱりお前、すげえ人間だな」


 その瞬間、ユウの背後に何者かが降り立つ。

 反射的に振り返るとその何者かに頭を掴まれ、意識がぼーっとし始めた。

 頭を掴んだ相手は緋媛と同じ緋色の髪の男。――緋倉だ。

 緋倉はゆっくりと落ち着いた口調でユウの耳元で囁く。


「お前の中の俺達の疑い、全て忘れろ。姫さんと緋媛が抜け出した時の噂もだ」


 緋倉は緋媛の頼みでマナとの関係の噂を忘れるよう、城中の兵士に暗示をかけていた。

 次はユウに、と思ったところで緋媛や江月の正体を疑う会話が聞こえた為、このような暗示をかける事になったのだ。

 緋倉は頭から手を放し、パンッと両手を一度叩いて姿を消す。

 すると、ユウの意識がはっきりとした。

 緋媛は何事もなかったかのように「俺に聞きたい事って何だよ」と言う。


 ユウはきょろきょろと辺りを見渡し、何かおかしい気がすると思うが、何を聞こうとしたか忘れてしまったのだろうと結論付ける。

 ならば自分は何をしに来たのだろうかと思うユウ。

 訳の分からなくなってきたユウは、とりあえず自分の欲求を吐き出した。


「今度さ、俺と本気の()り合いしようぜ~。あんたと戦うのは楽しそうだ。そいじゃ、たまにはレイトーマに遊びに来てくれよ~」


 くるりと踵を返して背を見せて手を振ったユウは、そのまま城内に戻って行った。

 ほっと安堵した緋媛は、木の上を見上げる。

 消えたと思われた緋倉はそこに姿を隠していたのだ。


(助かったぜ、兄貴)


 緋媛がそのように視線で伝えると、緋倉は笑って手を振り、目にも止まらぬ速さで木から木へと移って城の敷地から出て行った。


 丁度その時だった、カレンの怒鳴り声が聞こえたのは。


「ちょっとー! 緋媛ー! いつまで姫様待たせるつもりー!?」


 声の先の城門へ視線をやると、マナがカレンを宥めている。

 そんなに怒らなくていい、とでも言っているのだろうと思う緋媛。

 彼は城の入口をどこか懐かしそうにもう一度見ると、城門へと向かった。


 ***


 城門には、マト、ツヅガ、アックスもいた。

 マトは国王としてでもあるが、弟としての意識が強い。ツヅガやアックス、カレンは師団長として見送りに来ている。この四名の内、ツヅガとアックスは号泣しており、涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃだ。

 緋媛が合流するなり、真っ先に文句を言ったのはカレン。ピーピーと鳥のように言葉を吐いている。


「遅いよ、緋媛! 姫様ずーっと待ちぼうけ! ユウは逃げるし……! 師団長の自覚がないよ!」


「ああ、悪いな」


 緋媛としては、これでカレンの小言から解放されるという晴れ晴れとした気持ちがある。

 レイトーマは性格が面倒な人間が多かったが、それなりに楽しかったのかもしれないとも思うが、今となってはいい思い出だろう。

 いい思い出とは思えない事もある。

 ぼろぼろと零した涙や鼻水を掌で受け止めては隊服にゴシゴシ拭うアックスを見ると、副が彼の鼻水まみれになった事を一生忘れないだろう。一回の洗濯だけでは彼の臭いが取れなかったと後日メイドに聞いたのだから。


 それよりそろそろ出発しなければ。緋媛は外向けの表情で微笑ましくマナに声を掛ける。


「姫様、挨拶は済みましたか?」


「ええ、私は……」


 と、どこか悲しそうな表情をするマナは、弟で国王となったマトと見つめ合っている。


(せっかく十年振りに貴方と再会できたというのに……。十年間の事を知る事無く、私は二十一年間いたこの城を去ってしまうのにね)


 空白となってしまった十年を埋めてから婚姻の話などを受け入れる事も考えていたが、それも叶わないマナ。国王の決定に反すること等出来ない。

 結局マトは最後までレイトーマにいるべきではない理由をマナに告げず、緋媛に彼女を託したのだった。


 そしてマナと緋媛は、レイトーマ城を背に一歩ずつ歩を進み始めた。



 その彼女らを見て、マトは別れを惜しむ。辛いのはマナだけではなく、マト自身もそうだ。


(姉上はいずれ江月に……あの里に行かねばならない運命。もう二度と会えず、姉上より先に俺は歳をとっていくんだな……)


 これが永遠の別れになるのだろうと愛しむ表情で見送るマト。

 その横では、ツヅガとアックスが声を上げて盛大に泣いている。

 気分が台無しだと、マトは苦笑いをした。


「爺さん、アックス……、お前ら相当姉上を慕っていたんだな」


「ももも、勿論でございますううぅぅぅ! 孫のように思えていたわしの姫様が、不安しかない国に嫁ぐなど……! ひ孫の御顔を拝みたかったんじゃあああ!」


「ひひ、姫様は、姫様は、ぼっくんの作ったぬいぐるみが可愛いって仰ってくれたお方なのネ! みんなみんな女々しいって冷ややかに言ってたけど、姫様だけは違ったのネ! また女々しい言われるのネ~!」


 声高々においおいと泣くツヅガとアックスに、マトは何も言わないでおこうと口を閉ざした。

 カレンはというと「なっさけない男達」と言いながらもぐっと涙を堪えている。

 そしてマナに向かって叫んだ。


「姫様ー! さっき渡した護身用の短刀で、狼緋媛から身を護るんですよー!」


「誰が狼だ! お前らさっさと仕事に戻れ!」


 マナの表情に笑みが零れる。

 実は彼女、カレンから彫刻の入りの短刀を受け取っていた。それもカレンが大切にしてる愛刀を。その短刀はカレンにより太ももに括り付けられている。


 まさかこの短刀が、後々役立つとはこの時は思いもしなかった。


 こうしてマナと緋媛は、長年過ごしていたレイトーマ城を去る。


 最後まで見送ったツヅガは、後に永遠に残るレイトーマ史書にこう書いた。



 国中から愛されし第一王女マナ・フール・レイトーマ様は、その護衛と共に閉鎖された国「江月」へ向かわれる。

 王女がいなくなった城内は、数少ない女が減ったと意気消沈していた。わしも寂しい……




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